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映画感想文「熊は、いない」牧歌的なタイトルの重さが最後に理解できるイラン映画

熊は、いない。

エンドロールとともに、この牧歌的なタイトルが、重く胸に響く作品。

イランにある小さな村に滞在する映画監督の細やかな日常が描かれる。

村でのあれこれは一見長閑である。

しかしその裏に、政府の介入や古い因習での縛りにがんじがらめのイランの現状が透けて見える。そのギャップが、より一層恐ろしい。

2010年に政府に「イラン国家の安全を脅かした罪」で逮捕され、映画撮影の禁止と国外に出ることを禁止された、ジャファル・パナヒ監督。

そんな彼が主演・脚本・監督を自ら務めた最新作。

冒頭に描かれるのは、偽造パスポートで国外逃亡を企てるイランの中年男女のドキュメンタリー映画(映画内に描かれている別の映画である)の制作場面。

隣国トルコで撮影しているが、肝心の監督はいない。

国外に出れず、やむなくイラン本国の小さな村に滞在し、そこからリモートで映画作りを指示している。

人々は親切で一見住み心地の良い村だが、目に見えぬ古い因習が数多く残り、結局はよそ者の監督を村人みんなが監視している。

古い習わしにより女の子には幼い頃から許婚が決められているその村で、若い男女の恋愛が引き裂かれようとしていた。

映画制作とは別のそのトラブルに監督も巻き込まれ、村人達に攻め立てられ宣誓を迫られたりと揉め事が起きる。

ドキュメンタリー映画の中で、監督の住む村で、この2組のカップルの苦悩と行く末を淡々と描く。

決して何かを糾弾したりはしていない。また悲劇を描きながらもその語りは時にユーモラスでさえある。

しかしそれにより、事態はより一層切なさを増す。

熊は、いない。これは映画の後半で回収される。

解釈は人それぞれだと思うが、私はこう捉えた。

怯えがんじがらめになっているが、それは自らが招いている。もっと自由になれるんだよ。熊は、いない。自分たちでいると思い込んでいるだけだよ。

これは、イランに住む人々への監督の心の叫び、叱咤激励である。

そしてイラン住む人々以外にも通じるテーマでもある。

この映画公開後、監督はまた逮捕されたとのこと。表現の自由が認められない国が現代社会でまだ存在してるのだ。

ちなみに監督の息子も映画監督であり、先日日本公開された「君は行く先を知らない」が初の長編作品である。

親子二代に渡り、イランの現状を映画を通して訴える。その思いの継承が、すごいなと思う。

重いテーマながら、人々の日常が淡々と描かれ、穏やかに観れてしまう不思議な映画。一見の価値あり。

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