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雨とピアノとタクシーと

雨なんか 
でぇっきれぇだ


ほんの近く、目に見えるような場所までなのに俺のタクシーに乗りたがる


あいつら俺のこと馬鹿にしてんのか
なんだ、自慢か
こんな距離に俺は金を出せるんだぜ、ってか


俺は俺のタクシーに乗る客がみんな
でぇっきれぇだ


特にこんな雨が降ってる日に
こんな場所を走るのは良くねぇんだ

ほら

「す!すいません!!ブルーノートまで!!」

ちっ!
乗車拒否すりゃ良かった

この「ぶるぅのぉと」だか言う場所に行く客のいけすかなっぷりは尋常じゃねぇんだ

なんだかすかした男がよぅ
ピラピラした服着た姉ちゃんの腰に手回して

「早くしてくれる?」かなんか言うんだ

そんなに急ぐなら近けぇんだから走れよ!

しかも降りる時に

「お釣り要らないから」
かなんか言いやがって

こんなに近い距離に1万円なんか出しやがんだ!

絶対他の札や小銭も持ってる癖にわざとに決まってる

女に良いとこみせたいが為だ

ふざけんな
俺は乞食じゃねぇんだ!
こんな距離でこんな金なんかもらえっか!

と、思いながらも
もらっちまうんだよなぁ、、、

それで駅前の飲み屋でクダ巻いて
休みの日に川崎競馬場で突っ込んで終わりだ

あぁ、くそ、なんだってんだ

「あ!あの!す、スタート九時半なんです!ま、間に合いますか!?」

ほら来た早くしろと言いやが、、、

なんだ、今日の客はずいぶんやつれた感じだな

女一人だし
ピラピラした服も着てねぇ
髪はほつれちまっているし
ブラウスはよれてるし
あ~あ、千円札握り締めちゃってくしゃくしゃだよ

「こっからなら10分で着くよ」
たいした距離じゃねぇじゃないかよ


「うん、10分、10分、うん」

なんだか息をのんでブツブツ言いながら 一人で頷いているよ

なんかやべぇ奴乗っけちゃったかなぁ、、、

「き、今日上原ひろみのコンサートがあるんです。や、やっと観に行けるんです、でも仕事があって。どうしても早く移動できなくて、は、はふ、ふぅ」

鞄もジャケットも一緒くたにしゃくしゃに丸めてしまって、果ては自分自身その一部になったみたいに小さくなって小刻みに足を震わせてる

なんかもう
くちゃくちゃのよれよれだなこいつぁ

10分もかからず着いた
そらそうだ一駅もねぇんだからよ

「ほら、ついたよ」

「あ!ありがとうございます!すいません!すいません!すいません! こんなに近いと思わなくてすいません!これ!お釣り要りません!!」

くしゃくしゃの千円札を渡された

「あ、ちょっと!」

声をかけてはみたがそれ以上言うのはやめた

その女の黒のパンプスの底がはげて真っ白になってるの見たら

「足りねぇとは、言えねぇわなぁ、、、」

「今日みたいな日は楽でいいねぇ!ブルーノート様様だよなぁ!」

知り合いの運転手が声をかけて来た

「俺はここの客はみんな嫌いだ、でぇっ嫌いだ」

「さっすが文ちゃん!逆の意味で客を選ぶよな!」

、、、どういう意味だ


今夜も駅前の立ち飲み屋でクダを巻く

「ほんっとうにあのぶるぅのぉとだか言うとこの客は好きじゃねぇ」

「文ちゃんは本当に毎度同じ事を、、、だったら近くに行かなきゃいいのに」

ママが呆れた顔をして俺を見る

「わかってんだよ!でも!あれだよ!タクシーにもよぅ! シマってのがあんだよ!領土だよ!領土!俺の竹島なんだよ! 尖閣諸島は国が買うのか、都が買うのか、俺にはわかんねぇんだママ!」

「もう~涙と鼻水たらしながら何の話してんの? お客層としてはあんなに良いシマないのに何が気に入らないんだか、、、 その客のおかげで、今日の酒もある訳なのよ文ちゃん? だいたいそのブルーノートがなんだか知ってるの文ちゃん? はい、ポテトフライ」

「、、、いけすかねぇ奴の行く、いけすかねぇ場所だよ。ママの揚げたてのポテトフライの為なら頑張って働くけどね」

あのくちゃくちゃ女を乗せてから半年くらい

雨の日は相変わらず俺を憂鬱にさせたが あれだけ嫌いだったぶるぅのぉとが
ちょっとだけ気になっていた

そして今日

また乗って来たのだ
あのくちゃくちゃ女

「す!すいません!ブルーノートまで!」

やっぱりくちゃくちゃ女はくちゃくちゃで

あたふたしていた

「あんな会社つぶれろ、つぶれろ、12時間労働とか意味わかんない、ひろみが、ひろみが、ピアノが、ひ、ひろ、ピア、ピアノ」

「たぶん、九時半開始なんだろ?落ち着けよ、間に合うよ」

くちゃくちゃのプルプルが ぴたっと止まって不思議そうな顔をした

「前にも乗せたんだよ、お姉ちゃん慌ててたから 俺のことは覚えてないだろうけど」

「はぁ、、、。あ!そうだったんですか!あの時はありがとうございました。無事間に合ってピアノが聴けたんですよ。本当に仕事が忙しくて、数少ない機会を逃すとこだったんです。今回も、二日間予約していたのに明日の公演は来られないんです、、、。」

ぴたっと止まって少し広がったように見えたくちゃくちゃは

観る事ができない明日の公演を思って、またくちゃくちゃになった

なにやら薄給の中から捻出して上原ひろみという人のピアノだけは聴きに来ているそうだ

「はい、着いたよ」

「ありがとうございました。はい、これ。」

今度はくちゃくちゃの千円とメモを渡された

「もしよかったら私の代わりに明日の公演観に行ってください。メモの内容を伝えれば入れるはずです。」

「あ、ちょっと!」

止めようと思えば止められたが
なんだか急に行く気になった

「何だこのやろう俺だって、俺だって、じゃず、くらいわかるぞ!か、金だって持ってねぇわけじゃないぞ馬鹿ヤロー!」

翌日

すかした野郎どもを押しのけ

便所サンダルに親父シャツ短パンで切り込んでやった

これを爽快と言わずして何と言う!

そうかい?

なんてな!!!


なんだかよく分からないが案内されるままに席について飲み物の注文をさせられる

なんだかわからないので

「ビール!!」

「は?」

「ビールだよビール!」

「ビールにも色々ございまして」

なんだか小洒落てて訳のわかんねぇ、しかもべらぼうに高いビールが並んでやがる

「ふ、普通のでいいよ、普通ので」

いかん、負けている、俺は今負けているのではないか

そういや腹が減っている、腹が減っては戦は出来ぬ!

「なんか、く!食い物もってこいよ食い物!」

メニューを差し出される

ポテトという文字が見えた

「こ!これだ、これ!」

運ばれてきたのは

なんだかクルクル巻かれたポテトフライだ

なんだこの形はどうやったらこんな形になるんだ?

しかも改めて確認したら芋のくせに850円もしやがる!!

どういうこった!!!

食ってみたが八ちゃんのママが揚げるポテトほど旨くはない

しかしこのクルクルは面白い
今度ママに教えておこう、、、


女がピアノの前に座った
あとは太った黒人のおやじと
すかした白人がメンバーのようだ

ピアノの女は誰かに似ていたが

、、、う~ん誰だったか

曲は始まっていたが俺はあのピアノの女が誰に似ていたかを思い出すのに必死で内容なんてよく聴いていなかった

まぁそもそも誰が誰で今やっている曲がなんなのかもまったくわからないで来てしまったんだから無理もねぇや

ピアノの女が時折見せる笑顔

まるで子供みたいな無邪気であけっぴろげで精一杯の笑顔

う~む

それにしても客は変なところで拍手をする

普通は曲が全部終わった後で拍手をするだろ?

途中で手ぇ叩きやがんだ

なんだかよくわかんねぇけど変な決まり事があんだな~

ぼんやりとビールを飲んでた俺の耳に

聞覚えのある曲が飛び込んできた


あれは、茶摘の歌だ

夏も近づく八十八夜、、、

知らず涙が流れてきた

茶畑、あの懐かしい、茶畑だ


曲は次の曲へと移っていたが

俺はまだ茶畑の中にいた


茶畑にいる俺の耳に次に届いたのは

おそろしく早く打たれるピアノのリズムだ


そうだ、この、リズム

聴いた事がある

夏の暑~い日

夜勤明けでぐったりと見上げる昇りかけの太陽

家に帰ると良く冷えたグラスが用意してあって

ビールがある

そして、この、リズムだ


今俺ははっきりと思い出した
このピアノの女が誰に似ているのか

この同じリズムで
恐ろしい量のキャベツを刻んでいた

俺の女房だ

暑くなると夏バテ対策だといって
やたらとトンカツを揚げていた

トンカツと言っても
いったいどうやったらこんなに薄く出来るのかと思うほどの職人級の薄さの肉で揚げていた

「ばかやろ~!こんな薄い肉で腹が埋まるかよ~!」

「文ちゃん!キャベツだけはどんだけでもお代わりして~!お代わり無料だよ~!」

精一杯の笑顔で楽しそうにキャベツを刻んでいた

俺の薄給のなかでやりくりしながら

少しでもお腹をふくらまそうと頑張ってくれた

やっと個人タクシーの資格を取って

自分の車を持って


これからってとこだった


どうして、どうしてなんだろうな

お前のほうがよっぽど元気そうだったのにな


あっと言う間に、先に逝ってしまった、、、


あんまり辛くて思い出さないようにしていたな

あいつの部屋も逝ってしまってから締め切ったきり

すまないことをしていた


シシリアンブルー


洒落た事など何も望まなかったあいつが

唯一、いつかイタリアに行ってみたいと言っていた

俺と一緒に石畳を歩いて綺麗な海をみたいのだと

はしゃいでキャーキャー言っていた

この女の弾くシシリアンブルーという曲の中で

俺は女房と石畳を歩き

連れて行ってやれなかった新婚旅行を楽しんだ


「どうしてる?お酒飲みすぎちゃ駄目よ?

 あなたは出来るだけゆっくり、ゆっくりこっちに来てね

 たまには恋もしたっていいのよ、でも文ちゃん人がいいから騙されないようにね、こっちに来たらまたトンカツ揚げたげる!」


「おう、俺は、大丈夫だよ、そっちに行ったらトンカツ揚げてくれな。今度はお前にも、ぶあっつい美味しい肉、食わせてやっからな」

もう周りの洒落た客も

目の前のクルクルポテトも

選べないビールも関係ない


ただ

立ち上がって

この活きたピアノに最大の拍手を送った

あいつが俺に笑いかけていた


じゃずとかなんだとか

周りの洒落た客の言っているおかしなカタカナの話や

偉そうな事は俺にはちっともわからねぇ

でもこの女の弾くピアノが凄いんだって事はわかる

この女が凄いんだって事はわかる


生きている事が凄いんだってことはわかる


帰ったらあいつの部屋を開けよう

ひとつひとつ

あいつが生きていた事を刻もう


そうしてたまには恋をしよう

あいつのトンカツを食べられるまでの間


しっかり

生きてみよう

くちゃくちゃの女がまた乗ってきたら

ドライブに誘ってみるのも

いいかもしれないな

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シンガーソングライターのわたなべまきさんがこのお話を元に曲を作って歌って下さっています

素敵な曲なので是非聴いてくださいませ


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