月の砂漠
人 物
小堺はな(25)アパレルデザイナー
小堺詩織(58)はなの母
小堺豪(60)はなの父
丘智樹(25)電気店店員
○小堺家実家・仏間
アルバムと写真の山。その中で小堺は
な(25)が巨大なかき氷を抱えてア
ルバムをめくっている。
はな「お~すげぇ懐かしぃ~」
はな、かき氷を食べる食べる。めくるめくる。小堺詩織(58)が大きな段ボールを
抱えて入ってくる。
詩織「あ~、昔お父さんが撮ったやつ」
詩織段ボールを床に置いて両手でゆっ
くりと写真を持ち上げる。
詩織「お父さんここ来てから沢山写真撮ったもんね」
はな「そしてその後華麗なる雲隠れ」
詩織「ほんとさ!」
二人笑う。
はな「あ、三人でキャンプ行ったやつ」
詩織とはながいる所に小堺豪(60)
が駆け込みながらピースしてる写真。
詩織「ちょっとそんな事より片づけ!今週中には取り壊しなんだから」
はな「急がなくても良いじゃん、ばあちゃんだって寂しがってるよ」
はな、祖母の遺影に手を合わせる。
はな「母さんさ、父さんがいなくなった事怒ってる?」
詩織「どうかなぁ?」
詩織台所に向かう。
はな「私も写真始めよっかなぁ~」
〇同・台所
段ボールやごみ袋で溢れかえる床。
詩織「またすぐ飽きるわよ」
詩織それをかき分けている。
〇同・仏間
はな、押入れをあさっている。
はな「ねぇ、マジで。父さんのカメラは?」
はな、床に落ちた一つのフィルムを見
つける。
はな「なんじゃこりゃ」
〇同・台所
詩織お茶を淹れている。
詩織「命より大事なカメラだもん。持ってっちゃったわよ」
お茶とお茶菓子を持って出ていく詩織。
〇同・仏間
詩織が入ってくる。写真の山の中に半
分残されたかき氷がぽつんと置かれて
いる。
詩織「あれ?」
ちりんと軒先の風鈴が鳴る。空には上
弦の月。
〇ニッコリ電気尻内支店店内
客はおらず静謐として神殿のよう。
〇同・カメラコーナー
カメラが並ぶ場所にデジタル印刷機と
申し訳程度のカウンター。
はな「おねがいしま~す」
片足を引きずった丘智樹(25)が対
応する。
丘「へぇ…フィルム…。待ちます?」
はな「うん!そうする。」
返事もせずにバックヤードに入ってい
く丘。はな、棚のカメラを覗いている。
丘「小型のデジカメ」
はな「わ!びっくりした!いつの間に」
丘カウンターから声をかけている。
丘「女の子ならそんなもんで良いよ」
はな「いや、私はこういうのが欲しいの。デジタルじゃないの!」
はな、ピントリングをまわす仕草。
丘「アナログ不便だよ」
はな「いいの!写ってた人を簡単に消しちゃえたりしないやつがいいの!“そのまま”
のやつ!」
丘「ふぅん」
はな「ともかくデジタルデジタル言いすぎ」
丘「確かに」
はな「今だからこそ!触れる世界に!」
丘「その辺の試していいよ」
はな「やった!」
はな、手を伸ばして構える仕草。
〇同・カメラコーナー暗室
丘がフィルムのチェックをしている。
丘「これ…」
〇同・カメラコーナー
はな、はしゃいでカメラを試し続けている。丘、暗室からのっそり出てくる。
丘「はい、お望みの」
はな「わぁい!」
はな、現像された写真をめくっていく。
徐々にその手が重くなる。
はな「これ…って。え…?」
丘「“そのまま”をご要望でしたので」
はな、ゴクリと息を飲む。
〇同・玄関(外観)
はなの背中、ぼんやりと家を見上げ入
るのをためらっている。手には写真。
〇小堺家実家・仏間
詩織が写真をアルバムに収めている。
詩織「はな、どこ行ってたの~」
はな、仏間に入ってくる。憔悴しきった様子で三角座りして顔を伏せる。
詩織「どうしたの、お腹でも痛いの?」
はな、足の指をもぞもぞさせる。
はな「聞いちゃいけない事とか、言わない方がいい事ってあるんだろうけどさ…」
詩織、はなの背中をさする。
はな「私さぁ、やっぱり無かった事には、できないよ。」
詩織「ねぇ、はな」
はな「母さんは!父さんがあの後、どこ行ったのか知ってたの?」
詩織「え…」
はな「私、父さんに会った」
詩織「え!だって!」
はな、写真を一枚差し出す。そこには
迷彩服を着てカメラを構えた父の姿。
はな「いた。ここに」
バラバラと落ちる他の写真には戦地の
凄惨な写真。
詩織「フィルム…現像したの?」
はな、黙ってうなづく。
詩織「ごめん」
はな、ハッと顔をあげて歯を食いしば
りながら涙を流す。
はな「ねぇ!なんで!なんで黙ってたの!?」
詩織「私いつも意気地がない…お父さんも止められなかった…ごめん…ごめんなさい」
はな、一枚の写真を詩織に手渡す。そ
こには砂漠で血を流して倒れる父と空
に上る満月。
はな「父さんの最後。見てあげて、父さんは、そこで生きてたよ。」
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