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いと恋し

人 物

高野夏子(29)納豆製造会社社長
蔵田榊(24)酒蔵の御曹司
狭間結子(24)酒販会社OL
女性A
スタッフ

○ホテルグランディア・外観
 曇天。白い洋館風のブライダルホテル。
結婚した一組がライスシャワーに祝福
されている向こう側に「高収入限定」と書かれた大きな婚活パーティの看板。

〇同・婚活パーティ会場内
 華やかな服を着た女性たちとラフなス
タイルの男性達。着飾った狭間結子(2
4)のすそを握りしめる蔵田榊(24)。

蔵田「怖いよう、結子ちゃん。みんな同じ顔に見えるよう…」

結子「しっかりしてください蔵田さん!」

蔵田「だって…僕…まだ…結婚とか」

結子「これ以上節子さんに辛い思いをさせたくないでしょう?」

蔵田「ママなら大丈夫だよ」

 結子両手でバチンと蔵田の顔を挟む。

結子「名門の酒蔵が傾いてはうちの会社にとっても痛手です」 

蔵田「そんな事言われても」

結子「一緒に居たらカップル成立と間違えられます」

 結子立ち去ろうとする。
蔵田「あ!待って!」

 蔵田結子の服の裾を強く引く。

結子「ふん!!」

 結子蔵田を睨みつけて振り払い去って
いく。蔵田ポツンと取り残され俯く。
結子と同じ髪型をした女性Aが蔵田の
横にやってくる。

女性A「こんにちは!初めまして」

蔵田「あれ?結子ちゃん?」

女性A「え?」

蔵田「く…区別がつかない」

女性「こういう所初めてですか?」

 次第に周囲の音が遠ざかり視界がぼや
ける。頭を振って顔を上げる蔵田。

蔵田「うわぁ」

 周囲の女性が一斉に蔵田を振り返る。みんな同じ服で同じ顔の仮面姿。

蔵田「うあぁああ!!」

 蔵田走って会場を飛び出す。結子振り
返って逃げ出した蔵田に気づく。

結子「あ!逃げた!こらぁ!!」

〇同・ロビー
 蔵田、こけつまろびつ外へ向かう、パ
ーティドレスを着て同じ仮面をつけた
女性たちが談笑して蔵田を観て笑って
いる。 

蔵田「ひぇええ!」

目をつぶり出口に向かう蔵田。ふいに人とぶつかる 

蔵田「ご!ごめんなさい!」

 すれ違いざま目を開けた蔵田の前にグレーの作業着の女性。高野夏子(29)
の顔。チャリンと音がして夏子の服か
ら鍵が落ちる。夏子ぶつかった事に気
づかず颯爽と歩いていく。

蔵田「はっ…」 

 蔵田、息を飲みうっとりと見送っている。しかし、落とした鍵に気づきそれを拾って夏子の後を追う。 

蔵田「あ!あの!」

〇同・婚活パーティー会場出入口
 結子、飛び出してきてキョロキョロと
蔵田を探している。

結子「どこ行ったぁ!首に縄をつけてでも…あ?あれ?戻って来た」

 夏子まっすぐに婚活会場に入っていく。
蔵田、フラフラと夏子の後を追って歩
いている。 

結子「ちょっと!ちょっと蔵田さん」

 結子も蔵田の後を追って会場へ。

〇同・婚活パーティー会場内
 受付がざわついている。スタッフと夏
子が押し問答。参加者がクスクスと笑
っている。

スタッフ「いえ、ですからドレスコードという物が」 

夏子「仕事からまっすぐ来たんだからしょうがないでしょ?」

スタッフ「ご事情はわかりましたが…」

夏子「わかったよ、どうせ数合わせなんだから帰るわよ」

 蔵田走り込んでくる。

蔵田「ちょっと待って!」

 蔵田スタッフに耳打ち。スタッフ目を
見張る。

スタッフ「蔵田様がそうおっしゃるのでしたら。その代わり会場内の個室でお話を」

 蔵田、夏子に微笑む。夏子ブスリとしたまま。

〇同・婚活パーティ会場内個室
 パーティションで区切られた簡素な個
室。椅子とテーブルは猫足の美しい物。

夏子「別に気を使ってもらう程の事じゃ」 

蔵田「僕が…いて欲しかったんです」

夏子「はぁ?」

蔵田「あ、あの、僕、こういう所苦手だから、話し相手が欲しくて」

夏子「沢山いるじゃない」

 蔵田両手で自分の身体を抱えながら

蔵田「みんな、同じ顔に見えません?僕、怖くて…こわ…ううぅ」

 蔵田吐きそうな仕草。

夏子「えぇ、そんなに?大丈夫?」

蔵田「だ…大丈夫です。でも…あなたは…(ハッと気づく)わ!まつ毛ながぁい!」

夏子「え?まつ毛?言われた事ないや…」

 夏子、恥ずかしそうにまつ毛を左手の薬指で弾く

蔵田「僕なんていつもマスカラで伸ばしてるのに」

夏子「え、マスカラ。マスカラ!?」

蔵田「うん、メイクには人一倍気を使ってるの!今日は、男らしくしなさいって言われたからこんな格好してるけど」

 蔵田ぺろりと髪の毛をめくる、実はウ
ィッグ、中からピンク色のカールした
髪が見える。

夏子「へ…へぇ…」 

蔵田「あ…ひいた…?つい…」

 蔵田慌てて髪を引っ込める

夏子「いや、良いと思うよ。似合ってるし」

蔵田「わぁ!ありがとう~!(夏子を見上げて)あ!…えっと~お名前」

夏子「あ、あぁ、高野夏子です」

蔵田「高野さん!なつこさんですね!夏生まれなんですか?」 

夏子「ふふふ、そうね、久々にそんな事聞かれたけど確かに夏生まれ。八月生まれ。」 

蔵田「そうなんですね!夏生まれらしい清々しさがあります!」

夏子「いやいや」

蔵田「僕、蔵田榊と言います!」

夏子「蔵田さんね、一応さっきのお礼は言って置くね、ありがとう」

蔵田「いやいや」

 二人笑う

夏子「そっかー、改めて気づいたけど、大豆の旬は秋なのに私は夏生まれなんだなぁ」

蔵田「え?大豆…ですか?」

夏子「うん、うちね、納豆屋なのよ」

蔵田「え…?」 

 蔵田固まる

夏子「うん、代々続く納豆屋。私が継がなかったら…」 

 蔵田目を開けたまま前に倒れる。

夏子「え?えぇ!!ちょっと!」

 夏子周囲に助けを求めに立ち上がる。

夏子「だれかぁ!!」

〇同・710号室外観
 シンプルなホテルのドアに710のプ
レート。結子の声が聞こえてくる。

結子「そうだったんですね」

〇同・710号室室内
 綺麗な乙女らしい部屋。天蓋付のベッ
ド。蔵田が濡れたタオルをおでこに乗
せて寝ている。

夏子「知らなかった事とはいえ」

結子「納豆菌は、酒麹ダメにしちゃいますからね」

夏子「目覚めたら謝っておいてください。あんまり長居してもあれなんで」

結子「あ、はぁい」 

 夏子部屋を振り返らずに出る。結子顔
だけでそれを見送る。扉が閉まる。結
子眠っている榊の顔に近づき。

結子「蔵田さん、もう観念して私でも良いんじゃないですか?」

 蔵田ガバっと起き上がる。結子のおで
ことぶつかる。

結子・蔵田「いった!いったぁ!」

 結子と蔵田おでこを抑える。

蔵田「夏子さんどこいったの!夏子さん!」

結子「もう出て行きましたよ。納豆ですし」

蔵田「そんな事…!あ!」

蔵田ポケットの中に手を入れ、鍵を取
り出す。部屋を飛び出していく。

結子「蔵田さぁん!」

〇ホテルグランディア・駐車場
 小雨が降ってきている。数台の車。夏子が社用車の前でポケットを探ってゴソゴソしている。

蔵田「夏子さん鍵!」

夏子「あぁ!君が持ってたのか!」

 蔵田手渡そうとして、差し出された夏子の左の薬指に指輪を見つける。

蔵田「え…?さっきはそんなの…」

夏子「あ…」

蔵田と夏子じっと見つめあう。
  

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