今思えば病的だったあれ
振りかえれば後悔することが山程ある。
あの時のあの考え方を、改めておけば
今頃こんな風にはなってなかっただろうなということも。
遡ること5年前、
私は軽い「醜形恐怖症」のようなものに陥っていた時期がある。
原因はこれもはっきりとは分からないのだが、20歳になっても彼氏ができないことを気に病んで、その原因を自分の外見に帰していたことはよく覚えている。
実物との落差に笑ってしまうような話なのだが、
当時は
「とびきり美人」「1番綺麗」
じゃないと嫌で、
比べるのもおこがましいような同じゼミのめちゃくちゃ綺麗な女の子や、サークル1の美人と自分を比較したりして、真面目に気に病んだりしていた。
みんなと同じようなファッションの系統じゃ比べられてしまう→比べられたところで1番にはなれない
と分かっていたから、敢えて流行りの服には手を出さなかった。出せなかった。
今思えば、自分の強迫的思考はこの辺りから始まっていたように思う。
しかしこれも凝り固まった考えの産物だと思う。
「自分の見た目が悪いから彼氏が出来ないんだ」
というのは確かにその通りなのかもしれないが、
・じゃあ彼氏を作るために何か行動したのか?
・そもそも本当に彼氏を欲しいと思っている?
(年齢による焦りじゃないのか?)
・というか目の前の男の人を見て、興味を持ってる?
という質問に対してはすべてNOだったと思う。
つまり本質的な問題に立ち返る事が出来ていない所為で生まれた無駄な強迫的思考だったということが、
今になると良くわかる。
柔軟に、多角的に物事を考える力が
今も足りているとは思わないが、
20代になりたての頃などは圧倒的に足りていなかったと思う。
今になって後悔していることとして思い出すことの一つだ。
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