23. 咄嗟のウソ/純喫茶リリー
あのミミララの小物入れは手に入らなかったが、代わりにかわいい消しゴムを手にした律子。
リリーに戻ってからも、盗られたことに気づいたスーパーの人が 律子を追いかけてくるんじゃないかという不安に駆られて冷や冷やしていた。
でも、その日は誰もリリーに来なかったし、ママも何も気づいていない。
律子はほっとした。
「この消しゴム、どこに隠そう?」と考えながら、ママに見つかるのを恐れつつ、家のおもちゃ箱の中にそっとしまった。
あのおもちゃ箱なら、ママに探られることはない。
でも、本当に欲しいのはこの消しゴムじゃなくて、あの小物入れだ。
律子は、まだあのキラキラした光沢を忘れられず、スーパーに通い続けた。じっと眺めては、勇気が出せず、代わりに小さな消しゴムやシールをちょこちょこと盗んでいた。
でも、肝心の小物入れだけは手にできないままだった。
そんなある日、父がリリーに顔を出して、「買い物に行くぞ」と言って律子をあのいつもの大きなスーパーに連れて行った。
歩いて行ける距離なのに、車で。
多分、会社のいい車だから、見せびらかしたいのだろう。
律子は何か買ってもらえるのかと期待してついていったが、何か買ってくれる素振りは一切なく、食料品売り場で昼ご飯を買うだけで終わった。
律子に何か欲しいものがあるのかもきいてくれなかった。
父が買い物をしている間、律子はお菓子売り場で、カラフルな缶に入っているキャンディをみつけた。それがとても魅力的に見えて、律子は思わず手が伸び、父の目を盗んでジーンズの後ろポケットにそれを押し込んだ。
キャンディの缶は、ズボンのポケットにぎりぎり入る大きさで、律子はドキドキしながらスーパーを後にした。
帰りの車の中、 父がふと、
「律子、なんかガシャガシャ音がするな。ポケットに何か入ってるのか?」と言った。
「これは保育園で拾ったひまわりの種だよ」と咄嗟に嘘をついたが、父は「そんなの持ってきてたか?ちょっと見せてみろ。」と迫ってきた。
律子は「いやだ、秘密だから」と必死に抵抗したら、父はそれ以上は何も言わなかった。
リリーが近づいてきたところで、
律子は「ここで降ろして。もうすぐ運動会だから、走って帰りたい!」
と突然言い出し、車から降りた。
父の車が去るのを見送ると、律子はリリーへ向かって走り出したが、ポケットの缶がカシャカシャとうるさくて、律子は焦った。
「これはまずい」と思い、せっかく手に入れた缶を、道路の溝にこっそり捨てた。
これでバレない…そう思うと少しスッキリして、また走り出した。
リリーに戻ると、父が「さっきの、見せなさい」と言ってきた。
律子は父の目を見ずに、「走ってる時にドブに落ちてなくしちゃった」と誤魔化した。父はそれ以上追及せず、律子はぎりぎりのところで切り抜けたと思った。
しかし、バレそうになった時の心臓のドキドキは忘れられない。
父は怒ると殴る。
バレたらどうしようという恐怖心が律子の胸にこみ上げた。
それ以来、律子はしばらく万引きをやめることにした。