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【小説】返して私の恋心①

京都観光の帰りだった。

私は電車に揺られながら景色を眺めていた。
すっかり日が暮れているからか、車内の光に反射して自身の顔が映っている。どこかうれしそうに見えた。

いつものように音楽をイヤホンから身体に入れていると、右隣、視界の隅が騒がしいことに気がついた。ゆっくりとそちらへ顔を向けると、私と同年代であろう男性がこちらに向かって必死に話しかけていたので、すぐに片方のイヤホンを外した。

「どうされましたか?」
「この電車って姫路駅に止まりますか?」
「はい、止まりますよ」
と言って会話を終えようとイヤホンを耳に近づけたが、
「友達になってくれませんか」
手が止まった。新種のナンパだろうか。もう一度男性へ顔を向け、さりげなく外見を観察する。顔は幼く見えるがお世辞にもかっこいいとは言い難く、ナンパにしてはどうにも芋っぽい。それに、瞳に怪しい色は見当たらなかった。その日、私は少し浮かれていた。

「僕、千葉県から来ました、これから電車を乗り継ぎながら九州まで行く予定です」
「友達作りとの関係は?」
「はい、全国に友達を作ることが目標なんです」
変人だ。でも、嫌な変人ではない気がした。今乗っている新快速は当分止まることはないだろうし、この人の話を聞いてみるのもいいかもしれない。そのとき、私は幾分心が躍っていた。

男性はさまざまな話を私にした。関東では東京、茨城、埼玉、栃木に友達がいること。関西では滋賀、奈良、和歌山に友達がいて、今日は京都へ友達を作りに行ったこと。関東に比べて関西の方がにぎやかで親しみやすいこと。高校卒業後は介護施設で働いていること。私は意気揚々と語る一時の隣人を眺めていた。景色よりも、自分の顔なんかよりも断然飽きなかった。

「どんな人に声をかけてるんですか?」
「優しそうで話しかけやすい、美人な人ですかね、ちなみに彼氏いますか?」
やっぱりナンパかもしれない。私は返事を濁した。だって、今日は特別な日だったから。

彼は池田(いけだ)と名乗った。私の一つ下だった。
「兵庫の友達ができてうれしいよ、兵庫の名物は何なの?」
「淡路なら玉ねぎとか、郷土料理ならそばめしがおすすめかな。ご飯と焼きそばを混ぜて食べるの」
彼が関東と関西の違いを熱弁し終えたところで、私の最寄り駅に到着した。いつの間にか車内の座席はガラガラだった。結局、彼とは連絡先を交換して別れた。

私はその日、気になっていた人とデートをした帰りだった。嵐山で食べ歩きをして、オルゴールを見て回って、鴨川の河原で互いの人生観を伝え合い、次は夏祭りに行こうと約束をして別れた日だった。帰り道、生ぬるい風が吹いていたのは偶然じゃなかった。私があのとき答えられなかったのは、今まで浮かれていたのは……。

また、今回も同じ結末になる予感がした。あれから二か月後、私は夏祭りに行かなかった。あの日、話した彼らとは、二度と会うことはなかった。いつものことだった。


続きは…好評であれば、いつか載せます。
否、このまま秘密にしておくのもいいかもしれないですね。

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