【6回目の失敗~命令された仕事】

目次
1、 部長の命令
2、 リテイク
3、 命令を断る勇気

1、部長の命令
 バブルの頃、宇宙戦艦ヤマトの西崎代表の会社から、制作会社に移籍して数年たった1990年(平成2年)、人生で一番忙しい時期を迎えていた。
 当時は、カラオケビデオの映像制作が盛んで、更に、企業がいろんなビデオを作っていた。制作会社がいつくあっても、足りないくらい仕事が沢山あった。
 僕は、同時進行で6本の仕事を抱え、3か月近く休みが無く、そのうち1週間は会社に泊まり込んだりもした。そんな時、7本目の仕事があった。僕は、これ以上は物理的に無理なので、断りたいと部長に申し出たが、売上を重視する部長は、「受けろ!」と僕に言った。
 当時は、部長の言うことは守るものだと考えていたので、一抹の不安を抱えながら、その仕事を受けた。
 受けてから早速、問題が起こった。この仕事を引き受けてくれる、ディレクターとスタッフが見つからないのだ。目算が大いに狂った。
 僕は、焦った。元々短い制作期間の納期だったので、今更断れない。どうしたものかと思案しているうちに、その頃独立したばかりの社長の顔が浮かんだ。この社長には、独立する前にたくさん仕事をして、独立直後も仕事をお願いして仲だった。
 僕からの急な申し出に、社長は戸惑っていたが、そこを拝み倒してこの仕事を丸々受けてもらった。とりあえず、これで納期に間に合う、その時はそう思った・・・。
2、リテイク
 クライアントチェックの日が来た。クライアントへ仮編集した映像を見せに行く日だ。
 本来は事前にチェックしてから、クライアントの元へ行くのだが、間に合わず、現地で社長に合流することになった。社長は疲れ果てた様子でクライアントの会社の前に現れた。
 プレビューが始まった。僕は映像を見て、愕然とした。クライアントからOKが出たコンテ通りの映像になっていないのだ。これは、最悪撮り直しになるだろう、納期がギリギリなので、何日猶予をもらえるか、と僕は考えながら映像を見ていた。
 案の定、撮り直しになった。納期を二日くらい延長してもらった。僕は、社長を外して、改めてスタッフを組むことにした。画作りに間違いのないディレクターに、片っ端から連絡して、頭を下げて引き受けてもらい、撮影スタッフの手配と、撮影の準備を進めた。取り直しの日、僕もADとして現場に入った。撮影は順調だったが、一つだけ解決していない問題があった。それは、ビデオの編集室だった。どんなにいい映像が取れても、それを編集できなければ何にもならない。
 知っている編集室は全て埋まっていた。万事休す、と思われた時に、相談した人から使える編集室があると連絡が入った。僕は小躍りして喜んだが、厳しい条件が付いていた。
・編集室は夜しか使えない。
・編集のオペレーターをこちらで連れてこなければならない。
この二つをクリアしなければ、この仕事は終わらない。僕は撮影で疲れているディレクターに無理を言って、徹夜で編集に付き合ってもらった。そして、肝心の編集オペレーターは、別の編集室のベテランを5万円の取っ払いで、来てもらった。
 夜の12時から朝の8時まで、この間に映像を完成させなければならない。時間との闘いが始まった・・・。
 朝8時ちょっと過ぎに編集が終わった。すぐさま、プレビュー用のVHSにコピーしてクライアントの元へ向かい、緊張感漂う中で、プレビューが始まった。
 「やればできるじゃない!」クライアントの第一声が、緊張を一気に緩めてくれた。無事に納品できたのだ。最初のプレビューから3日間、何が何だかわからない目まぐるしさだった。
 この仕事が片付いて、やっと休みの日が取れた。3か月ぶりの休みだった。
 家に帰って、泥のように眠った。

3、命令を断る勇気
 この仕事の反省から、僕は、例え上司の命令であっても、出来ない仕事は出来ないと断るようになった。売り上げの為に、無理をして仕事をするのは苦ではないが、無理を超えるものは、リテークなどで、会社に損失を与え、更には、質が落ちて、クライアントの信用も失うことになるのだ。目先の金か、長期にわたる信用か。このことに気づいたときから、僕の中で、「自立」という考えが芽生えた。それは、誰にも指図されない、仕事に対する自分の矜持になるものだった。


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