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広島協奏曲 VOL.1 竜宮城からのお持ち帰り (9)

 (9) 歴史散歩

翌朝、昨日の嵐が嘘の様に晴れ渡っている。
平井3丁目南公園の北側に健太の車が停まる。朝7時45分。
公園の前にマンションが数棟、建っている。この内の何処かに幸恵が暮らしている。
健太は携帯を取出し、今日と明日に泊まるホテルへ再度アクセスした。
予約してあるのは、シングルが一部屋ずつ。幸恵も泊まるのなら、もう一部屋ずつ予約しようと思ったから。
シングルをダブルとか、ツインとかに変更するには、幸恵の都合もある為、もう一部屋シングルを取る事にした。
一緒でも良いとなれば、どちらかの部屋へいこう。ゆっくりしたいなら、それぞれの部屋の方が落ち着ける。
2ヶ所とも有名な全国チェーンのビジネスホテル。週末では無い為、空いている。予約した。
問題は3泊目の城崎温泉。温泉と料理自慢の老舗旅館。一部屋一人での予約を急に、二人二部屋の出来るか、二人一部屋ならいけるか?
お昼ごろ、直接電話しようと考えた。

気が付けば、8時15分。ちょっと心配になってきた。携帯で幸恵に電話した。数回鳴って、幸恵が出た。
『もしもし、、、ゴメン、、、今、起きた。直ぐ支度する。ゴメン。』自分だけ喋って電話を切った。
健太、8時は早すぎたかな?と思ったが、もし9時の約束として、9時過ぎに電話したら『ゴメン。今起きた』ってなるだろうなと思い、一人笑った。
10分後、向こうから女の人が黒いキャリアケースを転がしながら、急ぎ足でやって来るのが見えた。幸恵さんだ。
健太は車から降り、車の前に立つ。幸恵が息を切らしながら近づいてきた。
「はあ、はあ、、、ごめ~ん!。起きれんかった~、はあ、はあ、」
健太は黒いキャリアケースを受け取ると、後部座席に置いた。助手席のドアを開け「どうぞ。」と幸恵を促した。
終始、健太の顔が笑っている。声は出ていないが、顔が必要以上に、にやけている。
幸恵が助手席に座りシートベルトを締めた。健太は運転席に座り同じ様にシートベルトを締めるが、顔は幸恵の方をを向いたまま、顔が更ににやけている。
「ほん~っと!ゴメン。反省しとるしぃ、、、何?、なんか着いとる?うちの顔に。」
さっきからず~っと、健太に見つめられている。顔は笑っているし、怒って無さそうだし、なんか、変。
「……幸恵さん、、、中学生みたい、、、可愛い、、、。」やっと、健太がしゃべったと思ったら、、、
「えっ!、、、あっ!、、、うち、化粧しとらんっ!。もお~、、みんといてえや~!」幸恵、ドアミラーを覗き込みながら、やっと気付く。
鞄の中から、化粧道具を取り出す。「もお~、ゆうてくれりゃええのにぃ~」幸恵、口を尖らして横目で健太を睨む。
「わしは、そのままの方がええんですがの~、、、かわゆうて。」健太の顔、まだ笑ってる。
「知らん!、、、うちはすっぴんじゃ歩けんの!」幸恵の頬が膨らむ。ますます中学生の様だ。いや、小学生かもと健太は思った。
「はいはい。少し待ちます。」健太はそう言うと、助手席のサンバイザーを下げて、裏にあるカバーをずらす。
「うわっ、鏡が着いとる!、ランプまで点いとる!、、、すっごいええ車じゃん、これ!、、なんちゅう車?」
「マツ〇のCX-〇。出た時から欲しかったんじゃ、コレ。」健太、非常に満足そう。
幸恵の化粧はばっちりメイクをする必要が無い為手早く済んだ。
「では、出発します。」車は京葉道路方面を目指して出発した。その後、首都高速へ乗る。
「よろしくお願いします。ごめんね、急に。」
「びっくりしたわ。今度帰ったらゆうて言よったけぇ、夏ごろかの~と思よったんよ~。」
「う~ん、ちょっとねぇ~、色々あってねぇ~、、、帰りとうなってねぇ~、、、ゴメン。」
「でも、良かった。出発しとった後じゃのおて。もう、帰りょったら引き返さにゃいけんかったし、、、」
「いや、いや、引き返すくらいじゃったら、頼まんかったよぉ~、うち。」
「ううん、幸恵さんの頼みなら、わしゃ、聞きますで~。」
「嬉しい事、言うねぇ~。」幸恵、10代の頃の様なデート前のワクワク感、ドキドキ感を感じていた。ちょっと恥ずかしい様な。

首都高から東名高速へ。途中から幸恵は眠ってしまった。静かな車内、移りゆく景色、安心できる人の傍。
健太は幸恵の寝顔を見ながら、ちょっとした想像をしていた。
【もし、幸恵さんと家族になったら、こんな事がいつもの事になるんか。……なんかええのぉ~、家族かぁ、、、】

富士川サービスエリア到着。
「幸恵さん、着いたで。トイレ休憩しょお。」
「……ん、、、、ふあぁぁ~、、、、うち、寝とったあ?ここ何処?」
「富士川サービスエリア。富士山が綺麗じゃよ。」
「ほんま?、、、ほんまじゃ、、、」パーキングエリアから少し遠くだが綺麗に見える。
「今、10時半。トイレ休憩して出発しょお。」
「へえ~い。いってきま~す。」
二人はそろってトイレへ向かう。
幸恵が行った女性用トイレは観光バスが来たのか、女性客で混んでいた。
健太が先に出た。遅れて、幸恵がトイレから出てくると、屋台横のベンチに健太が座って電話をしている。
幸恵、少し離れたところで様子を見る。【誰なん?電話の相手。……何処と話しとるん?】幸恵、ちょっと気になる。
健太の電話が終わった。幸恵、健太に近づく。「おまたせ~。何処、電話しょったん?」
「宿。明後日の城崎温泉。もう一部屋取れんか思うて聞いてみたんじゃが、駄目じゃった。わしと一緒の部屋でええか?」
「うん、ええよ。……つうか、今日と明日の宿は?」
「シングル、もう一つ取った。ゆっくり休める様にと思うて、、、」
「ふ~ん、、、別々なん。まっ、良いけどねぇ~」【一緒でもえかったのにね。】
「……」健太、幸恵とは付き合ってるとはまだ言えないし、聞く前から一緒の部屋前提もおかしい気がしていた。
車に乗せて帰るのだから、そういう事になっても当たり前とも、ちょっと違う気もしていた。
今の幸恵さんは、おこぜさんではない。送別会をしてくれたのは本名を明かしてくれたおこぜさんかな?と思っている。
もっと、幸恵さんの事を知ってから。幸恵さんも俺の事、もっと分かってくれてから。3日目なら随分、距離は縮まってくれていることを願う。
売店でアイスカフェオレを購入し、高速道路を西に向かった。先ずは名古屋、熱田神宮。

「今日のお昼は、ひつまぶしでよろしゅうございますか?」
「うん、ウナギ!。名古屋名物”ひつまぶし”!」
「熱田神宮へ参拝する前に、食べに行きましょう。」
「熱田神宮?、、、お参り?」
「うん、三種の神器の1つ、草薙剣が祭ってあるんよ。祭神の熱田の大神は、天照大神じゃ言われとるんじゃが、、、」
「言われとるんじゃが?、、、」
「天照大神は女の神様じゃゆうて、習うたろう~。」
「うん。」
「実は、男の神様じゃ言う説もあるんよ。」
「……あ~それって、トンでも説ってやつじゃあないん?年配のお客さんで力説する人、おったもん。」
「そうかもしれんねぇ~。明日行く奈良に三輪山ってとこあるんじゃが、そこの歌に、、、
『思へば伊勢と三輪の神  思へば伊勢と三輪の神 一体分神のおんこと  いまさらなにをいわくらや』ちゅうて、一人が二人に分かれたってようるんよ。
で、三輪山の神は「大物主《おおものぬし》」言う、男の神様らしいねぇ。
ほんで、今日泊まる伊勢神宮はお宮が二つあって、一つは天照大神、もう一つは豊受大御神。両方、女の神様なんじゃが、
男と女の神様は、もともと一つの神様じゃった。ってようわからん話しになっとるんよ。」
「ふ~ん、、、ようわからんねぇ~。人それぞれの捉え方なんかねぇ~?」
「最近、そうゆう話がちょっと、面白うなってきょうるんよ。」
「はあ~ん、、、、年寄りに近づきょうるゆう事?」幸恵、ボケをかます。
「まあ、そうゆう事じゃね。、、、てか、誰が年寄りやねん!」健太のツッコミ。
「デへへへへっ」幸恵のボケ笑い。
お昼過ぎ、ひつまぶしで有名な料理屋で堪能した後、熱田神宮へ参拝。

伊勢神宮方面へ向かう。
伊勢神宮には、明日の朝に詣でる事として、その夜はビジネスホテルへチェックインした。
夕食は近くの海老料理のお店。コース料理。
お造りから、焼きえび、殻を使ったグラタンと松坂牛の陶板ステーキ。なかなかの美味。

「健太さんはどんな子供だったん?、やんちゃだったとか、おとなしかったとか。」と幸恵。
「わしは、、、怒る事の無い子でね~。落ち着きは無いし、めそめそするけど、、、怒れんのよ~。
 喜怒哀楽の内、怒が無いんよ。面白かろう?、、、その代わり、はぶてる(すねる)んじゃけどね。」
「は、はぶてるっ!、、、久々に聞いたわ。なんとなく分かる様な気がする。健太さんの雰囲気かも知れんけど、、、」
「じゃけぇ、、、それがいけん!っちゅうて怒る人もおっちゃったわ(いました)。」
「それって、女の人?」幸恵、かまを掛けて聞いてみた。
「うん、、、、女の人。昔、30歳前の頃、友達の彼女だった人が、わしんとこへ転がり込んで来たんよ。」
「ほう、、、おしかけ女房みたいな?」
「うん、付きおうとった彼氏に、わしが気になるゆうたら喧嘩になって、別れて、責任取ってってゆうてわしんとこ来たんよ。」
「おう、おう、、健太さんが優しいの、よう知っとっちゃったんじゃね。」
「わしも、この人と一緒になるんかの~とか、何時、結婚言おうかとか思よったんじゃが、、、半年くらいして、、、
『あんたっ!、何で怒んないのっ!ダメなものはダメって言いなさいよっ!私の事、どうでもいいんなら出て行くっ!』っちゅうて、、、、
 大抵の事は許したんよね。夫婦とは許し合う物と、誰かにに言われたんが頭に有ったけぇ。
 裏目に出たんじゃね。どうでもええと思われたんかね?落ち込んだわ、さすがに、、、」
「ふ~ん、、、怒れんのんかぁ~。」【相性じゃったんかねぇ~。叱って欲しい人ゆうんはおるけえねぇ~】と幸恵。

「幸恵さんはどんな子じゃったん?」
「うち?うちはねぇ~、普通の子。騒がしい訳じゃのうて、、、おとなしい訳じゃのうて、、、本は好きで、、、テレビも好きで、、、
 ジャニーズも好きで、、ファンモンも好きで、、、うん、変わったとこは無かった思うわ。」
「ふ~ん、普通って何なんかね?」
「うちもよう分からん。人より変わったとこが少なけりゃ普通ゆうんかもしれんねぇ。」
「ほいじゃ、わしは変わったとこあるけえ普通とちょっと違うんかの?」
「それが個性ゆうんじゃないんかね?」
「うん、うん、そう言う事にしとこう。ハハハハハ。」
「そうそう。ウフフフフ。」

健太、幸恵が今の仕事に就いた理由が知りたいと思った事があった。
でも、今は知りたいとは思わない。
一つの仕事だと思っている。しかもかなり高度な技術を要する仕事だと思っている。
テレビや映画の女優は役に成りきったり、自分の個性で役を作ったり。それも他の人には真似出来ない技術かもしれない。
美容師やイラストレーター、文筆業や看護士。それぞれ技術を持って仕事をしている。
ソープランドも仕事場の一つ。クラブやキャバレーも仕事場。技術の有無やそのスキルの高低でポジションも変わる。
幸恵さんも、そこにソープランドと言う仕事場があり、技術を磨いていった。
【誰かが言ってた様な、、、『置かれた所で、咲きなさい』って、、、幸恵さんはそこで花を咲かせたんじゃな。】と健太は、考えるようになっていた。

幸恵さんに引き換え、俺には技術と言うものが無い。これならと言う物が無い。
そんな俺でも、必要としてくれる仕事場があるなら、そこで精一杯働く。そのつもりで広島へ帰る。
いざとなれば同級生に頼ろう。出来るだけ自分で見つけてみよう。
それが今の健太の心持《こころもち》である。

「今日はお疲れさん。……実はわし、疲れたわ。それぞれの部屋で休もうや。明日朝は7時頃、電話するけぇ。お休み」
「うん、そうなんよぉ~。実はうちも疲れたんよ~。ゆっくり休むわ、、、じゃ、お休み」
一日目、それぞれでおやすみなさい。

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