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【短編小説】 回想 回遊 解放 会葬


 一人でいる事の方が、楽です。
 二人になると、気を使います。一人に戻りたいとも考えてしまいます。
 三人になったところから、楽しくなっています。
 子は かすがい とは、よく言ったものです。

 地元に新設された企業に就職した俺は、多忙を極めていました。
 時代はバブル景気真っ最中。定時間と同量の時間外労働では、給料は高くても時間がありません。
 会社の従業員は9割方、女性でした。新卒18歳から定年前の50歳代まで多種多様。
 会社主催の食事会は、普段外での飲み会が少ない主婦層にとっては、ハメを外せる好機だったようです。
 20代後半で独身の俺は、モテていました。( おだ てられ たか られていたのかも。)

 パートタイムのお姉さんAは、ご主人が単身赴任で、お子さんが合宿や遠征の時に「お酒飲みにおいでよ。」とおっしゃってくださいます。
 正社員のお姉さんBは、「友達からサイドボードを貰ったんで、軽トラで運んでよ。」と、気軽に頼んできます。
 ご主人に先立たれたお姉さんCは、「仏間の蛍光灯、替えてほしいの。」と、頼りにされています。
 休日出勤の日には会社の電話が鳴り、休日は昼食時に自宅の電話が鳴り、俺は「はい、喜んで。」と、出掛けていきます。
 お相手が複数ですので、二日連続となる事もありますが、それぞれ家族の居ない一人の時にしか連絡は来ません。一月空くこともあります。
 狭い地域と言う内海を、自由に泳ぐ回遊魚の様でした。
 
 ある日、社長から呼ばれました。
 「お前、間男やってんのか?」3人のお姉さま方との事だと分かりました。
 「いえ、やってません。何も疚しい事はしてません。何故ですか?」
 「他のね、社員さんからね、、、、タレコミがね、、、、、無視できなくてさ、、、、。こう言うのって、良いとか悪いって事じゃなくってさ、
 『何よ、自分たちばっかり良い事しちゃって。』って、僻みとかが絡むからさ。溜飲下げる様な処罰とか異動とか、、、、必要な訳よ。」
 俺は、他の係へ異動となりましたが、2か月で元の係に戻りました。
 俺が元々していた業務が、他の人では立ち行かなくなったのでした。
 内心、【ざまぁ見ろ。】と思ったものです。
 でも、3人のお姉さま方は退社されました。
 そのお姉さま方には良くない事をしたなぁ~と思っていましたが、当の本人さん達はすぐ次の職場を見つけ頑張ってらっしゃいました。
 街中で偶然会うと、「また遊ぼうね。」って声を掛けてくれますが、「すみません、、、これ以上だと人に迷惑掛かります。」と返していました。
 Aさん、Bさんはご主人もお子さんもいらっしゃいます。いつか破滅の時が来ます。
 Cさんは未亡人でお子さんもいらっしゃいませんが、地域のコミュニティの中での良くない噂は、暮らしていけなくなります。
 暴走しそうな下半身を、分別と言う理性が制御し始めたのでした。

 元の部署に戻った俺は、電子化の波に乗り業務のPC化をしていきます。
 その間が定時間とほぼ同時間の時間外勤務で給与は多額となり、地方随一の歓楽街へと月に一、二度通う事を覚えました。
 トライアスロンと称して、ピンサロ、ソープ、ホテトルを1日で回ったり、客引きに付き添われボッタくりに会ったりと充実した日々を送ったのでした。
 そして、30代後半に俺は結婚しました。娘が生まれたのはそれから10年、経っていました。

 数年前、60歳還暦の記念に中学校の時の同窓会旅行がありました。
 初恋の人も一緒でした。俺が初恋だったと言う人も一緒でした。
 恥ずかしい様な嬉しい様な昔話に、花が咲きます。
 「あの頃、あんた達の傍に居たら、、、、どうなってたかな?」つい、聞いてみたくなりました。
 「……どうにもなってないんじゃないの。」二人揃ってそう答えてくれました。
 「何でかな。」
 「○○君て、好きになった人って居ないでしょう。応えてくれない人より、真っ直ぐ見てくれる人のところへ行くものよ。」
 図星です。見透かされています。
 その時は、軽く受け流していました。
 暫くして、考えました。
 そうです。俺は初恋以降好きになった人は、いなかったと思うのです。

 学生時代付き合った女の子、あのJC、事務員の子、一方的に別れを告げた子、誘われるままのお姉さま方。
 好きという感情ではなく、ヤリたい欲望の方が、当て嵌まります。
 興味を持つ先にある好意、その先にあるはずの恋愛願望をさておき、性欲を優先した行動だった気がします。
 結婚して子供を養育している現在も、好きという感情より、”責任”の方がしっくりきます。

 男の歴史は、デスクトップにアイコンが残ったままとよく聞きます。
 ポインターが画面を動いてる時、ファイルに当たり、突然開いたかと思ったら、中のブックが立ち上がります。
 どのアイコンもゴミ箱へ移動したり、削除していません。
 『あの時こうしていれば、、、こちらを選んでいれば、、、』の思いが常に思い浮かびます。

 後悔や、別な選択肢の妄想の供養として、思い出たちの葬儀を『回想』として、執り行ってみました。

 皆様方におかれましてはお忙しい中、お足元が悪い中を御会葬賜り、誠に有難う御座いました。
 
 皆様方の今後の御活躍と、悔いの無い人生を歩まれることを祈念いたしまして、最後の挨拶とさせていただきます。

 と言いながら俺は、薄くなり穴が空きそうなパンツと靴下を履き、今日も会社に向います。
 今の家族が、いつまでも笑顔で暮らしていけるよう、必死に我慢、、、
頑張って生きます。

 (最後の最後に、改めて申し上げます。これはあくまでも、短編小説です。)

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