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広島協奏曲 VOL.2 尾道・流れ星 (18)

花開く春

春、雪解けを待ち、父の邦夫が圃場に水を入れる算段をし始める。この谷の各家の圃場を全て、邦夫1人が管理している。 
面積にして、4町5反。約45,000㎡。ほぼ半分を稲作。四分一を大豆や蕎麦、残りを秋に植える麦としている。
圃場の持ち主は、毛利家と同じ谷の住民、近所の人。毛利家以外8軒あるが、3軒に人は住んでいない。相続人が都会に住み、土地管理の依頼を受けている。
現在、年間1,800円/1反の土地使用料を支払う。収穫物の収入は邦夫が受け取る。
稲作分で、約300万の売り上げになるが、購入する種籾、有機肥料、減農薬としても最低限の農薬代。
トラクター、田植え機、コンバイン、乾燥機、籾摺り機、粉剤農薬散布用の動力噴霧器、水溶液薬剤散布用のポンプとノズル。
資材運搬用のトップカー。軽四のトラック。収穫した籾や大豆運搬用コンテナ。トラクターも、荒起こし用と代掻き用の耕作用ロータリーが2種類。他に、修理、消耗品代もかかる。
自分の労働以外、材料費や、設備費の償却、大型機械のリース代で売上は、ほぼ飛ぶ。
「続けんでも、もうええじゃん。」と雅恵は、父に言った事がある。
「うん、、、、収入にはならん、、、ワシがおらんよんなったら、辞め時かの?まあ~それまでの辛抱よ。見捨てる訳にゃあ、いかんけんのぉ。」
「……う~ん、ほうよねぇ、、、ご近所もまだ、生きとってんじゃもんねぇ、、、」
近所の人たちは、家の周りの畑で季節の野菜を作り続けている。もちろん、雅恵の祖母も作っている。
朝早く起き、それを収穫し、水洗いし、袋に詰めたり、フィルムを巻いたりする。
それを邦夫が軽トラックに乗せ、街中の直売所や隣町の道の駅へ運ぶと、そこそこの収入になる。中には年間、数百万売り上げる人もいる。
直売所や道の駅の組合員になると、搬入した明細も記録できるため、各戸がそれを確定申告に使用する。
邦夫へは、運送費として多少の手間賃が出てはいるが、邦夫はそれには手を着けず、秋祭りの際のお酒や料理に回しているみたいだ。
農閑期の毎日、農繁期でも週に2,3日は建設会社へ日雇いとして出ている。これが邦夫の収入となる。

4月に入り、邦夫が納屋で、稲作の苗づくりを始めた。温度管理された水槽で、籾の芽出し(発芽)を始める。
数日後、小さめのベルトコンベアーの機械に、苗床用の土、芽出しをした籾をセットし、苗箱を作っていく。これをビニールハウスへ運び、水をやり、温度を調整し、田植えが出来るまでに育てる。水と温度の管理が約3週間、休み無しに続く。

苗の管理をしつつ、圃場へ水を引く。
奥深い山からの清水を水路へと導く。途中途中には、日光で水温を高めるための遊水田もあるが、これは稲の生育時に使用する為、今は直接、圃場へと入れる。山際の圃場から、荒掻き、漏水防止のあぜ作りを始める。圃場の土はあまり細かくしない。邦男いわく
「細こうしたら、根が張らん。茎が太うならん。稲が甘えるんじゃろうかの~、その分、ひえやら草は、よう生えるが、しゃ~ないよのぉ~」

雅恵は4月に入ると、毎週帰ってくる。祖母と邦夫の食事や洗濯、家の掃除、苗への水やり。
武彦は、4月終わり当たりから雅恵と一緒に帰るとの事。

「お義父さん。てごうします(手伝います)。」武彦、張り切っている。
「おお、すまんのう。ゆうても、田植えは5月に入ってからにするけぇ、今日は近所へ挨拶しにいこうやぁ~。雅恵もちろうてけぇ(一緒に来い)。」
同じ谷の5軒の家庭を訪ねる。お婆さんの一人暮しが2軒、夫婦が3軒。いずれも80歳代。

どの家の人も、笑顔で迎えてくれる。雅恵が嫁に行く。婿さんは元、プロレスラーでトラック運転手だと、既に話してある。
お婆さん一人暮らしの一軒の家で、玄関から居間辺りが見えた。壁際の棚の板が外れて、斜めに床に着いている。その下に載っていたであろう箱などが床に積み上がっている。
「あっ、あれは、、、棚が外れたんすか?」武彦がそれに気づき、お婆さんに聞いてみた。
「あ~、ありゃもう、釘がイケんよんなって外れたんよ。板ももう痛んどるし、よう直さんけぇ、あのままにしとるんよ。」
「お義父さん、大工道具、貸して貰えんですか。」武彦、邦夫に頼む。
「おお、ええど。納屋の左手にあるけぇ、いるもん持ってけぇ。」
「えっ、ゴンちゃん、出来るん?」雅恵が、聞いてきた。
「おお、わしゃ、大工の息子で~、、、知っとろうが、こないだ因島へ行ったし。」
「うん、うん、そうじゃったね。」
武彦、毛利の家に戻り、右手にある納屋へ入る。左手に壁に棚が作ってあり色んな電気工具や一通りの大工道具が置いてあった。
一番手前に、長さ70センチ、幅と高さが30センチ弱の木箱があった。大工道具入れだ。
蓋をずらし、中を確認すると、げんのうや鋸、みの、さしがね、釘、ドライバーなどが入っていた。
「お、これじゃ、これじゃ。」武彦はその木箱を担ぎ、30センチの角材を数本持つと、先ほどの家へと向かう。
「これでええですか?お義父さん。」木箱を下ろしながら、武彦が尋ねる。
「おお、それよ、それよ。それがありゃ、一通り出来るじゃろう。」
武彦、さっそく居間に上がらせて貰い、外れた棚の壁に着いている方をバールで外す。
持ってきた角材を半分に切り、外した板の端に2か所ほど添わせ、釘を数か所、打つ。
「マーちゃん。ちょっと持っといて。」武彦、雅恵に声を掛ける。邦夫と雅恵が板を両側から持ち、壁へと当てる。
壁の柱の部分に角材をつき通す様に、数か所、釘を打つ。
持ってきた他の角材を、棚と壁に合わせてみて、鉛筆でしるしを入れた。かなざしで斜めに印と印を結び、鋸で角を落とす。細長い台形の形にする。
それを2本作り、それぞれ一方を、柱へ釘で打ち固定する。一方の端は板が乗っかる様になっており、武彦は道具箱から木工用接着剤を出す。
角材と板の間にその接着剤を塗る。
「接着剤が乾きゃ、大丈夫じゃおもいます。」
「まあ~、あっという間じゃ、、、直ったわ、、、あんた~、、すげえねぇ~。」
お婆さんが、嬉しそうな顔で武彦の腕を叩きながら、感心していた。
他の家を訪問し、挨拶すると、何かしら頼まれた。蛍光灯の交換。漬物石を提げて。ネコ車(運搬用一輪車)のタイヤに空気入れて、などなど言いながら、誉めてくれる。
「おお、頑丈そうな人じゃのぉ~。ええ人がおっちゃったのぉ~」「雅恵ちゃん、えかったの~」「あんたも百姓、するんか?、、、せんのんかぁ~、、おしいのぉ~」

「お父ちゃん、今みたいな事いっつもしょってん?」家までの帰りの道すがら、雅恵が聞いた。
「ああ、何かしら頼まれりゃするけぇじゃが、、、今日のは”探り”を入れちゃったんよ。」邦夫、顔が薄笑いになっている。
「え~、探り?」
「何かしら頼み事して、気持ちようしてくれるんか、グズグズゆうて何もしてくれんのんか、試してみたったんよ。棚が外れた家以外はの~。」
「はあ~、ワシは試されたんですか、、、へじゃ、合格だったんじゃろうか?、、、気になるのう~。」
「多分、合格じゃろう。うん、大丈夫じゃ。不合格でも、別に構わんのんじゃけどな。ハハ、ハハハハハ。」
「うん、合格じゃ、合格じゃ。」雅恵、嬉しくなっている。【やっぱ、ゴンちゃんの良さは、誰にでも直ぐに分かるわ。】自慢したい気分だった。
「そうですか、、えかった。えかった。また、来れる。」武彦も嬉しくなった。


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