見出し画像

生きるの下手くそ (3)


 「生きるの,下手くそだな俺達。」
 泣きながら笑う、女と男の話。

 年末も迫り、いつもの様に独居老人宅への配達をしていた奏。携帯が鳴った。携帯画面には、”詩織”の表示。
 「はい、詩織? どうした?」
 『ゴメン奏、仕事中だよね。あのね、、、、相談したい事が有るの。』
 「相談?、、、分かった。8時半ぐらいになるけど良いかな?、、、カフェレストランカプチーノで。」

 【詩織が私に相談?、、、初めてかも。でも同級生でこっちに残ってるのって、私くらいしかいないもんな。何かな?】
 奏、詩織の相談を想像するもそれらしき事が浮かばない。
 待ち合わせのカプチーノへ行くと、詩織はもう来ていた。目が赤い。さっきまで泣いていたように腫れてもいた。
 奏、少し動揺する。詩織が泣く程の事を相談されても、力になってあげられるか見当も付かない。とりあえず、ジンジャーエールを店員へ頼んだ。
 「どうしたの?、、、泣いてたの?、何かあったの?、、、それが相談事?」奏、店員がその場を離れた時に思わず聞いた。
 「うん、、、どうして良いか分かんなくなった。……実は、、、妊娠したみたい。今までも不順で2,3か月来たり来なかったりしてたんだけど、、、、今回もそうだろうって思ってたら、、、、18週だって。」
 「あ、相手は?、、、知ってるの?伝えたの?、、、、その人とは一緒になれないの?」【もしかして、、颯?】
 「……誰だか分かんない。だからどうしようって、、、、」
 「相手が分からない?、、、」
 奏、正直【自業自得だろ。】と思った。しかし言葉には出来ない。【18週だと堕ろすと言ってもあとひと月がリミットか、、】
 「産みたいの?、それとも、、、」
 「それも分かんない、、、何が一番良いのか、、、考えても分かんない、、、」
 【かまってちゃんだな、、、昔っから。】
 「もう役場に行った?母子手帳の申請、、、、その様子じゃまだ?……産むにしても堕ろすにしても助成金が支給されるよ。出産準備に使えるし、、、手術にも。」
 「……知ってる、でも行く勇気が無いの。頼れる人が傍に居て欲しいの。」
 「お父さんは?」
 「ムリ、、、妊娠の事知ったら、、、、、また殴られる、、蹴られる、この子もどうにかなっちゃいそうで、、、」
 「産みたいんだ、、、詩織。出来ればその子の父親になってくれる人も欲しいんだ。」
 「………」無言のまま詩織が頷いた。
 【また勝手な事ばっかり言っちゃって、、、、自分でどうにかしろよ。……ってか詩織じゃ無理か、、、、、
 颯か、、、来年廃業するし、私とは無理だし、、、、でも頼れるのは颯しか居ないか、、、、、、、、】
 「詩織、、、颯に話してみた? 時々会ってるんでしょ。もしかして颯の子かも。」
 「颯とは半年会ってないの。ちょっとした口げんかがあって、、、会い辛い、、、、」
 「そう、、、でも颯に頼むくらいしか思いつかないよ、私。」
 「奏、、、颯と話せる機会、作って貰える?、、、私、謝りたいし、どうしたら良いか相談もしたい。」
 「分かった、、、今からでも良い?」
 「うん、、、、」
 【なんだ、、、、詩織、もうそこまで考えてたのか。じゃあ私の役は何?、、、狂言回し?太鼓持ち?仕方ないか、、、でも、これからもこの田舎で暮らす以上、見放したとは思われない様にしないと。】

 奏、颯に連絡したら直ぐに来てくれた。
 大まかな事情は奏から話した。詩織はその間中、俯いて泣いている。
 「分かった、、、少し時間をくれ。」
 「ゴメン、、、颯、、、あの時も私のわがままで、今日も、、、、、」
 帰る詩織を駐車場で見送る二人。どちらもすぐに帰ろうとせず、会話も無く、ただ佇む。
 「奏、俺、、、、」ようやく颯が口を開いた。
 「これが一番良いんだよ。誰も傷つかないし、、、誰もが幸せになれるんだよきっと。」と奏。
 「……本当にそう思うのか、奏。」
 「うん、、、、颯ともいつかは終わるし、終わらせないといけないし、、、、颯には来年からの仕事も決まってるようなもんだし。」
 「ちょっと待て、俺は詩織の子の父親になるとは言ってないぞ。」
 「時間を貰って断るつもりなの?颯は責任感強いから引き受けるでしょ。分かってるし、、、」
 「……良いんだな、奏。時間をくれって言ったのは、、、、」
 「私のせいにしないで。颯は颯で考えればいいの。それで良いの。じゃあ、、、詩織には自分で伝えてね。」
 奏、そう伝え車へと乗り、走らせた。

 【詩織、、、これが貴女のシナリオなのね、、、
  私だって思うように生きてみたい、、、
  私だってなりたい自分になりたかった、、、
  こんなところに生まれたくなかった、、、、
  でもね、、、きっとどこかの誰かが私を必要としてくれてるはず、、、
  さよなら、、、、颯、、、、】

 溢れ出る涙で前は良く見えない。
 交通量の少ない、田舎で良かった。

 翌週、颯は詩織の家に挨拶をしに行った。
 詩織の父親から歓迎を受け、その日は酒盛りとなった。
 「颯君、こんな娘だがよろしく頼む。法人の方はおいおい覚えてくれ。この家を頼む。」
 結婚式は春と決まった。準備は詩織の両親がするという。

 それから数日経ち、いよいよ年末。
 奏の携帯に詩織からメールが届く。
 ”かなでごめん  わたしやっぱりむり  さよなら”
 【無理って何、、、さよならってどういう事っ!】詩織に電話するも繋がらない。
 直ぐに颯へ電話を掛ける。
 「詩織からメール来たっ。無理ってなんの事?、、、、颯、どうしたの?何したの?」
 『俺のところには騙してたって、変われないって、ゴメンって来てた。他に何かなかったか?』、
 「さよなら、、、と。」
 『そうか、、、男のところだと思う。子供の父親だと思う、、、、どこの誰かは教えてくれなかった、、、』
 「心当たりとか無いの?」
 『ない、、、知らない、、、、聞いてもいない。』
 「詩織の家に行ってみる。何かないか探してみる。」
 『俺も行くよ。』
 奏、詩織の実家へと向かう。

 「お母さん、詩織は?」
 奏、詩織の家に着くなり挨拶のせず母親に聞く。
 「あ~奏ちゃん、、、詩織が詩織が、、、居なくなったの。殴り書きのメモが今朝、置いてあって、、、」
 「どこに行ったか心当たりありませんか?」
 「さっぱり分からない。」
 そこに颯が来た。
 「あ~颯君、、、詩織が詩織がぁ〜、、、」
 「詩織に着たはがきとか手紙とかありますか?」
 「ううん、そういう物は来ない。最近みんな携帯みたいだし、、、あるのはカードの請求書くらい、、、」
 「お母さんっ、それを見せてください!」
 「あっ、給油とかETCとか、買い物とかどこでよくしてたか、、、か。」
 颯、2年くらい前からの請求書を調べる。
 このカード、詩織本人が持ってはいるが支払いは父親にしてあった為、封筒で毎月請求書が実家に届いていいた。
 「○○市のスタンドをよく利用している、、、あのスタンドか、、、その近くかもしれない。」
 「行ってみる?」
 「よし行こう。」
 ○○市はそこから約80キロ離れた都市。村を通る県道から国道に入り車で向かう。
 県道は途中ダム湖畔を通り、堰堤を過ぎると一気に国道の有る海岸線まで下っていく。
 途中は川を右手に見ながらの急勾配。颯の運転する車もそこを走る。
 日陰の多い県道。颯も速度を落とし走る。所々に残雪が残る。
 「あっ、あそこっ!、、、雪の残った所にタイヤの跡がある、、、まさか、、、」奏が叫ぶ。
 颯は少し手前の広くなったところへ車を停めた。二人はタイヤの跡がある所へと向かった。
 そこはガードレールが以前の事故の際に捲れ、進入禁止用の幅広テープの切れ端が垂れ下がっている。
 タイヤ痕の先には川がある。道路から見下ろす二人。
 「あっ!、、、、あそこ、、、、」
 「あの色は、、、詩織の車、、、」
 数メートル下の河原に上下が反転した軽自動車があった。詩織がいつも乗っていた軽自動車だと確信した二人。
 「奏、、電話頼む。俺は下へ行く。」颯はそう言い残すと、落ちたらしい場所から崖を降りていく。
 「事故です、、、ダムから国道に出る県道、、、ハイ、、、お願いします。」
 奏は携帯でまずは救急車を要請した。そして警察へも電話。
 連絡し終えて河原の颯を探した。
 「詩織っ、詩織っ、、、聞こえるか?、、、返事しろっ!」颯は呼びかけながら、割れた窓から手を入れ何かしている。
 暫くして颯は立ち上がり、奏の方を向き首を横に2,3回振った。
 奏、その場にしゃがみこむ。涙が溢れ出る顔を掌で覆った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?