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広島協奏曲 VOL.2 尾道・流れ星 (1)


生まれた星の元を恨み、上手く行かない理由をそれに宛がい、傷が着かない様に繕う。
でも、まわりや時代は変わった。私も変わる。目の前の人と一緒に。


毛利雅恵は、工作機械メーカーの尾道にある中国営業所に勤務している。
産まれは広島県北部、三次市布野 敦盛あつもり谷。平家の落人伝説が残る。
尾道の大学卒業後、入社5年目になる。26歳
就職活動が始まる頃は目立つ背の高さが印象に残り好感触を得、すんなりと今の営業所に決まる。

ときめく恋心

3月21日、営業所に新所長 富田 駿が来た。1週間現所長との引継ぎ。
身長は180cmは有る。肩幅が広く、体育会系らしい。ハキハキ喋る。頭の良さが端々に出る。
雅恵は、ときめいた。ドキドキした。富田は妻子持ち、単身赴任。それでも、、、。
仕事中、富田が動く度に注視し、”何か手伝いましょうか?、何かお探しですか”と声を掛けたが
富田は何かにつけ総務担当の事務員、安藤に頼った。
【ま、最初は仕方ないか。】雅恵は自分に言い聞かせた。

雅恵が富田に”ときめいた”訳、、、
【どこか遠くへ、私を連れてって】
【引き返す事の出来ないところへ】
【すべてを捨てる事の出来るところ】
富田なら、叶う事の無い夢を見させてくれるかも知れない。と言う、予感、妄想、希望。

3月末、現所長の送別会、兼新所長の歓迎会があった。魚割烹「魚信」。
「富田新所長。お送りしましょうか?」雅恵はそう富田に言ったが、
「あ、毛利さん、ありがとう。でもいいや、二次会に行くから、、、。今度、お願いします。」
相当な量を飲んだはずなのに、顔が赤くなっている位で、しっかりとした足取りで所員達と飲み屋街へ消えていった。

1ヶ月もすると、富田も少しずつ顧客情報収集の為、雅恵に聞くようになった。嬉しかった。
雅恵の所長に対する態度は、他の所員に丸わかり。富田の横に立つと、雅恵の腰が富田に近づく。あと少しでくっつく位に。
「惚れたんじゃね~。無理はないわね~」所員の噂。比較的大きな声。

5月末、雅恵は営業所員からの点検修理記録表や部品納品書の集計に追われていた。
顧客への消耗品代の請求書作成や、販売品への修理時間に対する修理費用請求書などである。
富田も、営業所の月次営業報告の纏めを書いていた。
「毛利さ~ん。終われそうですか~?」富田が声を掛けてきた。
「あ、はい。もう少しです。」
「終わったら、ご飯でも行きませんか~。」
「……えっ!。行きます。行きます。……直ぐに終わらせますっ!」
そこへ客先から帰って来た営業所員の梶谷が入って来た。
「お疲れっす~。……あれっ、所長と毛利さんだけ?みんな、帰ったん?」と梶谷。
「おう、梶谷君。お疲れ様。……君も一緒にどうっ?ご飯。……あ、毛利君、良いかな?」と富田。
【う~、なんでやねんっ! 所長っ! 】
「おう、良いっすねぇ~。行きます。行きます。」と梶谷が答える。
【ぐぅ~。梶谷~!、空気読めっ!、チャンスじゃったのに~!】
「……あ、はい。良いですよ、、、」心と裏腹の言葉が出た。
【雅恵のアホっ!、所長のアホっ!梶谷の馬鹿垂れがっ!】

海岸通りのお好み焼き屋。(広島では、広島風とは言わない)
3人共、肉、玉、そば、イカ天、ネギかけを食べる。梶谷と所長は麺ダブル。
所長が「ちょっと、トイレ」と席を立つ。
すかさず梶谷が「毛利さん、ちょっと良いすかぁ~」と尋ねてきた。
「何っ!」イラつきの籠った言葉で答える雅恵。
「怒らんといてくださいや~。折角の所長とデートじゃったの邪魔して悪かったと思うとりますけ~。」
「なら、早よ帰り~や。うちが所長、送ってくけぇ~。」
「……毛利さん、、、。所長諦めて、ワシと付き合うてくれてんないですか?」
「何で、あんたと付き合わにゃいけんのんっ!」
愛の告白だと思うが、今日の事を邪魔された雅恵はそう受け取れない。
「所長は単身赴任で奥さん、子供おるし、付き合うたら不倫になるし、ワシとだったら、、、」
「あんたは、タイプじゃなぁ~し。それに彼女おるじゃろう~。」面倒臭そうに突き放す。
「毛利さんとなら、今の女とも別れてもええかの~と思ようるんで~。」
「アホかっ!。そんないい加減な奴と付き合えるかっ!。」呆れたように、また突き放す。
そこへ富田、戻る。
「何、何、喧嘩かい?。仲、良いんだねぇ~、良いねぇ~若い人たちは、、、。羨ましいねぇ~」訳の分からない事を言う。
「富田所長。お送りしましょうか?」雅恵、所長を誘う。
「所長っ!、所長っ!、飲みに行きましょう!。ええとこあるんすよ。行きましょう、行きましょう」梶谷、割って入る。
【梶谷~!、てめえこのヤローっ!邪魔すんなっ!】
「お、良いねぇ~、でもちょっとだけだよ。」所長が答える。
【くっそ~。梶谷も、所長も~。】雅恵、顔は笑って、心で怒る。
「じゃ、私はこれで失礼します。……ご馳走様でした。また行きましょう、所長。」
雅恵、所長に愛想笑い、梶谷に引き攣った笑いを投げかけ、帰路に着く。


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