見出し画像

広島協奏曲 VOL.2 尾道・流れ星 (12)

  目の前の幸せ

「まっ、入って。」ドアを開け、灯りを点ける。すぐ横のユニットバスの電気も点け、
「お湯入れるけぇ、すぐ入りっ。お風呂入っとる間に支度しとくっ。あ、洗うもん、こんなか入れといてっ。」
雅恵は、洗濯機の横にあった大きめの籠をユニットバスの洗面台の前に置き、浴槽に栓をし、お湯を出し始めた。
「へじゃ~、よばれます。」村上がユニットバスの中に入り、ドアを閉める。
「浴槽の中で身体、洗うてねっ。シャワー使うて。」雅恵がドアの外から声を掛ける。
雅恵はテーブルに鍋、さっき買った豚肉の薄切り、カット野菜、もやしを準備した。
おにぎりや、小さめの深皿を二つ、割り箸も準備した。
鍋の中のお湯も沸いた頃、村上が出てきた。
「座って、座って。」雅恵がテーブルの奥側に村上を誘う。
「ビール、飲むじゃろぉ。」冷蔵庫からさっき買ったビールを2本、持ってテーブルの上に置く。
「ホンマに、よう無事で帰って来てくれた。心配したんじゃけぇねっ!。」座りながら雅恵が言う。
「すまんかったのぉ~、心配かけて。……コラえてくれぇ~。」顔の前で右手を立て、村上が言う。
「……」暫く無言が続く。

「コラえちゃらんっ!。…えっと、、、えっと心配したんじゃけえねぇ!」雅恵の声が部屋に響く。

「今夜は、、、傍に居ってくれたら、、、コラえちゃらんでもなぁ~。」雅恵、今度は俯きながら少し小さな声。

「はぁ、……ええんか?。泊ってっても、、、。」村上、少し驚いた様に、乾ききっていない長い髪の頭を掻きなが言う。
「……うん。……うち、ゴンちゃんに傍に居て欲しい、、、」雅恵がやや小さめの声で言う。
「……判ったっ。……明日の朝、送ってってくれるか。」村上、暫くの沈黙の後、優しい顔の優しい声で答えた。
「うん。何時に出る?。」雅恵が頷く。
「会社に行ってみにゃ判らんが、積込は昼からじゃろう思う。9時に行けりゃええ。」
「明日も仕事有るん?。……どんだけ働かせるんねぇっ!。」
「前から決まっとるけぇのぉ~。こっちは雪、降っとらんし、、、。」
「……判った。うちの会社が9時からじゃけぇ、その前でもええ?。」
「おう、それで頼むわっ。」
「じゃ、飲もぉっ!。」二人は缶ビールの栓を開け、「カンパイっ!。」と言いながら口を着け、一口、二口と飲んだ。
「……うお~。しみるのぉ~。」「……しみるねぇ~。」笑顔で向かい合う。
鍋のお湯の中に”鍋しゃぶ”のお出汁を入れ、沸騰を待つ。雅恵の心配話が時系列で報告される。
「色が変わったら、食べよう。」雅恵が鍋の中の豚肉を揺らしながら言う。
「そのままで食えるんか?」「うん、味がもう着いとる。」「初めて食うのぉ~。」「便利なんよぉ~。これっ。」
「……こんな晩御飯、実家に帰った時以来じゃっ。……ええもんじゃのぉ。」
「今度から、うちに来っ。支度して待っとるけぇ~。」
「うん。……すまんのぉ~。」
「……も~う。謝ってばっかしっ!。」
「すまん、すまん、、、。」
「またぁ~。ハ、ハ、ハ、ハ、ハッ。」「ガハ、ハ、ハ、ハ、、、。」笑いながら、食べながら、飲みながら時は過ぎた。

雅恵もシャワーを浴び、スウェットを着てベッドに入る。
「……ゴンちゃん。……来て。」
テーブルの前に座っていた村上を呼ぶ。リモコンで明かりを薄暗くする。村上がベッドに入る。
「……まーちゃん。……優しゅう、するけぇ~。」小さな声で話しながら腕を雅恵の頭の下に回す。
「……うん。……ゴンちゃん。」村上の首に手を回し、唇を村上の唇に押し当てた。無精髭がこそばゆい。

ゆっくりした時間が過ぎていった。二人は一つになっていった。
そのうち、二人とも寝入ってしまった。無理もない。ほとんど寝ていないのだから。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?