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夢を歩く #1


アニメーターとして絵を描き始めて、10年。自分の引く線が気持ち悪くなっていた。


アニメは大量の絵を必要とする。アニメーターは、その大量の絵を準備する「作画」のパートで、速さが勝負の絵描きだ。
同じ絵柄を何枚も描く事で絵柄が身につき、また絵柄が身につく事で描くスピードが上がる。


絵を描く時に現実世界を見るのは基本だ。
ただし、同じものを見ていても、人によって見ているところは違うし、表現も違う。アニメや漫画に代表される「線画」は、描き手の認識が顕著に出る技法だ。
ここが近いと、その人の描く絵を「心地良い」と感じるのだと思う。


しかし、仕事として描いていた絵は、私にとって「理屈のわからない絵」だった。
自分とは合わないのに、その絵の線を何度もなぞらなければならない。
気がつけばすっかり飲み込んで、染み付いてしまっていた。


白い紙に鉛筆で、さっと引く自分の線が好きになれない。違和感がある。まるで許容量を超えて発症した花粉症のように。
そして、一度身についたものは、容易に取れない。


自分の描く線が、気持ち悪い。
悲しかった。
子供の頃から絵を描き続けて、私は絵を描いて生きていくんだと思っていた。自分の描く絵を、自分で受け付けられなくなる日が来るとは思わなかった。
積み上げてきたものが壊れた気がした。


もうアニメの仕事を辞めようか。
でも、まだやりたいことが残っている。


演出をやってみたかった。
演出にシフトチェンジして、自分で絵コンテを描いてみたい。絵コンテは、アニメ作品の「設計図」だ。


そこで、会社の制作デスクに、演出助手をやりたい、と申し出てみた。やりたいと言っても未経験だから、まずは補佐として演出業務に携わろうとした。


「私、演助に移りたいんです」
「え、もう人いるから……」


社内の演出助手は2人だ。1人が辞めたので空きがあるはずと思っていたが、もう埋まったと言う。


そういうことなら、演出をやるには、会社を辞める他ない。
迷った。私に、外の、TVシリーズの仕事が務まるだろうか?
いや、どう考えても、スピードについていける気がしない。


結局、作画に残る事にした。


次の作品は先輩が初監督を務めるので、その力になれるなら、という思いもあった。



2へ続く。

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