鏡さんに聞きたいこと /ショートショート
「鏡よ鏡、鏡さん。私の素敵なところを教えて?」
ママは、今日も夢見心地で鏡さんに話しかける。
いいなぁ。
僕も、おしゃべりしたいなぁ。
✴︎
“内面をも映し出す鏡。
これがあれば、自己分析はもちろん、他者に見せたい自分のブランディングも思いのまま!”
そんな謳い文句で、新商品『鏡さん』は発売された。
原理はこうだ。
まず専門機関を通し、鏡さんに自分の情報を覚えさせる。LINEの送受信歴から、SNSの投稿、ネットの閲覧、通話、写真、卒業文集、カードの明細、GPS情報まで。媒体やサーバに保存されたあらゆる自分の過去を。
すると、自分の内面を映す鏡さんが出来上がる。
鏡に映ったもう一人の自分は、質問に対し、本当の答えをくれる。
「私って、本当は何が好きなんだっけ?」
「本当の私は、本を読むのが好きで、小説家になりたかったじゃん」
「俺ってこの飲み会に、行きたいんだっけ?」
「いやいや、人が大勢いるのは苦手っしょ。ちっとも行きたくないっつーの!」
という風に。
情報の海で溺れ、自分で自分がよく分からないという人は意外に多い。就活生から、自分の人生このままでいいの?と悩むサラリーマンや主婦にまで受け、一時品切れになるほど、売れに売れた。
ただし、鏡さんにはご法度がある。
18歳未満は、使用禁止。データの取得が十分できないから、というのが発売元の言い分だ。
けれど、酒や煙草のように命に関わる訳ではないから、子にせがまれれば使用させる親もいた。
✴︎
僕のママもその一人。
ママが僕と遊ぶより、ずっと熱心に鏡さんに話しかけているのを見て、僕も使ってみたくなった。
「絶対壊したりしないからっ!ちょっと使うだけだよぉ!」
「しょーがないわねぇ」
僕に、というよりは、鏡さんに絶大な信頼を寄せるママは、案外すんなり使わせてくれた。
「鏡さん、僕は大きくなったら、何になるの?」
「僕は、大きくなったら本当は、宇宙飛行士さんになりたかったよ!」
鏡に映る僕は、自信満々に言う。
「うん、前はそうだったんだけどぉ、今はサッカー選手なんだよね。それで?本当になれるの?」
「サッカー選手?どうだろ、分かんない」
「えっ?
じゃあじゃあ、僕の好きな人分かる?」
「由美ちゃん」
「正解っ!いつもイジワルしちゃうんだけどさ…由美ちゃんと仲良くなれるかな?」
「知らないよ」
「仲良くなる方法は?」
「僕に聞かれてもなぁ」
「なんだよぉ!じゃあ何が分かるわけ?
ママには色々答えてあげてたじゃんよ!」
「僕は鏡。未来を映すことはできないんだ。
映すのは、過去だけだよ。今映ってる僕だって、ほんの一瞬前の僕なんだから」
なんだ、そっか。つまらない。だって、
『楽しいことはいつだって、
カコじゃなく、イマと先のミライに広がってるんだよ』
僕が失敗しちゃった時に教えてくれたのは、
ママ。じゃなかったっけ。
気づいたら、僕は鏡さんに、拳を振りかざしていた。
ママがもう一度、僕と、未来を見てくれるように。
(1200文字)
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