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ステキな音楽を、ステキな文章で

メディアパルさん主催の#アドベントカレンダー2021 「あなたの好きなことのイチ押し本」に参加しています。


音楽が好きです。
クラシック、ジャズ、ポップス、洋楽、なんでも聴きます。

その中で心が震える曲はたくさんあるのですが、
それを言葉で説明するのは、すごく難しいなと感じます。

一つ一つはどんな音なのか。
全体はどんな曲なのか。
どこに感動したのか。

目に見えたものや自分の内面は、比較的掘り下げて文章化しやすいと思うのですが、匂いや音は、難しいと感じます。
皆さんはいかがでしょうか。


私は学生時代に、指揮者をやっていました。

指揮者って、音を言葉にするのが大事な仕事の一つなのです。自分の中の音のイメージを、演奏者と共有するためです。それが出来ないとみんなの音はバラバラになってしまいます。

これが、大変です。

作曲者はきっと、“言葉に出来ないほどの思い”があるから、音楽というものを使って表現しているのだと思います。
それなのに、指揮者はそれをまた、あえて言葉にしなければならないのですから。いくら訓練してもなかなか思うようにいかないものでした。


けれど、音楽を聴くのではなく、読んで楽しむものにしてしまう、素晴らしい作品に出会ってしまいました。

革命前夜 須賀しのぶ

東西ドイツ時代、ベルリンの壁が壊される前の時代に、東ドイツに音楽留学した日本人眞山が主人公。眞山はピアニストで、そこは音楽の本場。才能溢れる友人に囲まれ、自分の音を探す中、いつしか時代の渦に飲まれていく。

教科書でしか知らなかった歴史を、まるで体験してきたかのように肌で感じることができる作品です。それでいて東ドイツ特有の“誰が敵で味方か分からない”ミステリーのような要素もあり、退屈することがない。読後は、その熱量に圧倒され、しばらく動けなかったほどです。

そんな骨太のストーリーや、舞台設定もさることながら、音楽をやっていた者として、舌を巻いたのは、その音楽への向き合い方と、表現の仕方です。

好きな文章がいくつもあり、ノートに書き留めました。

異国に来たばかりの孤独の中、シューマンは香り高い慈雨のごとく彼を包んだにちがいない。
『革命前夜』須賀しのぶ  /文春文庫P197
明るい生命力を感じさせつつも、大きく逸脱するようなこともなく、すべては完全な円の中にある。だが人によっては、あまりの技巧に耳がひっかかることもなくはない。そんな曲だ。
『革命前夜』須賀しのぶ  /文春文庫P203
ゆるやかなテンポがしっとりとした音の響きによく合う。朝霧の中、湖畔で静かに佇む美しい女性を思わせる。リピート部の装飾音は、ひとつひとつの音がくっきり浮かびあがるように響き、靄が晴れて明るい空が現れたかのようだ。
『革命前夜』須賀しのぶ  /文春文庫P251

この豊かさ。

ともすれば、音楽の教科書に並んでいそうな言葉ばかりを使ってしまいがちな、曲や音楽の言語化。
須賀さんは、ありきたりな表現ばかりでなく、独自の言葉でそれを表しています。

しかも、独自の表現というと、一定の人に理解されないこともありそうですが、そうではない。きちんと誰もが想像することができる文章です。

その曲を知らない人でも、どんな曲か想像できるものでありながら、その道の玄人にも、これ以上の表現があるだろうかと唸らせる表現だと思います。


しかも、須賀さんはなんと、音楽経験がないのだそうです。「解説」で述べられていて、驚きました。経験の有無なんて、関係ないのかもしれないですね。
難しいと言われているものにも果敢に挑戦する勇気、そして、それをとことん考え、取り組み、言葉にしていく力。
そういうものが結局、突き詰めれば、どんな作品にも必要なのかもしれません。


学ぶものが多い作品でした。


音を言葉で表現する。
ステキな音楽を、ステキな文章で。

その世界に浸ってみたい方、音楽好きな方。

だけでなく、全ての文章を書く方、読む方に、
オススメの一冊です。

読んでくださり、ありがとうございます! いただいたサポートは、次の創作のパワーにしたいと思います。