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『カモフラージュ』

 小分けにした生地にたっぷりと洋酒が練り込まれていく様を見て、ついその意味を邪推してしまった。
「なるほど。こっちが本命用か」
 歳の離れた妹がピクリとこちらを振り返る。
「さっきの大量生産を友達に配って、彼氏に渡すのがこれってことでしょう?」
「……彼氏じゃないよ」
「分かった分かった、皆まで言うな」
 つまりはバレンタインをきっかけに告白するということだろう。妹もそんな年頃になったのである。
「それで『お父さんには内緒』なわけだ」
「だからそういうんじゃないって」
 そう言う間にも、甘さ控えめのチョコレートブラウニーが型に流し込まれていく。先に焼き上がった生地の方からは甘く香ばしい匂いが立ち上っていた。
「でも、せっかく特別製にしたのにこれじゃ伝わらないんじゃないの?」
 彼女が買ったラッピング用の小袋とリボンは全て同じデザインだったはずだ。味の違いは食べ比べないと分からない。
「いいじゃん別に。こっちの自己満足なんだから」
「ああ、そういうこと」
 むしろこの子は自然な流れで手渡したいのだ。そこに意味など存在しないかのように。
「面倒くさいこと考えるわね」
「うるさいなあ」
 量産分の袋詰めをしながら彼女は特製ブラウニーの焼き上がりを待っていた。

「お父さんも食べる?」
 彼女が余り物だと言って渡したのは、別個に作った洋酒たっぷりのブラウニーの方だった。
「え?」
 思わず声を上げた私を、彼女は無言のまま睨みつける。
 ――お父さんには内緒ね。
「ああ!」
 今度こそ理解した。お年頃の妹が隠したかったのは、父への感謝なのだった。

                              〈了〉

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