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『ツイテイナイ透の憂鬱』第10回の裏

 市原くんからのメールは、名刺を渡したその日のうちに届いた。
 病院に押し掛けた時点でかなり焦っているように見えたし、早急に対処した方がいいだろう。そう感じて文面を眺めていくと――なるほど、確かに少々心配になってきた。
 彼が綴った長岡さんの様子というのは活力の低下、食欲不振、睡眠不足など体調不良に分類できそうなものも多い。初めに幽霊のせいと聞いたことで真一の奇行をイメージしてしまったが、どうやら俺の勘違いだったようだ。
「だったらそう言ってくれれば……」
 とはいえ、市原くんが求めたのは医師ではなく霊能力者の意見である。長岡さんに必要なのはカウンセラーではないかと書き添えつつも、まずは約束通りメールを転送することにした。
 果たして、すぐさま真一から返事の電話が掛かってきた。
『とりあえず譲くんには、俺が咲良ちゃんに会って話を聞きたがっていると返してくれないか?』
「俺が連絡するのか」
 一応市原くんの許可を得て連絡先も伝えてあるが、俺が手を引くことは許されないらしい。
『彼女に基くんが憑いてなければ、透の言う通りカウンセラーに任せる案件だ。ドクターがいてくれた方がいいだろう』
「なるほど?」
 医者として呼ばれるならば異存はない。が、素直に真一の言葉を受け入れるのは危険である。
『逆に咲良ちゃんに憑いていた場合は……頼んだぜ、相棒』
 ほら、彼はいまだに慣れない馴れ馴れしさで俺を使おうとする。
「何度も言うが、俺はお前の相棒になった覚えはない」
『そう言うけどさ、透の相棒が務まるのも俺くらいなもんよ。紗希ちゃんからもよろしく頼まれているんだぜ?』
「サキちゃん……?」
 俺の口から疑問が漏れると、電話越しにも伝わるほど真一が呆れた声を出す。
『透の人間性はとうに諦めてたけど、あの子のこと忘れるか?』
「は? いや、布川がお前によろしく頼む意味が分からなかっただけだ」
 唐突に名前が出てきた布川紗希もまた、霊感持ちを自称する元同級生である。
 ただ、彼女は自分が見ているものに確信を持っていなかったために、俺の言葉でひどく傷つけてしまったことがある。それを真一にたしなめられたのはなかなか苦い記憶だった。
『透がもう少しできた男だったなら、紗希ちゃんの隣にいたかもしれない。他にも透を必要とした霊感持ちはいたけれど、結局手に負えなくなるんだよな』
「は?」
 霊感が完全にないという俺が真一にとって、ひいては霊感持ちにとってどういう存在なのかは嫌でも理解させられている。だが、彼らの都合で振り回しておいて、手に負えないとはいったいどういう了見だ?
『そうそう。咲良ちゃんに基くんが憑いていた場合、紗希ちゃんの状況と近くなる気がするんだ』
「うん?」
『身内の霊にとり憑かれ、それに気付いていながら相手がろくに見えてない。紗希ちゃんのはもう体質だし対処方法も身に付けてもらったけど、咲良ちゃんはなあ』
「何だ?」
『確実に透の特殊能力が必要になるってこと。じゃ、よろしく』
 一方的に電話が切れた後、俺は奴に頼まれた通り市原くんにメールを送っていた。俺も随分とあの男に懐柔されているらしい。

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