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連作短編『愛とiと』2-後編

 柚原美里は待ち合わせの駅からメールに記した図書館へは向かわなかった。
「ちょっと勉強に疲れちゃってさ、気分転換に付き合ってよ。他人に教える余裕があるなら平気でしょ」
「別にいいけど、教えてほしいんじゃなかったの」
「あたしの苦手科目って暗記系なの」
「へ?」
「昨日も『付き合って』とは言ったけど『教えて』とは言わなかったでしょう?」
 そうだったろうか。一瞬の電話の内容まで思い出せない。
「とにかく、今あたしは勉強より気分転換がしたいの」
 彼女が案内した先はゲームセンターだった。真っ先に向かったのはクレーンゲームのコーナー。
「徹ってこういうの得意?」
「さあ? あんまりやったことがない」
「大物狙っても取れた時に荷物になっちゃうかな?」
 ちょっと大きめの独り言と共に、美里はある機種の前で立ち止まる。キーホルダーやストラップが景品になっている台だ。
「これがいい。あの、斜めに重なってるやつ」
「そう」
 隣で中を覗き込んでいると、急に彼女の視線を感じた。
「……え、何?」
「徹がやるのよ」
「俺が?」
 彼女の気分転換ではなかったのか。いやまあ、ブラブラすること自体が目的なのかもしれない。
 三百円で一回、五百円で二回という値段設定。三百円を投入して、ボタンを押す。あえなく失敗。
「やっぱり難しいね」
「いい線いってたと思うけどな」
 言いながら美里が更に五百円を投入する。
 再び、視線を感じた。
「だから徹がやるんだって」
「ああ、はい」
 彼女の五百円を無駄にする訳にはいかない。と、先程より少し慎重に狙いを定める。すると――
「わ、すごい」
 ことのほか上手くいってしまったのである。取り出し口から顔を上げた彼女がストラップを掲げて見せる。
「さすが、徹って器用ね」
「……ありがとう」
「どうかした?」
「いや、器用って褒め言葉なのかなって」
 思わず口にした言葉を彼女はさらりと受け流した。
「ねえ、もう一回できたよね?」
「ああうん」
「代わって」
 少し背伸びして台の奥を覗き込んだかと思うと、あっという間に色違いのストラップを捕まえてしまう。
「なんだ上手いじゃん」
「そう、めちゃくちゃ得意なの。でね、あたし今いい位置にあるストラップを狙わせたんだ。調子のいいこと言っちゃってごめんね」
 これは彼女なりのフォローなのだろうか。
「そうだ、ケータイ貸して」
「え?」
 半ば引ったくるように俺のケータイを手にした美里は、既にぶら下がっていた綾乃のお土産と、今し方獲得したストラップを付け替えた。
「あげる」
「……どうも」
「ねえ、プリクラ撮りたい」
「は、え?」
 彼女は俺にケータイを返しつつ早くも別の場所へ歩き出した。
「徹ってさ、実はめちゃくちゃガード弛いよね」
「何?」
「みんな相手にされないとか言ってたけどちょっと……いや、かなり鈍いだけ」
 並んだ撮影機の前で立ち止まり、方向転換。
「あとはそう、彼女面したあの子に周りが遠慮してるだけ。まあ可愛いのは分かるけどさ」
 俺の腕を掴んで中へと押し込んだ。
「あたしは斉川さんのこと、認めない」
「……綾乃はいい子だよ」
「だから何だって言うの?」
 美里が機械に百円玉をつぎ込んでいく。パッパと画面を操作して、撮影が始まる。
「既成事実をいくつか作ればそれでいいと思ってたんだけどね、徹はきっと事実は認めるけど事実しか認めない」
「それは、どういう……?」
「決定的な証拠がほしいってことよ」
 彼女は俺の襟元を掴んで引き寄せて――

 唇が、重なった。

 フラッシュライトに目が眩む。閃光が走るたびに、身体が熱を帯びていく。
「もう、いいわよ」
 いいも何も彼女が勝手に――
「何で途中から徹の方が乗り気なわけ?」
「え……?」
 気付けば俺は美里の身体を抱きしめていた。そりゃ熱もこもるわけだ。
「ごめん」
「別に謝んなくてもいいけどさ、どうだった?」
 聞かれて俺は唇に残った感触を確かめる。
「……悪くない」
「キスで目覚めるって」
 美里が勝気な笑みを浮かべる。
「徹って眠り姫?」
 俺たちは二度目のキスを交わしていた。

                           <第二話、了>

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