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『モノクロ天使』

登場人物
 黒木明良 美術部期待の星?
 杉本美咲 美術部部長
 白井希望 幽霊部員その一
 秋吉光 幽霊部員その二
 金森翼 新入部員
 アイ 天使、男でも女でも可

   一場

 スポットライトがアイを照らす。キメ顔で、

アイ 皆さん、恋愛してますか?

 間。沈黙に耐え切れず素に戻ったような感じで、

アイ 寒い、寒すぎる! 絶対この脚本家頭おかしいわー。(気を取り直して)申し遅れました。私、アイと言います。実は天使という設定でして、中でも色恋沙汰が担当で、この舞台の登場人物の恋心にチャチャを入れるという役どころを仰せつかっておりまず。……え、見えない? 重々承知しています。予算が足りないんだか何だか知りませんが、いかにも天使って感じの「白い服を着て、頭に輪っかを乗せて、羽が生えてる」みたいな衣装が却下されまして……。あ! そんなことより、これからとある高校の美術部にお邪魔するところなんですよ

 というわけで、明るくなった舞台は美術室。アイは適当に様子を窺っている。黒木明良がスケッチブックに向かって絵を描いているところに、杉本美咲が登場。

美咲 黒木くん

 明良は黙々と絵を描いている。美咲は少し声量を上げ、

美咲 聞いてるの、黒木くん?

 明良は黙々と絵を描いている。美咲は明良の耳元に近づき大声で、

美咲 黒木くんったら!
明良 (ようやく顔を上げて)何だよ杉本、うるさいな
美咲 じゃあ一度で返事してください
明良 どうせ大した話じゃないんだろ
美咲 ……まあいいや。黒木くん、部活しましょう
明良 は?
美咲 部活よ。ぶ、か、つ
明良 してるじゃん。俺たちゃ美術部員だぜ? 絵を描く以外に何をしろって言うんだよ?
美咲 そりゃそうなんだけどさ。君が勝手に一人で黙々と描いていると私の立場がなくなるのだよ
明良 知るか
美咲 知ろうよ。これでも私、部長なんだよ
明良 部長らしいことしたいなら他の部員でも連れてくれば?
美咲 へ?
明良 何人かいただろう? 幽霊部員が
美咲 ハッ、なるほど
明良 ……え、納得した?
美咲 いやでも、きっと幽霊部員はもう帰っちゃってる時間だよ
明良 それこそ知るか
美咲 それに、幽霊部員が誰だか分かってて言ってるの?
明良 だから知らないって
美咲 白井さんと秋吉さん。あんなキラキラチャラチャラした女子に私が話しかけられるわけがないでしょう
明良 ……そんなキラキラチャラチャラした女子なのか
美咲 うん。よく知らないけど
明良 知らないのかよ
美咲 だって話したことないもん

 明良、やや唖然としつつも気を取り直して、

明良 でも入部届を出したってことは興味がないわけじゃないんだろう? 聞くだけ聞いてみればいいじゃん
美咲 ……

 明良、スケッチブックを閉じて立ち上がる。

明良 分かった
美咲 へ?
明良 お前が部活する気ないなら俺もやめる。そもそも絵を描くのは美術部でなくたってできるんだ
美咲 ま、待って
明良 杉本のピーチクパーチクがない方がよっぽど――
美咲 黒木くん

 出ていこうとする明良をがっちり捕まえて、

美咲 そんなこと言わずに部活しようよ
明良 ……杉本、どうしてこの力業を俺にしか発揮できないんだ?
美咲 (聞いてない)置いてかないでよ、黒木くーん

 わんわん言いながら美咲は明良の引き留めることに成功し、元居た椅子に座らせる。

美咲 あ、それでね、私やりたいことがあったんだ
明良 はあ?

 美咲は机の上にリンゴとボトルとグラス(他にもそれっぽいものがあれば)を用意する。

明良 これって……
美咲 静止画の練習と言ったらコレでしょう
明良 パス
美咲 そう言わずに、ね?

 明良が使っていたスケッチブックを手に取り新しいページをめくろうとして、

美咲 あ、これ描いてたの?
明良 まあ
美咲 ペガサスか……毎度毎度、乙女チックなものを描くよねえ
明良 悪いか?
美咲 全然! でも、黒木くんって常に脳内ファンタジー垂れ流してるから、たまにはこういう基礎の基礎って感じのもの描かせてみたくて
明良 描かせてどうするんだよ?
美咲 へこむ
明良 ……は?
美咲 やっぱり黒木くんは基礎ができてるから好き勝手描けるんだと思い知って、私は一度がっつりへこもうと思う
明良 何だそりゃ?

 言いながらも、二人はなんとなくデッサンを始める。

美咲 そう言えば黒木くんってさ、何でいつも鉛筆とスケッチブックなの?
明良 悪いか?
美咲 だから悪くはない……いや、正直なところ部費が余って困ってる。下手な私が使い込むのも抵抗あるし、あんまり使わないでいると予算が出なくなる
明良 使わないなら予算なんて要らないだろう
美咲 そりゃ今はね。でも、これから後輩が入って新たに絵の具とかキャンバスが欲しくなった時に、全額自腹切らせるのは酷じゃない?
明良 なるほど、さすが部長
美咲 それほどでも
明良 ならとりあえず、鉛筆とスケッチブックでも買ってくれ

 間。

美咲 別にいいけどさ、ホントにそれしか使わないの?
明良 ああ。……ところで、アップルパイって四角いイメージ? 丸いイメージ?
美咲 え?
明良 どっち?
美咲 うーん、丸?
明良 六等分? 八等分?
美咲 そうだな……切り分けやすいし八等分?
明良 ふうん

 聞いたまま黙々と描き続ける明良。

美咲 え、何の話?
明良 パイにはコーヒー? 紅茶?
美咲 はい?
明良 コーヒー、オア、ティーだよ
美咲 えっと、紅茶かなあ……
明良 なるほどなるほど

 やはり黙々と描く明良。

美咲 だからねえ、何の話?
明良 杉本の話だろう? お前に聞いたんだ
美咲 それはどういう――
明良 オシ! ざっとこんなもん
美咲 え、もう出来たの?

 美咲がスケッチブックを覗き込んで絶叫。

美咲 はあ?
明良 うるさい。耳元で大声を出すな
美咲 何描いてくれてんの?
明良 リンゴとグラスとボトルと、その前に座る杉本美咲――
美咲 が、私のティータイムに脳内変換されたのね
明良 でもほら、お題を見て描いたのは分かるだろう?
美咲 そうね……。アップルパイとティーポットが、リンゴとボトルの構図と悔しいほど一致する
明良 部長をへこませることにも成功したみたいだな
美咲 ……
明良 どれどれ

 明良が美咲のスケッチブックを覗こうとして、

美咲 見るなあ!

 美咲はスケッチブックを抱えて逃走。

明良 ……いや、そりゃないだろう

 いつの間にかアイが明良のスケッチブックをパラパラめくっている。それを元に戻して、暗転。


   二場

 相変わらず美術室を適当に眺めているアイ。絵を描いている明良と、その隣には金森翼。

翼 明良氏、俺本当にここにいていいのかな?
明良 いいんでない。翼が部員だったなんて知らなかったけど
翼 いやー、でも俺の場合は次元が違うって言うか
明良 二次元だろう?
翼 そうだよ。二次元なんだよ!

 間。

翼 ウチの学校、いわゆる漫研がないんだよな。オタクは一体どこに集まればいいんだ?
明良 絵は好きなんだろう?
翼 絵、というか……イラスト?
明良 まあ似たようなものだろう
翼 全然違う!

 間。

翼 ごめん
明良 そもそも何で今更美術部に?
翼 ……実は、杉本さんがさ
明良 杉本が?
翼 秋吉と白井に部活来ないかって声掛けてたんだ
明良 ああ、本当にやったんだ。それで?
翼 だから来た
明良 ……翼にも声掛けたってこと?
翼 そんな、杉本さんが俺なんかに声を掛けるわけがないだろう
明良 え?
翼 杉本さん、可愛いよなあ
明良 ええ?

 美咲が入ってくる。

美咲 黒木くん
明良 おう
美咲 (翼に気付いて)あれ?
翼 はわわ

 翼、明良の後ろに隠れようとする。

明良 杉本、こいつ美術部員だって知ってた?
翼 ちょ、明良氏
美咲 金森くん? えっと、違うよね?
明良 へ?
翼 ……
美咲 え、もしかして入部希望ってこと?

 やや間。やがて翼は頷きながら、

翼 でも俺、なんて言うか……漫画イラスト? そういう感じのしか描けないんだけど
明良 そういう感じのなら杉本よりも断然上手いぞ
美咲 本当?
翼 あ、いや、俺は……そんな

 美咲、翼の手を取って、

美咲 一緒に頑張ろうね
明良 何をだよ

 翼、崩れ落ちる。

美咲 え、金森くん? 大丈夫?
翼 ……明良氏、俺、今なら死ねる
明良 マジか……

 次に入ってきたのは秋吉光と白井希望である。

希望 うわあ、ウチ美術室って初めて来たかも
光 初めて?
希望 うん、芸術選択は音楽だから
光 そっかー
明良 ……誰?
美咲 誰ってことはないでしょう。白井希望さんと秋吉光さんです
希望 こんちは!
光 (頷くくらいの会釈)
明良 なるほど。キラキラ……チャラチャラ?
希望 なんか美咲ちゃんがね、部活来たらパフェ奢ってくれるって
明良 もので釣ったのか?
美咲 いや、そんなつもりはなかったんだけど……いつの間にかそういう話に
光 こいつ馬鹿で食い気の塊なんだよ
希望 酷い
光 ホントのことじゃん
希望 光は勤労学生だよ。バイトが忙しくて部活には来てないけど、絵は結構上手
光 変なこと言うなよ
希望 ホントのことじゃん
美咲 そう、アルバイト! そこから売り上げに貢献するとかなんとか――
希望 ところでねえ、この人倒れてるけど大丈夫?

 と、希望は崩れ落ちたままの翼を指す。

翼 あ。お構いなく……(適当なところでのっそり起き上がる)
明良 (希望に)で、あんたは?
希望 ウチ?
明良 さっき美術室自体が初めてだとか言ってなかった?
希望 あ、うん
明良 どうしてそんな奴が美術部に?
希望 うーん、先生にどこか入らないのかって言われた時になんとなく? 光と同じとこでいいかなって
明良 なんだそりゃ
希望 それに描くのは自信ないけど、見るのは面白そうだなって

 希望はひょいと明良のスケッチブックを手に取って、女子三人で覗き込む感じに。

明良 あ、おい
希望 あれ? これって美咲ちゃん?
翼 何だと?
美咲 ああ、この前のティータイム
翼 明良氏!

 と、翼が突っかかるので明良はなかなかスケッチブックを取り返せない。

希望 え、めっちゃすごくない? 美咲ちゃんだってすぐ分かったよ
美咲 うん。黒木くんは、上手いは上手いの
光 ふうん
希望 (めくって)お、これはペガサス?
美咲 そうそう。基本的にこういうファンタジーが多いのよ、この男は
希望 へえ。(めくって)あ、これは海でしょ。あと……桜かな?
明良 返せ!

 ようやく明良がスケッチブックを取り戻す。

希望 ねえ、これってどこの海?
明良 は?
希望 写生じゃないの?
明良 そうだけど
希望 どこ?
明良 ……校庭
希望 こーてい?
美咲 学校のグラウンド、見比べれば多分どこから描いたかも分かるよ。
希望 あ、だから桜
美咲 咲いてなかったけどね。
明良 だって、それじゃ景色としてあまりに淋しかったから――
希望 満開にしたんだ
明良 (頷く)
美咲 黒木くんは何描かせてもそうなんだよ。脳内ファンタジーに変換される
明良 悪いか?
美咲 何度も言うけど、私はそれが悪いとは思ってない。ただ、黒木くんの美術の成績が実はすこぶる悪いのもまた事実
光 マジで? それはちょっと……
美咲 先生に従えないんだよねえ
明良 人を不良みたいに言うな
美咲 実際アウトローでしょう。上手いのに勿体ない
希望 すごいね
美咲・光 え?
希望 ……え、すごくない?
美咲 まあうん、確かにすごいんだけど
光 今の話聞いてた?
希望 ……?
光 マジか。ここまで馬鹿だったか
希望 だってこんなの想像で描けるんだよ。あたしじゃ目の前にあっても描けない
光 うん、希望はそうだろうね
希望 光は描けるの?
光 か、描くわけないじゃん。こんな少女趣味
希望 なんだ描けないんだ
光 ……
希望 じゃあ、素直に「すごい」でよくない?

 明良、驚きや照れなどで感情がキャパオーバーになっている。その隙をついて希望は再びスケッチブックを奪い取り、

希望 もっと見せてよ

 と、勝手にめくり始める。

美咲 黒木くん、いいの?
明良 ……
美咲 あの脳内ファンタジー垂れ流しブック
明良 翼……
翼 へ、俺?
明良 お前のこと馬鹿にしてごめんなあ
翼 はあ?

 今まで傍観していたアイがようやくチャチャを入れる。

アイ 恋をしたら挙動不審がデフォルトですもんね
明良 ……え?

 明良、アイの声に反応するが、まるで明後日の方向へ振り返る。

アイ おや、私の声が聞こえますか

 明良が声の主を探そうとするも見当たらない。アイはニヤニヤしている。

翼 明良氏?
明良 気のせいかな?
希望 ねえ、これ本番の絵はあるの?
明良 本番?
希望 だってスケッチブックって練習帳でしょう? 本番はほら、キャンバス? に描くんでしょう?
明良 ……
希望 黒木くん?
明良 描かない
希望 え?
明良 (ハッとして)ほら、今は部活中だろ。描かない奴は帰れよ
美咲 ちょっと黒木くん
光 (すっと手を上げて)はい。あたしは希望を連れてきたら帰るつもりだった。バイトで忙しいし今後も描く気はない

 と言って、光はさっさと帰る。

希望 光?

 希望は少し迷った様子を見せながらも、後を追うことにする。

希望 美咲ちゃん、今度パフェ食べに行こうね

 と言って、希望も退場。

美咲 え、ちょっと……

 結局、美咲もそれを追って出ていく(ただし、二人が鞄を持って「帰った」のに対し、美咲は美術室に戻ってくるつもりのため手ぶらである)。

翼 ……行っちゃった
明良 翼は?
翼 俺はね(時計を見て)俺もそろそろ帰るかな
明良 何か用事があるのか?
翼 いや、特に。しいて言えば観たいアニメがあるんだ
明良 そう……さすがオタク
翼 俺の場合、明良氏と逆で著作権に引っ掛かりそうなものばっかり描いてるな
明良 ん?
翼 俺もこんなだから、脳内ファンタジーには笑わないってこと
明良 ああ、うん

 翼が帰り支度を整え鞄を肩に掛け、

翼 あ、でも杉本さんにべたべたしてたら敵とみなす
明良 べたべたなんかしねえよ!

 と言って、翼も去っていく。

明良 ……何なんだ
アイ 何なんでしょうね?
明良 え?

 明良は振り返るがアイを見つけられない。

アイ やはり聞こえるんですね。黒木明良くん

 アイが自分を見ていない明良に向かって微笑む。暗転。


   三場

 美術室で明良とアイが話している。ただしそれは、明良自身にとっても独り言に近い。

明良 愛をつかさどる天使?
アイ というのがまあ、人間に説明する分には一番いい言葉だと思います
明良 ……
アイ たまに私の姿が見えたり声が聞こえたりする人間がいるんですけど、理由は私にもよく分かりません。おそらく勘がいいってことなんでしょう
明良 ……
アイ 聞いてます?
明良 え? あ、いや、聞こえない方がいい奴じゃないかなって
アイ 酷い!

 アイは嘘泣きのポーズを取るが明良には見えていない。

アイ あ、そっか。明良くんの場合は聞こえるだけなんでした
明良 はあ?
アイ ホント何なんですかねえ? まあ、あなたの脳内ファンタジーの波長は私みたいな存在とも相性が良さそうでしたけど
明良 み、見たのか?
アイ はい、ばっちりと
明良 ……いや、でも俺にしか聞こえない声の主が俺の絵を見たって言っても
アイ そうです、そうです。私のことはご自身の心の声だとでも思ってください

 美咲が登場。

美咲 あら珍しい。スケッチブックも出さずに何してたの?
明良 え、いや……
アイ 心の声と対話してた、なんて説明はちょっとやばいよな
明良 おい
美咲 え?
明良 えっと、杉本こそ今日は遅かったな
美咲 実はちょっと困ったことになって
明良 何?
美咲 さすがに鉛筆じゃ部費の申請が降りない
明良 お、おう
美咲 でも、使ってないもの買うのも降りるわけがない
明良 まあそうだな
美咲 というわけで黒木くん、油絵描いて
明良 ……はあ?
美咲 描けないわけじゃないんでしょう?
明良 杉本が描けばいいじゃないか
美咲 描くよ。描くけどさ……黒木くんの絵を、その……
明良 何だよ?
美咲 コンクールとか、持ち込めるところに持ち込みたいの
明良 はあ?
美咲 活動実績が欲しいの。じゃないと、美術部がマジで……ちょっとやばいかも
明良 マジなの? かもなの?
美咲 ……マジです
明良 あ、そう
美咲 出品するとなると……私の絵じゃ、ちょっと。ね?
明良 パス
美咲 お願い
明良 絵ってのは描きたい時に描きたいものを描けばいいんだ
美咲 分かってるけど
明良 それに俺は美術部じゃなくても――
美咲 分かってるよ、そんなこと!

 美咲が声を張り上げ、ハッとして俯く。

美咲 でも……私はやっぱり好きなんだもん
明良 ……え、何が?
美咲 美術部
明良 あー

 明良が反応に困っているところへ、希望が呑気に入ってくる。

希望 黒木くん居る?

 振り返った明良と希望が見つめ合う。

希望 え、修羅場?
明良 違う。そういう勘違いだけはやめてくれ
希望 何で……?
明良 ……敵が増えるから?
アイ 嘘吐き
明良 嘘ではないだろう!
希望 はい?
アイ 翼くんの恋路を邪魔するわけにはいかない、というのも嘘ではないかもしれませんが、君が勘違いされたくないのは別の理由ですよね?
明良 ……
アイ 私はちゃんと聞いてましたよ。素直に純粋に、屈託なく「すごい」と言った彼女に動いた君の心の声を
明良 ちょっと……黙ってろ
アイ ダメですよ、心の声を無視したら

 明良の動揺が挙動不審なので希望は静かに美咲の方へ。

希望 何があったの?
美咲 えっと、かくかくしかじかで……
希望 へえ。でも何で黒木くん、描くの嫌なの?
美咲 さあ? 単純に描けって言われて描くのが嫌なのかもしれない
希望 そっか。(明良に)黒木くん、ごめんね
明良 ……え?
希望 ほら、昨日ウチ黒木くんが鉛筆画家なの知らなくて練習って言っちゃったでしょう
明良 鉛筆画家?
希望 うん。美咲ちゃんからそれ聞いて、まずは謝らなきゃって今日ここに来たんだけど
明良 そうなんだ
希望 黒木くん、描きたくないなら描かなくていいと思うよ
美咲 ちょっと白井さん!
希望 だって黒木くんはずっと描きたいものだけ描いてきたんでしょ? 無理に描いたってたぶん上手くいかないよ
美咲 それは……そうかも
希望 で、黒木くんはどんな絵なら描きたいの?
明良 え?
希望 美咲ちゃん、コンクールっていっぱい種類があるんじゃない?
美咲 そりゃまあ探せばあるだろうけど
希望 じゃあ探すのが美咲ちゃんの仕事じゃない?
美咲 そっか! あ、でも……部費の件もあって
希望 それを一緒に片付けようとするからダメなんだよ。美術部を守るのに活動実績が必要なら、まずはそっちが優先。部費はまた別の使い道を探そう
美咲 見つからなかったら?
希望 来年入った後輩に謝ろう。美術部が全額自己負担なのはろくに描いてこなかった先輩たちの責任です、って
美咲 ……私、行ってくる!

 美咲、美術室を飛びしていく。

希望 美咲ちゃん、意外と行動派だね
明良 白井は、意外と頭が回るのな
希望 え?
明良 いや、昨日の印象がもう一つ……あれだったから
希望 あれって何さ?
明良 ……
希望 うーん、昨日はお菓子切らしてお腹すいてたからかな

 希望は自身の荷物からいくつかお菓子を取り出して、

希望 黒木くんも食べる?
明良 え?

 流れで受け取ってしまう明良。

希望 内緒だよ
明良 ああ

 何故か二人でお菓子を咀嚼している。

アイ おお、いい感じに二人きりじゃないですか!

 明良はついアイの姿を探してしまうが、やはり見つけられない。

アイ 追い払おうったって無駄ですよ。それより――

 アイが明良の肩に軽く触れると、明良が魔法にかかったように口を開く。

明良 あのさ
希望 何?

 明良、自分の口から出てきた言葉に戸惑っている。

アイ ほら、さっさと続きを言いなさい

 アイがもう一度、明良の肩に触れる。

明良 さっき、何が描きたいかって俺に聞いたじゃん
希望 うん
アイ 言ったでしょう、私の担当は色恋沙汰だって。チャチャを入れるのも仕事の内なんです
明良 ……
アイ 私が全部言わせてあげたっていいんですけどね、君はそれでいいんですか? ほれほれ

 今度は明良に触れずに念を送るような恰好。

明良 何が描きたいかって言うと……その、白井をモデルに描きたいなって、今思った

 パッと照明がアイのスポットに切り替わる。アイが手を叩いて笑う。その裏で、明良と希望は粛々の次のシーンの準備。

アイ (大爆笑した後)いやあ失礼。ト書きに私が手を叩いて笑うとありまして、どうやら脚本家が、自分で台詞書いといて「モデルにしたいって何だよこいつ」とか思っちゃったんでしょうね。明良くんの精一杯は誰にも笑えないと思うんですが……それに、希望さんはモデルの依頼を受けましたよ。ほら――

 舞台が明るくなると、明良が希望の絵を描いている。当然鉛筆で。希望は勝手に調子はずれのポージングをして、

希望 モデルってこんな感じ? ねえ黒木くん……ちょっと、こっち向いてよー

 などとやっていたが、最終的に飽きて明良の隣に座る。

希望 結局黒木くんは脳内ファンタジーで描くんだね
明良 ごめん。でも白井がモデルには違いないんだ
希望 何の絵?
明良 天使
希望 おお、天使!
アイ おお、私ですか!
明良 違う
希望 へ?
明良 ……ああ、うーん
アイ 何度私に突っ込むんですか。学習しませんね
希望 邪魔しない方がいいかな?
明良 あ、大丈夫。俺、しょっちゅう杉本のチャチャに付き合ってたから、話しかけられるのは割と平気みたい
希望 ふうん、美咲ちゃんね
明良 あ、いや……違うからな
希望 何が?
明良 ……
アイ ほら、そこで黙るな
希望 そう言えば金森くんだっけ? 美咲ちゃんにぞっこんの
アイ それもそうなんですけど、それだけじゃないんですよ
希望 美咲ちゃんが、好きなアニメのキャラクターに似てるんだって
明良 え、あ、そういう理由なの?
希望 さあ? よく分かんない
明良 まあ、らしいっちゃらしいか

 明良の手元を見ていた希望がふと。

希望 どうして鉛筆なの?
明良 へ?
希望 いや、まだ黒木くんが鉛筆画家やってる理由聞いてないなって
明良 うーん、たいした理由じゃないんだけどさ。いつでもどこでも描きやすいってのも大きいし
希望 そんな予防線張らなくても
明良 ……なんて言うか、モノクロの世界の方が無限に広がって見えるんだよね
希望 無限?
明良 俺が描くのは実在しないものが多いから、色とか決まってないんだよ。それを俺が勝手に決めてしまうよりも、黒の濃淡だけで表した方が自由でいいと思うんだ。絵の具で色を重ねていく絵も勿論きれいなんだけどさ、俺はこれ一本で全ての色を手にできるのが好きなんだ
希望 格好いい
明良 それ以前の段階で色々言われちゃうんだけどな
希望 大丈夫だよ
明良 え?
希望 黒木くんの絵、素敵だもん
明良 ……ありがとう

 暗転。


   四場

 美術室で美咲と翼が話している。それを生暖かい目で見つめるアイ。

美咲 ふうん、漫画のイラスト描くにはそんな道具がいるんだ
翼 ペン先ってすぐ潰れる消耗品だけど、ホントに買うの?
美咲 一応、選択肢の一つ? 急な路線変更だから予算が降りるか分からないけど
翼 美術部が漫研化したって話たまに聞くけど、なんか……責任感じるなあ
美咲 何で?
翼 だって、漫画が好きな人たちって……そういう人たちじゃないか
美咲 絵が好きな人なら大歓迎だよ
翼 それはまあ、ありがたいんだけど……あ、でももし本格的にストーリー漫画とか描きたい奴が入ってきたらどうしよう?
美咲 好きにさせてあげたらいいんじゃない。今までだって描きたい時に描きたいものを描く人ばっかりだったし
翼 そっか
美咲 金森くんが入部してくれてホント良かった。ありがとね
翼 あ……

 翼が身悶えている。見ていたアイが翼に触れようとした途端、明良が入ってくる。

明良 あれ、お取込み中?

 翼、バッと身を引き、

翼 全然! そんなことは、ない!
アイ 明良くん、他人の恋路を邪魔しちゃ駄目ですよ
翼 (明良に耳打ちで)むしろ俺もう耐えられなかった。明良氏が来てくれて助かった
明良 え、でも
アイ もうちょっとで告白させてあげられたのに
明良 とか言ってるけど
翼 は、何が?
明良 ……何でもない
美咲 黒木くん、制作お疲れさま
明良 疲れるようなことはしてないけど
美咲 そっか。そうだね
翼 なあ、俺もその絵見たけど、本当にタイトルあれでいいの?
明良 何で?
翼 惚れた女を天使と称するのって、結構イタイ気が……
明良 うっ。そりゃまあモデルにはなってもらったけど、あれは天使の絵だから
翼 天使っぽさゼロだったけど?
明良 ぽさも何も、俺、天使見たことねえもん
翼 そりゃ俺もないけどさ
明良 あれが神々しかったらなんか嫌だ
アイ そういうことか

 アイが自分の衣装を見せつけるようにべたべた触る

翼 ……まあ、明良氏がそう言うならそれが正解なんだろうけど
希望 ねえ!

 と、声を張り上げながら希望がスケッチブック片手に入ってくる。

翼 お、噂をすれば天使の登場
希望 これ見てよ

 明良、美咲、翼がスケッチブックを覗き込んでいるところに光が希望を追いかけてくる。

光 希望!
希望 これ、光が描いてたの
光 返して!
明良・美咲・翼 おお
光 見られた……
希望 可愛くない?
美咲 黒木くんに負けず劣らず脳内ファンタジー
光 だって、希望は急に美術部の話ばっかりだし、あんなの見せられたらこっちも描きたくなっちゃうし
希望 光はね、ツンデレなの
光 変なこと言うな!
翼 変なことって、ツンデレは最強のヒロインだぞ
明良 返しがそれって……
希望 だから美咲ちゃん、余ってる画材は光に使わせてあげてよ。放課後はアルバイトが忙しいみたいだけど、たぶん時間ある時にガンガン描くよこの子
美咲 ホントに?
光 ……余ってるなら、使ってあげてもいい、けど?
翼 おお、まさしくツンデレ

 光が翼の足を軽く蹴る。

翼 くう……
明良 翼?
翼 やばい楽しくなってきた
明良 杉本はどうした?
翼 ……明良氏のバカ!
明良 ええ?
希望 それでさ、黒木くんの絵は完成したし金森くんの正式入部も決まったし、お祝いしよう
明良 お祝い?
希望 ていうか美咲ちゃん、いい加減パフェ食べに行こう
美咲 あ! そうだね、すっかり忘れてた
希望 いいでしょ?
美咲 うん。行こう行こう
翼 パフェ限定?
光 それ以外もあるから
翼 へ?
光 元々あたしのバイト先に来る話だったでしょう
翼 ああ、そんなこと言ってたっけ?
希望 黒木くんも
明良 あ、うん

 五人が出ていこうとする中で明良がふと足を止める。アイと二人きりになったところで、

明良 なあ
アイ どうしました?
明良 お前、最初からずっと美術室にいたろ? 心の声だって言う割にここでしか聞かなかったし
アイ そうですね。君が恋に落ちる前から色々と勝手に覗いてました
明良 どうして?
アイ ……神様にそうしろって言われたから、ですかね?
明良 今度は、神様?
アイ またの名を脚本家と言います。君の恋を一番応援してくれた人ですよ
明良 はあ?
アイ でも、気を付けてくださいね。神様は気まぐれですから、そろそろどんでん返しを欲しがる頃合いです
希望(声) 黒木くーん?
アイ ほら、そうなる前にさっさと行ってください
明良 え、ああ

 明良が去り、舞台に残ったアイが客席に一礼。

アイ 彼らがこれからどうなったのかは、神のみぞ知る――なんて

 暗転。

                              〈了〉

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