『うみのおと』
登場人物
浜崎海斗 うだつの上がらない二十歳のフリーター
青山夏子 海斗の元同級生で憧れの女の子
平澤太陽 同じく元同級生。夏子の彼氏
端橋葵 同じく元同級生。天然キャラ担当
浜崎風美 海斗のはとこ。高校三年生で海の家の店長代理
一場
舞台は海の家『浜風』舞台手前はひらけた外の空間(=公道)がある。
店内にはアルバイトの浜崎海斗、客の瑞橋葵、奥に店長代理の浜崎風美が控えている。
葵 すいませーん。
海斗 はい。
葵 おかわりください。
やや間。差し出されたグラスを見て海斗は深いため息を吐く。
海斗 瑞橋、お前いい加減に――
葵 海斗、お客さんに向かってその態度はダメだよ。
海斗 ……お前客か?
葵 ん?
海斗 ん、じゃねえよ。いいか、客は水ばっかり五杯も六杯も頼まない。金を払って何かしら食う。したがってお前は客じゃない。
葵 ああ、もうダメダメ。いい? その人がお得意様だろうと、一見さんだろうと、メニュー見てるだけの冷やかしだろうと、お客様は神様です。
海斗 あ?
葵 そんなんだから仕事が長続きしないフリーターなんだよ。
海斗 はあ? それ言ったらお前なんか学生ニートじゃねえか。大学行ったってどうせ勉強してねえだろ? 俺は身の程わきまえてんだ。確かに長続きしないフリーターだけど自分で稼いだ金で飯食ってるし、ほんのちょびっとくらいは社会に貢献してる!
葵 うわ……。
海斗 何がうわ……だよ。毎日毎日こんなところで油売りやがって、この暇人!
葵 暇で結構。夏休みだもん。海の家でのんびり過ごすって夏を満喫してるでしょ?
海斗 コノヤロウ。
葵 ああ、もう店内で騒がない。他のお客さんの迷惑になるよ。
海斗 客なんかいねえよ、こんなしけた海の家。
葵 ……海斗。ウチ今、海斗の仕事が続かない理由がよく分かった。
海斗 は?
葵 よし、じゃあお客様になってあげようじゃないの。焼きそばひとつ下さいな。
海斗 あ、えっと、かしこまりました。
奥に引っ込む海斗。
海斗 おい、風美! かざみー
現れた途端に鋭い視線で海斗を睨む風美。
海斗 あ、あの店長……。
風美 よろしい。何かな、浜崎くん?
海斗 えっと……焼きそばひとつ、と、あの、お水のおかわり、頂きました。
水差しを持ってさっさと逃げ出そうとするが、風美に引きとめられる。
風美 ちょっと待ってよ。
海斗 はい?
風美 あんたが急に焼きそばとか言い出すから材料が足りないのよ。買い出し。
海斗 はあ?
風美 ええと、キャベツと人参ともやしと豚肉……。
海斗 麺しかねえのかよ。
風美 あと、麺!
海斗 何にもねえじゃん! 大丈夫かこの海の家。
風美 つべこべ言わない。まったく、使えないアルバイトねえ。
海斗 俺だって好きでこんなとこ働いてんじゃねえよ。
半ば追い出すように海斗を買い出しにやり、風美は水差しを持って葵のもとへ。
風美 (水を注ぎながら)お待たせいたしました。
葵 ありがとう、風美ちゃん。
風美 それで、あの瑞橋様、大変申し訳ないのですが焼きそばが出来上がるまで少々お時間頂くことになりますがよろしいでしょうか?
葵 あ、全然大丈夫。
風美 ありがとうございます。ホントに、いつもお越しいただいて。
葵 いいのいいの。あとね、今日はウチ友達と待ち合わせなんだ。
風美 はい……?
買い出しに行かされた海斗は悪態をつきながら外へ。
海斗 クソ、風美のやつ……俺より年下のくせに。店長代理ってなんだよ。あんな店潰れちまえ!
そこへ、ケータイ片手に夏子登場。
夏子 うん、だから今日はごめんね。でも……あの、もう切るよ。うん、うん、後でメールするし……え、何?
二人とも前方不注意でぶつかりそうになる。
夏子 わ、ごめんなさい。(電話に向かって)ごめん(切る)。本当にすいません。
海斗 いや、俺もすんません。
間。
夏子 あ、あの……。
海斗 はい?
夏子 『浜風』って海の家……。
海斗 あ、そこです。って、え? お、お客?
夏子 へ?
海斗 失礼いたしました。ごごごごゆっくり。
夏子 はあ?
海斗 ホント、申し訳ございませ……ん? あ、青山!
夏子 はい?
海斗 青山夏子?
夏子 えっと、はい。そうです。
海斗 何で……って瑞橋か。あの、買い出しそっこーで終わらせるんで。あと、店に瑞橋いるんで。ごゆっくり。
夏子 へ?
いまいち分かっていないまま取り残された夏子が、とりあえず店内へ辿り着く。
風美 いらっしゃいませ。
葵 来た! なつこー
夏子 葵!
風美は店員らしく水を取りに一度奥へ。
葵 遅かったね。
夏子 あのね、葵のメールがひどすぎるんだからね。「海行こう」の次が「浜風で待ってるから」って、あたしがここに辿り着けたのが奇跡だよ。
葵 え、何で?
夏子 だってまず『浜風』が海の家って知らないんだもん。
葵 あ! まあ、来られたんだからいいじゃん。
夏子 まったくもう。
風美 お冷お持ちいたしました。
夏子 あ、ありがとうございます。
葵 この子、風美ちゃん。海斗の、えっとはとこだっけ?
風美 はい。
葵 はとこなんだって。で、さっき話した友達の夏子。
風美 こんにちは。
夏子 こんにちは……?
葵 え、もしかしてもう海斗のこと忘れちゃった? クラスメイトだったじゃん!
夏子 あ、いや……覚えてるよ。浜崎くん。
葵 そうそう、忘れてるわけないか。夏子いろいろあったもんね。
風美 海斗とイロイロ? 趣味悪……。
夏子 あ! さっき会ったの、浜崎くんか。
葵 会ったの? まあ、雰囲気だいぶ変わったもんね。社会に出ただけあって丸くなったし。前はなんかもう見るからに不良というか。
夏子 そうだね。
風美 で、挫折した今は完全にヘタれてる。申し遅れまして、私、浜崎風美と申します。この海の家も祖父が私の名前から『浜風』と。祖父に頼まれて今年は私が店長代理なのですが、まだ高校生の私に全てを任せるのは不安だということで、使えないはとこが下っ端についております。
夏子 あ、青山夏子です。葵と同じ高校・大学で、浜崎くんとも高校の時クラスメイトでした。まあ、いろいろあったけど最後はみんな友達で卒業できたと思います。
葵 もう、二人っとも堅っ苦しいんだから。座って座って。
何故か葵だけがどっかり座っている構図だった。夏子は席に着くがもちろん店員の風美は座らない。二人がしゃべりだしたので奥へ。
葵 夏子、音信不通なんだもん。夏中会えないかと思ったよ。
夏子 いや、夏休み始まってまだ一週間だよ。テスト終わるのあたしの方が遅かったし。
葵 そういう問題じゃないんだって。そうだ、卒業してから美空に会った?
夏子 ん? 葵抜きで会わないよ。
葵 ……まあ、夏子ならそうか。
夏子 え?
話し込む二人。ホントに超特急で買い出してきた海斗が帰ってくる。
海斗 ただいま戻りまし――
風美 こら海斗、従業員が表から入ってくるな。
海斗 いいじゃねえか、客なんてこれと青山しかいないんだから。
葵 『これ』って何さ。ウチは瑞橋葵って名前が――
風美 ダメでしょ。現にあんたの買い出し中に青山様がいらっしゃったわけで。
海斗 いや、それ知ってたし。
葵 ねえ、ウチが『これ』扱いされてることは無視?
風美 海斗今までもこんなことしてきたわけ? そりゃいつまでたってもフリーターだよ。
海斗 はあ? そうだとしても高校生のガキに言われたかねえな!
葵 ねえ、ウチが『これ』
夏子 葵、諦めなさい。
葵 え?
風美 で、買ってきた物は?
海斗 よ、予算オーバーで全部買えなかったんだけど。
風美 何? それくらい自腹で何とかしなさいよ。
風美、袋を受け取って驚愕。
風美 あのね、全部買えなかったことは許す。でも何で買わなかったものが麺なの? 焼きそばにならないじゃない。
海斗 い、いやあ、俺も確かにそう思ったんだけど、単価が一番高いのが麺だからさあ、これ買わなきゃあとは買えるって。
風美 はあ?
葵 あ、別にいいよ。ウチそこまで焼きそば食べたかったわけでもないし。
夏子 じゃああたし、その材料で作ったお好み焼きいただきます。
海斗 客に気ぃ使われる店って……。
暗転。
二場
海の家『浜風』で働く海斗と風美。客がいないので開店しているのか準備中なのか分からない。
風美 いやあ、昨日はお客さんたくさん来てくれて楽しかったね。
海斗 あいつらだけじゃねえか。二人でたくさんかよ。
風美 悪い?
海斗 悪かねえけど……まあ、確かにあれだよな。今まで瑞橋の相手ばっかしてたから、青山がいたのは、なんていうか、その……。
風美 海斗あの人のこと好きなの?
海斗 ぐはっ!
風子 図星だ。
海斗 勘違いしてんじゃねえぞ。
風美 してないしてない。葵さんともはや夫婦漫才なのにまったくそんな感じがないと思ったら、そういうこと? そういやイロイロあったんだっけ?
海斗 いろいろって、お前それは完全に勘違いだぞ。
風美 照れない。夏子さん綺麗だもんね。見た目というか、もう雰囲気からして綺麗なオーラが出てるっていうか。
海斗 (ぼそりと)恋する女は美しいってやつか。
風美 なに?
海斗 いや何も。
風美 で、イロイロは?
海斗 お前なあ!
風美 店長代理に向かってお前とはどういう教育をされてきたのかしら、浜崎くん?
海斗 お前も浜崎じゃねえか。しかも年下。何でお前が店長代理なんだよ。おい、夏休みの受験生! 勉強しなくていいのか?
風美 あ、大丈夫。私推薦で受かるから。
海斗 クー。
風美 お勉強は大事よ。学生時代やんちゃやってて、大学行かずにフリーターしてる海斗くんには分からないでしょうけど。
海斗 や、でも本当に勉強してるやつは推薦なんか使わねえ。
風美 (睨む)
海斗 って、南田が言ってた。
風美 みなみだ?
海斗 昨日ちょこっと名前出てたろ? 南田美空、優等生で、お利口さんで、瑞橋の天然ボケを全部拾ってやってた。
風美 あ、美空さん。あの人優等生だったんだ。
海斗 へ?
風美、ガサゴソとケータイを取り出す。
風美 確か昨日写メを見せてもらって……。
覗き込んだ海斗が唖然とする。もう、腰抜かすくらい。(舞台にリア充カップルの写真でも映し出せると面白い)
風美 何よ?
海斗 う、嘘だろ……。
風美 まあ、見事に大学デビューしてる写真だもんね。きっとずいぶん変わってるでしょうけど。
海斗 そうじゃなくて。
風美 え?
海斗 隣の男……。
風美 このイケてる彼氏さん?
海斗 俺の元舎弟。
風美 ……。
海斗 俺の腰巾着って呼ばれてた。
若干の間の後、笑い出す風美。何とかこらえて一言。
風美 だからお勉強は大事なのよ。
それからタイミングを見計らって、
太陽 あの……。
風美 はい?
振り返ると店の入り口に平澤太陽(=お客様)がいた。慌てる風美と海斗。
風美 失礼いたしました。あの、いらっしゃいませ。
太陽 あ、開店してたんだ。
風美 年中無休です!
太陽 いや夏だけだと思う。
海斗 あの、もしかしてずいぶん前からそちらに……。
太陽 美空ちゃんの件は一通り聞いてたよ、海斗。
海斗 へ?
太陽 夏子ちゃんは一目で当てたんだから僕のことも分かるよね?
海斗 え、あ、太陽?
太陽 正解。
風美 また元同級生?
海斗 ああ、平澤太陽……俺の天敵。
太陽 何か言った?
海斗 いや何も。
風美 海斗って敵が多いのね。
海斗 いろいろあったから。
太陽 ここが『浜風』か。うん、いいんじゃないかな。
海斗 いいって何。
太陽 パーティーだよ。
海斗 へ?
風美 それなら瑞橋様より承っております。青山様の誕生日パーティーをぜひ『浜風』でと。確か、八月十五日でしたっけ?
太陽 うん、そういうこと。で、昨日僕も誘われたんだけど、葵ちゃんとはいえ女の子と二人で出かけるのはまずいかなって思って断って、一日ずらして今日来たんだ。
海斗 え、でも昨日は青山も……。
太陽 誕生日パーティーの会場視察に本人連れて行くとは思わなかったんだもん。一応サプライズの予定だし。
風美 はい。
海斗 いや、俺聞いてねえし。てか、何故ここで。
太陽 みんなでお祝いしたいからでしょ。
海斗 は?
太陽 葵ちゃんなりに気を利かせてるよね。今年はみんなでやりたいって。会場はほら、大学生の僕らと違って海斗のスケジュールは合わせるのが大変だと思ったんじゃないかな? 実際職探しながら夏中ここでバイトでしょ、フリーターさん?
海斗 え、はい。
風美 夏子さんみんなに愛されてるのね。羨ましい。
太陽 まあ、いろいろあったから。
風美 いろいろ……。
太陽 僕としては今年も夏子ちゃんと二人で過ごしたかったんだけどね。葵ちゃん相変わらずそういうところは気が利かないから。でも、夏子ちゃんが笑ってくれるならどっちでもいいか。
風美 まあ大人。
太陽 僕もう二十歳だから。あ、海斗は――
海斗 俺も二十歳です!
太陽 で、夏子ちゃんももうすぐ二十歳。わーどうしよう、みんな大人になっちゃうよ。
海斗 そりゃいつかなるだろう。
太陽 じゃ、海の家は見学できたし僕は帰ろうかな。海斗みたいに稼いだお金で生活はしてるわけじゃないけど用はあるから。あ。
太陽ケータイを手にし、メールしながら店を出る。一応頭下げる程度の挨拶はするが従業員をほぼ無視。
風美 また手ごわいライバルね。
海斗 ライバルじゃねえ。天敵だ。
風美 それって戦う気がないってこと?
海斗 そうとも、言う……のか?
間。
海斗 今日は瑞橋来ねえな。
風美 海斗。
海斗 あれだな、青山との会場視察が終わったからもういいわけだ。
風美 ねえ、やっぱ夏子さんと平澤さんは付き合ってるわけ? じゃなかったら驚きだけど。
海斗 どうせなら来るか来ないか言ってくれればいいのにな。
風美 ねえ海斗。
海斗 うるせえな。ガキは黙ってろ。
風美 イロイロって私が思ってたより複雑な気がするんだよね。
海斗 黙ってろっつってんだよ!
短い間。
風美 それで黙ったらガキって認めたことになるじゃん。
海斗 ……ったく。
風美 ねえ、何があったの?
海斗 ……。
風美 言いなさい。
海斗 ……。
風美 言え!
海斗 ……いじめてた。
風美 は?
海斗 俺は、昔あいつのこといじめてた。
風美 あいつって?
海斗 ……青山。
風美 は、かわいいわね僕。好きな女の子のこといじめてたんだ。
海斗 そういう感じじゃなくて。
風美 ……?
海斗 俺、クソガキだったろ? 高一の頃、特に自覚もなくからかったりして……青山からすれば完全にいじめで俺のことが怖かったみたい。
風美 それで?
海斗 青山は半年くらい不登校だったんだけど、高二の、夏休み明けに太陽が転校して来てさ。後から聞いたんだけどあいつ青山と知り合いでもない関係だったらしくって。それで……。
風美 夏子さんはクラスに復帰して、海斗は悪者のままハッピーエンド?
海斗 ざっくりいえばそんな感じ? 俺の知らないところで話が進んでた。いっとくけど、青山とちゃんと仲直りはしてるからな。
風美 ホントに?
海斗 (頷く)でも、いじめっ子だった俺といじめから助けてくれた太陽じゃ、比べるまもないわけで。
風美 ちなみにあんたはどの時点で自覚したわけ?
海斗 い、言わせるなよ。
風美 (睨む)
海斗 はい、あの……高三の夏ですかね。みんなでパーティーしたんだ、青山の誕生日に。そん時に「あ、青山の笑顔ってかわいいな」とか思ったり、思わなかったり……ああ、みんなってのは俺と青山、太陽、瑞橋、あとさっきの写真の二人。瑞橋はこの六人でまたお祝いしたいってことだな、うん。
風美 他に言い残したことは?
海斗 あ、ありすぎるのでまたの機会に。
暗転。
三場
舞台前段に照明を絞り、夏子の部屋という態。インテリア感のあるテーブルを一つ据えるとよいかと。
そこに置かれた彼女のケータイの音が鳴り響く。
夏子 ……。
ケータイを手に取るがちらりと見ただけで置いてしまう。再びケータイが鳴る、同じことの繰り返し、繰り返し……今度は別のコール音。ケータイをじっと見つめ、やがてゆっくりと手に取る。
夏子 もしもし? ごめん、今ちょっと手が離せなかったの……うん。あ、メールくれたの? そんなに? ごめん、まだ見てないや……あのさ、
太陽(声) 何?
夏子 た、太陽。
太陽(声) 夏子ちゃん?
太陽が現れる。演出的に二人とも登場しているのか? それとも本当に同じ場に現れたのか? とても曖昧な感じで。
夏子 あのね。
太陽 どうしたの?
夏子 今度の……十五日だけど。
太陽 ああ、それ。
夏子 あ、葵が海に誘ってくれて……いいかな?
太陽 何が?
夏子 だ、だから……行ってもいいかな? ふ、二人で出かける予定だったけど、ほら、誕生日だしみんなでお祝いっていうのも楽しいんじゃないかな?
太陽 ばれてるし。
夏子 え?
太陽 うん、いいんじゃないかな。
夏子 ホント?
太陽 だって夏子ちゃんの誕生日だし、夏子ちゃんが一番楽しいって思ってくれなきゃ。
夏子 よかった。
太陽 いつも言ってるじゃないか、僕は夏子ちゃんに笑ってほしいんだって。
夏子 うん。
太陽 でもさ。
夏子 ……。
太陽 僕の誕生日は夏子ちゃんが僕のこと考えてくれたってよかったよね。
夏子 ……ごめんなさい。あの時は――
太陽 うん、別に責めてるわけじゃないんだ。ただ、ちょっとそう思っちゃっただけで。
夏子 やっぱり十五日は二人で――
太陽 何言ってるの? みんなにお祝いしてほしいんでしょ?
夏子 ……。
太陽 懐かしい顔ぶれもいるもんね。僕ビックリしちゃったよ。あの二人付き合ってたんだね。同じ大学行ったのも彼がただの腰巾着じゃないことも知ってたけど。
夏子 あたしも驚いた。葵ってそういうとこ抜けてるよね。あの写メ見て二人が付き合ってるって分からないんだよ。
太陽 夏子ちゃん。
夏子 それに、あの……。
太陽 夏子ちゃん、僕の要件だけどさ――
恐ろしく長い間。てか、恐ろしい間。
太陽 夏子ちゃん、海の家って行った?
夏子 あ、えっと、
太陽 行ったよね?
夏子 ……うん。
太陽 実はあの日、僕も葵ちゃんに誘われてたんだよね。
夏子 そうなの?
太陽 でも断った。ほら、よくあるじゃん。恋人の友達とか妹とかと出かけて、嫌な感じになっちゃうやつ。あれ嫌いなんだよね。僕がドラマの見過ぎなだけだとありがたいんだけど。
夏子 ……。
太陽 夏子ちゃんも来るって分かってたら断る必要なかったよね。
夏子 そ、そうだね。
太陽 どうして隠したの?
夏子 べ、別に隠したわけじゃ。
太陽 あれかな、言いにくいことがあったのかな?
夏子 え?
太陽 海斗に会ったよ。
夏子 え?
太陽 僕も行ったんだ、その後だけど。で、海斗に会ったんだ。
夏子 ち、違う。
太陽 何が違うの?
夏子 だって浜崎くんだって知らなかったもん。最初は気付かなかったくらいだし。
太陽 会ったんだ。
夏子 どうしてそういう言い方するの?
太陽 そういう言い方?
夏子 ……。
太陽 別に責めてるわけじゃないよ。ちょっと確認しただけで。
夏子 ……。
太陽 楽しかった?
夏子 え?
太陽 ん?
夏子 ……。
太陽 楽しみだね、誕生日。
夏子 ……うん
太陽 僕、プレゼント用意しなきゃ。何がいいかな?
夏子 あ……
太陽 やっぱ、お楽しみのほうがいいか。あの時みたいに。
夏子が身に着けていたひまわりに手をやる。(ひまわり←ペンダントか髪飾りかなんかそれっぽい小物)
夏子 そうだね。あの時はすっごく嬉しかった。
太陽 そっか、じゃあ一生懸命考えなきゃ。何がいいか一人で決めなきゃね。誕生日までお楽しみに。
夏子 うん、楽しみ。
間。
太陽 じゃあ、そろそろ切るね。また電話するしメールもする。
夏子 ……うん、バイバイ。
太陽 じゃあね。
電話が切れ、太陽がゆっくり舞台を去る。立ち尽くす夏子。電話からは切れた時のツーツーという音が響く。暗転。
四場
またまた海の家『浜風』風美と、今日は客席で突っ伏している海斗。
風美 一つ聞きたいんだけどさあ。
海斗 あ?
風美 あんた今日休みだよね、数少ないオフ。何でいるの?
海斗 ……俺が聞きたい。
そこへドタドタと入ってきた客は葵。
葵 かいとー。
海斗 うわ、何だよ。
葵 聞いてよー(明らかに独り言っぽく)こないださ、美空に会いに行ったんだけど。あ、夏子のお誕生会のこと聞いた? ウチ言いそびれちゃったけど聞いたよね、うん、聞いたと思うんだけど。それで、美空にお誕生会のことで話があってさ。ほら一応予算のこともあるし、プレゼントだって一人だけなかったり妙に値が張っちゃったりすると嫌な感じでしょ。そういうの話したくて。でもね、美空ったらなんていうか二つ返事で……あれ? 二つ返事ってすぐオーケーすることだっけ? そうじゃなくて、いい加減だって言いたかったんだけど。
海斗 結局何なんだよ!
葵 そう! 結局どうなのって聞いたら「ごめん十五日もう予定入ってた」って。その予定なんだと思う?
海斗 知るかよ。
葵 (海斗のセリフを待たずに)知るかよって感じじゃん。なのに「察しなさいよ」って、なんか目で合図送ってくるような。
海斗 いや、なら察してやれ。
葵 ……?
海斗 あの、そこで立ち止まるのやめて。
葵 ずらせないのって聞いたら「夏休みは書き入れ時」とか言い出して、塾講のアルバイトなんだって。みんな働いてんだね。
海斗 んー、瑞橋も大学生ならバイトの一つや二つやったらどうなんだ?
葵 だからお誕生会どうしよう?
海斗 うぉおおい、戻ってきた。
葵 ねえ、どうしようか?
海斗 あのな、俺に聞くな。
葵 無責任。
海斗 無責任って、俺には何の責任もねえよ。そういうのは彼氏に相談すればいいだろ。
葵 彼氏?
海斗 そういうところマジでやめてくれ。太陽だって。
葵 ああ! いやだ。
海斗 ……どうして?
葵 いやなの! ウチと太陽じゃ話がまとまんないんだもん。
海斗 ぇええ? まあ二人とも天然で暴走する気はあるけどな。
葵 だから海斗、どうしよう?
海斗 ……参加できる面子でやればいいじゃねえか。
葵 そんなあ。
風美 ねえ。
二人 え?
風美 とりあえず海斗は解放してやってくれない? 店長としては偶の休みを得たアルバイト君が不毛な論議で一日を終えてしまうのはかわいそうかな、とか……葵さんの話なら私が聞きます。
海斗 珍しく優しい。
風美 何か?
海斗 いえ……。
葵 え? 今日海斗お休みだったの?
海斗 ああ。
葵 ごめん。知らなかった。
海斗 言わせてもらう暇がなかったから。
葵 え、じゃあ、風美ちゃん一人なの?
風美 へ? いやそれは……。
葵 あたし一日アルバイトするよ。海斗にもバイトの一つや二つやりなさいって言われたしね。
海斗 あ、聞いてたの?
風美 えっと……じゃあ、お願いしようかな。とりあえず、
風美、何故か海斗を店から引っ張り出す。
風美 あんた出てって。
海斗 はい?
風美 客がいなけりゃガールズトークもできるじゃない。
海斗 扱いヒドッ!
と、言いつつも抵抗できない海斗は店の外で家なき子。
葵 ちょっと強引じゃない?
風美 いいの。私はあれでも、はとこのことは考えてやってるつもり。
葵 そう?
風美 それより、話聞かせてもらえる? 年下の私じゃ頼りないかもしれないけど、葵さんの話ちゃんと聞きたい。
葵 うん。じゃ、聞いてもらおうかな。
一方、家なき子(中島みゆきとか流す?)の海斗は、
海斗 同情するなら金をくれ。
などと言っても仕方がなく……帰ろうとしたところ、夏子と鉢合わせる。
海斗 青山?
夏子 浜崎くん!
海斗 何でここに……?
夏子 だって、浜崎くんお休みなんじゃないの?
海斗 え?
夏子 今日は浜崎くんがお休みだから一日だけお手伝いしてくれないって風美ちゃんに頼まれて……。
海斗 風美? ってか、女子って仲良くなるの早っ!
夏子 一応お仕事だし浜崎くんの代わりなら、まあ、わかってくれるかなって思って。
海斗 わかってくれる? 親が厳しいとか?
夏子 いや、その……。
海斗 でも、さっき瑞橋が名乗りを上げちまったから……あいつに仕事取られたんじゃねえ?
夏子 え? 確認してくる。
夏子、慌てて店内へ。
夏子 あ、あの……。
風美 ああ、来た来た。悪いんだけど葵さんがお手伝いしてくれるっていうの。だから、その、ね?
夏子 はい?
葵 暇人海斗の相手してあげなよ。
夏子 え?
葵 ね?
などと要らないお節介を焼いてみた二人。
風美 これでいいのかしら?
葵 まあ、いいんじゃない?
半ば追い出されてしまった夏子は、
夏子 どうしよう。
無意識にケータイを手に取り……しかし首を振る。
夏子 大丈夫。あたしが悪いんじゃないもん。
海斗 青山?
夏子 ダメ。
海斗 へ?
夏子 あたし嘘つけないから。海斗としゃべったって、また言っちゃうから
海斗 え、ぇええ?
夏子 でも、すぐ帰ったら逆に全部聞かれちゃうかな?
海斗 どうしたん?
ケータイが鳴る。ビクッとする夏子。
海斗 鳴ってるけど?
夏子 ……。
海斗 出ねえの?
しばらくしてコール音が切れる。緊張が解けたように息を吐く夏子。
海斗 青山?
夏子 ……。
海斗 今の、太陽から?
夏子 (頷く)
海斗 出なくて良かったん?
夏子 ……出られないはずの時間だから。
海斗 出られないはず?
夏子 だって、本当だったら『浜風』で働き始める時間だから。
海斗 ……どういうこと?
夏子 太陽は全部分かってるの。今あたしがどこでどうしてるか。分かってていつも電話もメールもしてくるの。だから、たまたま手が空いた時に返すと逆に「何してるの?」ってなる。
海斗 それって……。
夏子 そのまま会いに行けるときはいいの。「今終わったとこだよ」みたいに言って、太陽のとこに行くだけだから。
海斗 じゃあ。
夏子 ダメ。
海斗 え?
夏子 今電話とって、浜崎くんがいるの分かっちゃったら。
海斗 ……恐ろしいことになりそうだな。
夏子 だけど、これからどうしよう?
途方に暮れる夏子と海斗。
店内では、
葵 要するにさ、天然とか鈍感とか言われてるウチだって、多少はものが分かるわけ。でも、あえて空気読まない、みたいなことも必要かなって思うの。
風美 そういう役回りになってるって?
葵 うん。特に夏子と太陽のことなんて気を遣ってそっとしといたら夏子が溜め込むだけだもん。
風美 夏子さんが無理して付き合ってるの?
葵 違うよ。お互い好き同士で、傍から見てもイチャイチャしてることの方が多いし。でもたまに間に入った方がいいかなって、思っちゃう時はあるんだよね。そういう時、無駄に気を回すよりは「カマッテちゃん」の方が太陽も引き下がるの。
風美 平澤さんは、その……独占欲が強すぎる感じ?
葵 まあ、そんな感じかな。一途が過ぎるストーカー。
風美 え?
葵 夏子と太陽は小さい時に知り合ってたらしくてね……それから、高二の時に太陽がウチらの学校に転校生してきた。二人にとっては十年ぶりの再会。
風美 すごい偶然ね。
葵 いや必然。東京の高校なんて腐るほどあるのにわざわざ夏子を見つけ出して同じところに転入してくるんだから、これをストーカーと呼ばずして何と呼ぶ。
風美 ……何でしょう?
葵 でも夏子にとって太陽はヒーローだからさ。ストーカーって突っ込みを入れたのもウチ。太陽は笑って受け流していたけど、笑いごとでもなくなってきたかな? どう思う?
と、笑ってみる葵。
動くに動けなくなった夏子と海斗は、
海斗 まさか、ここで二人取り残されるとは。
夏子 ね。
間。
海斗 なあ……俺が、いじめてた頃ってどんな気分だったん?
夏子 ……よく、覚えてない。初めのころはいろいろあったかな。何であたしが? とか、どうして誰も助けてくれないの? とか、もっと言葉にできない複雑な気持ちとか。途中から考えること自体嫌になっちゃって、家に引きこもって、でも逃げても何にもいいことなくて。とりあえず全部嫌だった。
海斗 ……。
夏子 死にたい、としか考えられなくなった時もあったな。それである日、本当に飛び降りようとした。
海斗 え?
夏子 助けてくれたのは太陽だった。
海斗 そっか。
夏子 その日、八月十五日だったんだよね。顔も名前も忘れてた相手が突然「誕生日おめでとう」だもん。びっくりだよね。
海斗 それで学校戻ろうって?
夏子 まさか。そんな簡単にいくわけないじゃん。浜崎くん怖かったし。
海斗 そう、だな。
夏子 でも今こうしてるって不思議だね。
長い間。いつの間にやら聞こえる波の音。
夏子 海の音って好き。素敵なBGMね。
海斗 え、ああ。
夏子 沈黙がつらいの。
海斗 え?
夏子 浜崎くんと二人だとよく沈黙が流れるじゃない? それってムリ、いつも波の音に助けてもらわなきゃいけない。誰かの助けがなきゃ成り立たない二人って恋人同士になれると思う?
海斗 何言って。
夏子 なんとなく分かってたから。
海斗 ……。
案外テンションの上がっていた風美と葵。
葵 ゆうてウチらには他人事だよね。
風美 確かに。別に夏子さんが平澤さんとくっつこうと海斗とくっつこうと関係ない。
葵 どっちにしろウチはリア充と縁がない! まあ、そういうキャラ作っちゃったのは自分だけど。
風美 もういいよ。それより誕生会のほうを真面目に考えましょ。まずは、美空さんたちはどうするか。
気持ちのばれちゃった海斗は、
夏子 今の浜崎くん素敵だよ。自分のことちゃんと分かってて、相手のことも考えられて。なんだかんだ真面目に働いてるしね。でも、あたしに対する罪悪感で何も言えない時があるじゃない?
海斗 ……。
夏子 ほら。それも普通のことだと思う。でも、あたしは無理なの。だから……、
海斗 じゃあ。
夏子 太陽? そりゃ、太陽と二人の時も沈黙はあるよ。それもひどく重いやつ。
海斗 だよな。あいつは――
夏子 でも太陽なら平気なの。
海斗 なんで!
夏子 太陽はね、あたしに何でも言えるし何でも言わせちゃう。太陽は本当に素敵なことも、ひどいことも、思ったままを言う。彼が作る間は、言えない間じゃなくて、言わない間。だから重くても平気なの。
海斗 でも、
夏子 浜崎くんの言いたいことは分かるよ。それでも、やっぱりあたしには太陽しかいないの。そう思うの。
海斗 ……。
ケータイの音。ビクッとした夏子だが、今度は電話に出る。
夏子 もしもし……。
太陽(声) 夏子ちゃん? 仕事中じゃなかった?
夏子 うん。それがね、着いて早々やっぱりアルバイトはいいって言われちゃった。
太陽(声) そうなの? それならさっき。
夏子 ごめん、タイミングが悪くてさ。
太陽(声) そう。
海斗 (声を潜めて)青山、お前それでいいのかよ。
夏子 しっ!
太陽 誰かいる? 海斗?
舞台上に現れる太陽。これも演出か本物か曖昧に。
海斗 何で……。
太陽 僕、耳はいいんだよね。でも夏子ちゃん、どういうこと?
夏子 あの……。
太陽 ねえ。
夏子 ごめんなさい。
海斗 ちょ、謝る必要ねえじゃん。(電話に向かって)不可抗力だよ。大丈夫、お前のガールフレンド奪おうなんて魂胆はねえから!
太陽 ちょっと、耳もとで大声出さないでよ。
海斗 お前のために言ってやってるんじゃねえか。
太陽 へえ。
夏子 太陽。
太陽 夏子ちゃん。
夏子 へ?
太陽 お仕事なくなったんだよね。
夏子 う、うん。
太陽 僕さ、やっぱりプレゼント悩んじゃって。サプライズで喜ばせたいってのもあるけど、夏子ちゃんの欲しいものをあげたいかな。
夏子 ……そっか。
太陽 うん。
夏子 これから選びに行く?
太陽 ホント?
海斗 おい。
夏子 いいの。
太陽 じゃ、決まりだね。
電話を切って、夏子の腕を引くようにして去っていく。そのまま太陽ははけるが、夏子は舞台端にとどまる。海斗へにっこり笑いかけて、
夏子 誕生日、行けなかったらごめんね。
夏子も去ってしまい取り残される海斗。
海斗 ……何やってんだ俺。
店内では話が盛り上がっていた。
風美 で、実際のパーティーはどんな感じにしたいの?
葵 うーん、豪華に華やかに。おっきいケーキは大事だよね。
風美 ちょっと、ここ海の家だけど。
海斗とは対照的な明るい雰囲気を引っ張りながら――暗転。
五場
八月十五日を迎えた海の家『浜風』誕生会の装飾なども施されている。しかし店内には海斗、風美、葵しかいない。
葵 ねえ、どうして来ないの? 海斗聞いてない?
海斗 うるせえな。
葵 海斗の貧乏ゆすりのほうがよっぽどうるさいよ。何そんなイライラしてるの?
海斗 してねえよ。
風美 やっぱ無理だったのかな? ぜひ「皆さん」でお祝いしてみたかったのに。
葵 ほんと、海斗が使えなくてごめんね。
海斗 俺のせいかよ。
風美 まあ、海斗が使えないのはいつものことだから。
海斗 なんだし、そこそこきちんと働いてるじゃねえか。
時間経過。段々だれてくる葵と風美。
葵 もうダメかなぁ。帰ろっか?
海斗 え?
風美 じゃあ、店じまい?
海斗 本気?
風美 じゃあ、あんたはいつまでも待ってれば?
海斗 そんな……でも、準備した、いろいろは?
風美 ケーキは……葵さんがもらってくんじゃない?
葵 うん。
風美 店にしまえるものはしまって……あとは、あんたが何とかしなさい。
海斗 俺?
風美の圧力に負けしぶしぶ頷く。
海斗 わあったよ。
葵 あ、プレゼント。
それぞれ自分が用意したものを見る。
葵 預かっとこうか? ウチが一番渡せるでしょ? 少なくとも夏休み終わったら大学で会うわけだし。
風美 じゃ、お願い。
葵 海斗は?
海斗 いや、いい。
葵 何で?
海斗 何でも。
何となくお片付けをして葵と風美は去る。一人残された海斗は客席に座る用意していた箱を取り出す。
海斗 こんなもん渡したって、俺じゃだめだよな。
箱から中身を取り出す。それは貝殻だった。耳に当てると聞こえてくる――海の音。じっと聞き入りながら、海斗は徐に語り始める。
海斗 人って変わるもんだよな。俺も大概他人のこと言えねえけど。でもさ、青山。青山は変わってなくて嬉しかった。すぐ折れそうなくせになかなか折れなくて……だから俺、お前のこといじめてたんだろうな。それにやっぱ笑うと可愛い。まあ、俺に笑ってるとこは少なかったけど。太陽、青山がいいって言ったからお前に関しては何も言わない。幸せにしてやれなんて、言える立場でもねえし。でも……でもさ、幸せにできなくてもいいから……青山のこと、時々でもいいから笑顔にしてやってくれないか?
静かに続く波の音。貝殻を見つめる海斗。暗転。
〈了〉
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