「十二国記」妄想、再び発症 王座に登ってみた
「十二国記」の成分が足りないのです。
ちょうど2年前、2019年秋に出た最新刊の興奮もろもろを黙っておけずにnoteを始め、10を超える記事を書いたところで一応気が済んでいたのですが、そろそろもう我慢ができません。
もう「十二国記シリーズ」が出版されないと引導が渡されているならともかく、短編集が出ると予告されてそろそろ3年・・・前回18年待ったことを思えばまだまだですが、それでも待ち遠しさが募ってきました。
19年の最新刊購入時のプレゼントである短編1篇を先行で読めるサイトも、もう期限切れでアクセスできません。
で、今また寝る前に布団の中で「十二国記」あれこれを妄想するフェーズに入っているのですが(他には「びじゅチューン!」の妄想もしています)、今回なぜか「自分が王座に就いてみる」、小説の中の言葉で言うと「登極してみる」という、恐れを知らぬ妄想が湧いてきたのです。
「十二国記の王に、おれはなる!」
というか、なってみました、妄想で。
具体的にどこの国かまでは考えていません。
そしたら、すごく大変そうだと改めて気が付いたのです。
「十二国記」世界で新しく王の座に就くということは、ほとんど100%その国は荒れている状態だということです。
そして登極初期、新米の王に壁となって立ちはだかるのは、力を持ち己の欲のままにふるまう家臣たち。
宮廷に巣食う小物役人どももですが、地方を治め軍も預かる州候のような大物は手ごわい。
景王陽子に対して和州候呀峰や郷長昇紘、延王尚隆に対して斡由、そして戴国全土をどん底に叩き落した阿選。
「いやー、大変」
現実でも妄想の中でもなるべく楽をしたい私は
「家臣て仙籍から除外することはできないの?」
と考えついてしまったのです。
もちろん、実力のない王が口先だけで「お前はクビだ」とわめいても、実力のある家臣に力で反抗されればそれまでです。
私(王)を弑逆することはさすがにはばかるだろうと思いますが、王を幽閉し、追従する家臣たちを集め自分たちだけで政を行うなんてことは起きそうです。
阿選の手口ですね。
阿選の場合、王が行方不明になってしまったので仕方がありませんが、例え実権はないにしろ王が宮中にいる場合、例えば仙籍名簿を取り出して「王の筆(RPGのアイテム風)」で「ハイハイ、こいつクビ~」と該当家臣の名前に抹消線を引いてしまったらどうか、と考えてしまったのです。
それは筆に力があるということでなく、王の権限さえあれば、という意味なのですけれどね。
王には自分の信頼する部下を要職に据える権限、というか朝廷内の人事権があるはずです。
そして「十二国記」では国の末端の役人まで仙、王が直接任命に関わらない短編「青条の蘭」の標仲のような地方役人も、必要な資格を得て必要な手続きをすればそれで仙になれるわけです。
もっとあからさまに言ってしまえば「仙籍名簿」に名を載せるだけ、紙切れ一枚のことです。
「十二国記」は、紙切れ一枚の婚姻届けがなければ決して子供が授からない世界ですから、それと同じことです。
だから、仙から除籍するのだって「紙切れ一枚なのでは?」という発想が出てもおかしくないではないですか。
例え除籍しても、すぐ効果が出るわけではありません。しかし少なくとも悪い家来はその時点で仙ではなくなる。不老長寿ではなくなるわけです。いくら本人がその地位にしがみつこうとも数十年もすれば寿命が尽き、わざわざ私(王)が手を下さなくてもこの世からいなくなるわけですね。
しかも遠く離れた自宅(宮廷)からでも可能、リモート粛清 ) ゜o゜( ヒィー
その頃には、私(王)も頑張って朝廷をきちんと掌握できるようになっているはずですのでw、信頼できる人材をその地位に据えればいいのです。
まあ、その数十年の間を生きる普通の民は救われないので、上策でないことは承知しています。でも仙でなくなれば病気にもなるだろうし、普通の武器で殺しやすくもなります
((((;゚Д゚))))
というようなことができないのが「十二国記」、なのですよね~
はい。重々承知ノ介です。
シリーズ通してそんな陰湿な手口はどこにも出てきません。
それが出来れば王は苦労しない、というか「十二国記」のストーリー自体が成立しなくなってしまいます。
だから妄想なのですけれど。
王は登極と同時に神籍に入りますが、単に不老長寿を得るだけで、国や部下を統治するための特殊な神通力を授けられるわけではありません。
自分の人間力、政治力、そして軍事力で何とかするしかありません。陽子も尚隆も覚悟のうえで自らの手を血で汚し、国作りの一歩を踏み出しました。甘くはないですね。
大体私のような手口が通用するならば、王が道を誤り在位末期の様相を呈した時に、国を思い自分を諫める忠臣を片っ端から除籍し、結果として国のために働く人は誰もいなくなってしまいます。
だからそんなことはできなくて当然なのですが、だとすると仙籍の人は増える一方なのでは?という疑問が浮かんできます。
「風の万里 黎明の空」の鈴は翠微君という仙に頼み込み、下女として昇仙、つまり仙にしてもらいました。その翠微君も、才国先々代の王の愛妾として王の勅免により仙になり、王亡き後も仙のままです。
つまり下働き程度なら個人的に頼み込んで昇仙することも可能だし、王や役人の家族として仙籍に入った場合、家の主が亡くなった時でも家族が仙籍を失うということはなさそうです。
翠微君は才国に対し大きな功績があったそうですから特別な措置なのでしょうか。2年近く「十二国記」から離れていて、色々うろ覚えです。
国の役人なら、必要な試験に受かり、役人の登録をされればそれで仙です。
王に目通りなど夢のまた夢の、国の末端にいる地方公務員も仙、宮中や役所の下働きも仙、仙はどんどん増えていきます。
仙の過剰供給。
もちろん仙も不老長寿なので、めったに役人や下働きのポストも空かないでしょうから、「今年度の新社会人〇万人」みたいな勢いで増えはしないでしょう。むしろ昇仙が非常に難しそうなのはわかりますが、国が続けば増えていくことは間違いありません。
そして狭き門とは言え、手続きは簡単。
前にも書きましたが紙切れ一枚です。
逆に王や上司が部下を罷免することもあると思います。
本人が燃え尽きて職を辞することもあるでしょう。
その場合、失職した本人やその家族、使用人たちは、仙のままでいられるのでしょうか。
希望すれば仙からの除籍は叶いそうな気はしますが(驍宗は一時そうしませんでしたっけ?)、問題は本人にその気がない場合です。
王と違い、役人の仕事をしくじったからといって死ぬわけではありません。
役人の地位を失ったら仙という立場を失い、寿命や病気で死ぬ運命なのでしょうか。それとも仙籍は失わず、国のために働きもせぬまま永遠の命を生きるのでしょうか。
シリーズのどこかに、「職から降りた仙が、だんだん気力を失い食事も摂らなくなり、やがていつしか仙籍名簿からひっそりとその名が消えている。それを見て、その仙が命をなくしたことを知る」といった記述が、うろ覚えながらあった気がします。
するとやはり国の役人でなくなっても仙籍は外れない?(後は本人の気力の問題?)
「十二国記王におれはなる」という布団の中の妄想から、今回は仙籍について、あれこれ疑問が出てきてしまいました。
今細かいところをずいぶん忘れていますが、何回となく読みこんだ「十二国記」の中に、仙籍に関して必要以上に詳しい記述はありませんでした。
多分、上に書いたような埒もない疑問のほとんどは、シリーズを読んでも答えは得られないでしょう。
しかし、「十二国記」の世界が今とてもとても恋しくて、また読み直そうとしています。
その際、今度は「仙籍問題」に少し注目しながら読んでみるつもりです。
何らかの答えを得たなら、また記事にするかもしれません。
けれど今回の記事は問題提示というより「読みたい!」の口実。「十二国記」新刊短編集を待ちわびた読む猫の遠吠えですワオーンニャオーン!
とにかく今、「十二国記」が読みたいのですw
そして、早く短編集が出ないかなぁ!
* * * *
「十二国記」をよく知らない方のための基礎知識
今回の記事に関することに絞っています
「十二国記」公式サイト
サイトの右上のメニューマークから概要を知ることができます。
読む猫からの補足
今回の記事に関連することに絞りました。
王について
天から、慈悲の生き物麒麟を通して選ばれる。世襲ではない。王になると「神籍」に入り、不老長寿を得る。しかしそれ以外は普通の人間と同じで、特殊な力を持っているわけではない。
天の定めにより「仁道を以て世を治める」限り命は続くが、その道を外れ国が荒れるとるとまず麒麟が病み、麒麟が死ぬと王も死ぬ。
また命を失わずに王の位を降りることもできない。王が死なない限り、麒麟は次の王を選べないため。
王がいない国は天候不順、不作、妖魔の跳梁などが起こり荒れる。
多くの場合、王は国を荒らした挙句命を失うので、新しい王が立つとき国の状態は厳しい。
在位が最長の宗王は、現在600年近く王位を保っている。
仙籍について
国や州の役人は「仙籍」に入る。役所や宮廷、役人の家に仕える下働きも仙籍に入っていることが多い。
王と同じく、不老長寿だがそれ以外特殊な神通力などはない。
王と仙の身体の特徴
王も仙も病気はほとんどしない。怪我もしずらく治りも早い。怪我を負わせるには特殊な武器が必要だが、長期間絶食したり斬首などの致命傷を与えられれば普通の人間と同じで死ぬ。
「神籍」である王と「仙籍」である家臣との違い
王は天と天の定めた「天綱」によって行いを制約されている。無慈悲な政治を行えば麒麟を通じて命を失い、他国に出兵すればその場でたちまち死ぬ。
仙にはそういった規制がない。つまり役人として民を虐げる政治をしても天は罰しない。
それを放置した王には、最終的に罰が下る。
天と麒麟について
私たちの世界のように象徴的な「天」ではなく、実在し、実効力のある決まり事で王を縛っている。しかしその実態は王でさえ詳しく知らない。
「十二国記」世界の真ん中にある蓬山の仙女が、王や麒麟と天との窓口になっている。
天の意が麒麟を通じて王を選ぶ。またきちんとした政治を行わなければ麒麟が病み、最終的に麒麟が死ぬことによって王も死ぬ。
麒麟は天の意を王に伝える何らかの装置のような役目がある。
紙切れ一枚について
「十二国記」では、人間も動植物も、子供は木に生る。人間の場合男女の営みはあるが生殖には一切関係ない。子供を授かるには「婚姻届け」を出し、里木という木に祈る。婚姻届けがないと子供は授からないので、子供を持つことを目的としないカップルは婚姻届けを出さないこともよくある。「紙切れ一枚」が効力を持つ世界。子は親の地位や財を引き継がない。世襲という概念はない(お金持ちが子に財を残すなどの抜け道はある)。
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ひたすら自分の趣味を長々書きました。最後までお読みいただきありがとうございました。
ヘッダー画像は、読む猫所蔵の講談社X文庫ホワイトハート「図南の翼」の表紙を撮影したものです。
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