保護猫《さん》とウチの《まる》 ③
《さん》ウチの子になる の巻
毎日ウッドデッキに現れ、ご飯をもらうようになっていた野良猫の《さん》。梅雨のある日、突然姿を見せなくなってから1週間。
餌を器に入れておいてもまったく食べに来た気配もなく、もうあきらめるしかないと思っていた7月半ば、突然《さん》は元気に姿を見せ、いつものように網戸の向こうからご機嫌でニャー!と鳴いた。
「ゴハンチョーダイ」
うおぉぉぉーー!!!
よかったーーーーー!!!!
無事だったか。
元気な様子を見せたさんにへなへなと膝の力が抜けるほど安心した。
さんは元気で、いつも通りご機嫌な様子。けれども最初に餌をやるようになった頃のようにガリガリに痩せて毛並みもパサパサ、しかも首筋には小指の爪ほどの大きさで地肌が露出し、軽い擦り傷のようなものがある。
どこかで相当苦労した様子だ。
さんの黒い被毛の首筋に露出した地肌は、毛の色と同じく黒っぽかった。きっと喧嘩でその部分の毛をむしられたのだ。傷はかさぶたになりかけてはいたが、まだ少し血や体液がにじんでいた。
私は早速さんを思いきりナデナデし、(予想通りものすごく汚かった)、手をよく洗ってから餌をやった。
さんが餌をガツガツ食べている隙に、傷にオロナインなんか塗ったりした。(オイオイ)
ああよかった。オットにも画像付きでさん参上のLINEを送った。
この時にさんも飼えないものだろうか、という思いが強く湧いてきたのだと思う。
さんが姿を見せない間、我が家の絶対女王《まる》はどうしていたかというと、なんだかウッドデッキを気にしていた。特にいつもさんが来る夕方になると網戸を覗いてはソワソワし、寂しげにさえ見えた。
そして再びさんが現れたとき・・・
女王はやはり唸ったw
けれども以前より動揺しなくなり、さんが網戸の向こうにいても気にしなくなった。唸らずにに恐る恐る網戸に近寄ってみたりもした。
さんが再び姿を現すようになってから何回か、網戸の向こうでさんが餌を食べている時に網戸のこちら側、さんから30cmぐらい離れたところでまるにも餌をやってみた。
さんは夢中でごはん、まるも若干さんを気にしつつもさんと同じご飯を食べている(女王様はこの間まで頑としてこの餌を召し上がらなかったではないか。どういう対抗意識?)
↑だいぶふざけたご様子のへそ天まる様。左端、窓の外ににさんがいる。自転車のカバーがだらしなくて恥ずかしい。
まるはこんな様子だ。
さんは餌を食べることもだが、その頃になるととても撫でてほしがるようになった。器には餌が残り、お腹いっぱいになっても立ち去らずにずっとこちらを見ている。私がそばに行くと網戸に体を擦り付けて甘えた声で鳴く。
網戸を少しだけ開け、さんを思いきり撫でる。さんはずっとずっと気持ちよさそうに体をくねくねさせ、床にゴロンし、時にはグッと立ち上がって顔を私の顔に近づけたりして、とても嬉しそうに撫でられている。やめると「もっと」と鳴く。
そして私が離れようとすると頭を網戸の隙間にぐいぐい入れてくる。
「ボクもそっちに行く!!!」
さすがにその様子には絶対女王は黙っていない。途端に警戒警報を発令し、背中の毛を逆立てる。
しかし私の腕の幅だけ開けた網戸の向こうで、さんが気持ちよさそうに喉を鳴らしくねくねしながら撫でられていると、まるも私の左手が届く位置に来る。そして「撫でれ」という。
両手に猫。
女王よ、あなたは普段滅多に撫でてほしがる猫ではあらせられなかったではないか。どういう対抗意識?
さんが再び姿を現してからまた毎日来るようになったかというと、そうでもない。2日ほど姿を消すことも何回かあり、そのたび気を揉んだ。
あの子も家の子にしようか。
さんは明らかにウチの中に入りたがっている。我々も安心するし、野良猫に餌をやっているといううしろめたさからも逃れられる。
そもそも餌を与えた時点で、与えた対象に責任を持つのは当然のことだ。
しかし慣れた様子を見せているとはいえ、絶対女王《まる》が果たして本当にさんを受け入れるのか。受け入れられるように我々が十分にケアできる気力と体力があるのか。さんに病気があったらどうするのか。
心配することや考えなければならないことは沢山あり、気持ちは常に揺れ動き、結論を出せぬままそのことで頭がいっぱいの日々が続いた。
その時も2日ほど姿を消した後、さんは家にやってきた。上機嫌だったけれどもつま先に血が付いていた。動きが少し鈍いようだ。
大きなけがではないようだがつま先に小さく丸く、まだ固まり切らない鮮やかな赤い血の塊があった。
それでも私は決断できずにいた。しばらくウッドデッキに滞在したさんは、いつも通り知らぬ間にまたどこかへ行ってしまった。
そして運命の日曜日。
夜に降っていた雨も上がり、昼近くに2階のベランダに出た私は、はす向かいの家の庭をぶらぶら歩くさんを見つけた。やはり2日ほど姿を見せなくなっていた後のことだった。
私はベランダから「さん!」と声をかけた。
さんは私を見上げてニャーと返事をした。
急いで下に降り、餌をウッドデッキに用意して待っていると、さんがのんきそうにやってきた。相変わらず痩せて草むらの露に濡れ、そしてやはり足からは血が出ていた。
私は餌を与え、まだ梅雨寒だし、さんが軒下で過ごせるようにとダンボールにタオルを敷き、餌の器の近くに置いてみた。
最初はそのダンボール箱を無視するかに見えたさんだが、気が付くと中にチョンとお行儀よく座っている。
いつも通り網戸を少し開けさんを呼ぶと嬉しそうに撫でられ、網戸を閉じようとするとぐいぐい頭を入れてくるが、網戸を閉めてしまうと、その向こうのダンボール箱の中に、ずっと、ずーっと、ずーーーーーーっと、お行儀よく座ってこちらを見ている。
7月26日、日曜日の昼下がりのことだ。
私もダンボールに入ったさんの様子を、腕を組み仁王立ちの体勢でずーーーーっと見続けた。
そしてガチャンと心が決まった。
私は休みで家にいたオットに言った。
「さんをウチで飼う!」
オットは私がずっと迷っていたことを知っている。「ヤツはオスで、外で自由気ままに楽しくやってる。それを奪う方が可哀そうだ。」という意見だったが、飼うなら飼うでもいいとも言っていた。
さんをウチに入れるとなると、まるとの兼ね合いその他で、今は家にいる私の負担が一気に増えることを一番心配していたのだと思う。
しかしその日、仁王立ちのまま「さんを飼う」宣言をした私に、「お、おう」と若干引きながらもオットは全面的に協力してくれた。
家に入れても最初はケージ飼いである。
まずは一番近いホームセンターで最低限必要なケージ、トイレ、水の容器を用意しなければならない。その間戸締りをするとどこかに行ってしまうかもしれないので、オットには家でさんの様子をみていてもらう。
一気に決めて一気に行動。
宣言だけはしたものの気持ちがまだ上ずっていた私だったが、ホームセンターへ向けて車を運転しながらずんとハラが座った。
「ここまできたらやるしかない。やればなんとかなる!」
そうして、心配よりもワクワク感を敢えて高めながら、(そしてその高ぶりの勢いを借りて)一万円以上するケージも無事購入し、家に戻った。
「さんは?」
オット「まだいる笑」
私とオットは、大きなケージを組み立て始めた。汗だくである。
組み立て完了。我々が普段いるリビングと続きになっている小さな和室の隅に、トイレと水の容器も設置したケージを据え付けた。
仁王立ちで「さんを飼う」宣言からかれこれ2時間近く、さんがダンボール箱に最初に収まってからは3時間以上たっていた。
さんは?
まだウッドデッキのダンボール箱にチョンと座って、こちらを見ていた あぁ・・・笑
もういよいよ飼うしかない!
コトは最終段階、「さんの捕獲」まできていた。
捕獲。最大の難関である。野良猫でオス、どれほど抵抗されるだろうか。分厚い作業用の手袋にダンガリーの長そでシャツを装備しようと考えていた我々だったが・・・・
ものは試し、暑いのでノースリーブに短パンのまま、私は日頃素直なさんの胴体を持って抱き上げてみた。
さんは全面的にこちらを信用し、体の力をくにゃりと抜いてなされるがまま・・・
そのままさんをケージまで持っていったところで、さすがにケージに入れられることに恐怖を覚えた様子のさん。体をくねくねさせて私の手から逃れると、開いたままになっていた網戸からウッドデッキに出て・・・・そしてそこに再びうずくまった。
あれ?笑
今度はオットがさんを捕獲に行く。
相変わらず家に連れ込まれることは全く拒否せず、というかむしろやぶさかではない様子のさん、また抱かれるがままケージの入り口まで運んでこられ、今度はケージにin。
しかしやはりケージに入れられることは嫌がり、我々も操作に慣れずケージの入り口を閉めることに手間取ったため、再びさんはウッドデッキまで逃げ、またそこに待機。
待機 笑
そして3度目。私はケージの閉め方を練習し、オットは再びウッドデッキで待機するさんを捕獲に。
普通こんなに嫌がることを繰り返されると、猫は我々を信用せずに近寄って来なくなるものではないのか。
しかしさんは違った。
捕獲を待機していたさんは、三度目も素直に抱き上げられ、全面的に体を夫に預けたまま今度は無事ケージに収まったのであった。
我々は夏の軽装のまま全くの無傷。
こんなことでいいのか?
絶対女王《まる》の経験から予想した流血の惨事はどうした?!(その①参照)
さんは、本当に我が家に入ることを心から望んでいたのだと思う。
さすがに少し緊張した様子でしばらくはケージのトイレの中でうずくまっていたけれど(上の写真)初めてのチュールを夢中で食べ、水をがぶがぶ飲んで、ケージに設けられたロフトの様な上段ですぐくつろいだ。
不安げに歩き回ったり鳴いたりすることも一切なく、満足そうに、そして安心したように寝そべっている。
かくして野良猫《さん》は、我が家の子になったのだった。
若干1匹の心の平安は別として・・・
続く
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