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【ショートショート】「2Pカラーの僕」(4,172字)

 ある日、朝起きると2Pカラーの僕がいた。
 2Pカラーというのは、二人以上でゲームをプレイするときに、同じキャラクターを操作してもどちらがどちらのキャラクターを操作しているか分かるよう、二人目以降のプレイヤーが同じキャラクターの色違いなどを操作できるというものである。

 多いのは肌の色や服の色が違うパターンだ。帽子の色が違うなんていうこともある。初期のアクションゲームや格闘ゲームなんかで2Pカラーはよくみられた。
 そしてその“2Pカラーの僕”としか思えない少年が、枕元に立っていた。

「うおっ」

 僕が驚き声を出すと、2Pカラーの僕も、

「うおっ」

 と僕と同じ声を出して驚いた。

 2Pカラーの僕は僕と同じ顔だけど、髪の色が真っ青だった。肌は僕より少し浅黒く、手にはピンクのランドセルを持っていた。僕は黒髪で色白。ランドセルは青色なのに。

「おかーさーん、僕の部屋に2Pカラーの僕がいるんだけどー」

 僕はとっさにリビングにいる母さんに呼びかけた。

「バカなこと言ってないでご飯食べちゃいなさい!」

 母さんからはそんな返事が返ってきた。家の中に見知らぬ人物(といっていいのか分からないけど)がいるという一大事にも関わらず。
 とりあえず両親になんとかしてもらおうと、僕は2Pカラーの僕をリビングまで連れて行った。

 2Pカラーの僕と一緒にリビングに入ると、母さんは僕らを見て特に驚いた様子もみせず言った。

「急がないとほんとに遅刻するわよ。父さんからもなにか言ってやってちょうだい」

 父さんも父さんで僕らを一瞥すると、「ん」といつもの短い返答をするだけだった。
 おかしなことに、父さんと母さんは2Pカラーの僕の存在に違和感を覚えていないみたいだった。
 ただ、食卓には父さんと母さんと僕の三人分の朝食しか用意されていなかったので、仕方なく、僕と2Pカラーの僕は椅子に二人で腰掛けて、一人分の朝食を半分こして食べた。星のカービィだと2Pに口移しで食べ物を与えるんだけど、そういう訳にもいくまい。

 2Pカラーの僕は特に文句を言うでもなく、普通にその場に馴染んで、昨日観た(正確には僕が観たんだけど)テレビの話をして母さんから急いで食べるよう叱られていた。

「いってきまーす」
「いってきまーす」

 なんとなく僕もそのまま受け入れてしまい、食事と歯磨きを済ませると、二人で同時に家を飛び出した。玄関には僕の履いている靴の色違いが丁寧に並べられていた。


 小学校の始業時間に間に合うかぎりぎりのタイミングだった。
 2Pカラーの僕が現れたというのは遅刻の理由として認められるだろうか。いや、三年生に上がって新しく担任になった厳しい鬼山先生であれば、決して認めてくれないに違いなかった。

「お前、どうしてうちに来たんだよ」

 僕は学校に向かって並走する2Pカラーの僕に言った。

「そんなこと言われても気づいたらいたからな。僕自身のこれまでの記憶もあるし」
「それは僕の記憶だ」
「そうなの?」

 2Pカラーの僕にも詳しいことは分からないようだった。
 ゲームでも、一人でプレイしているときに二人目のプレイヤーが2Pコントローラーのボタンを押すと、途中から色違いのキャラが現れることがあった。
 その場に急に生み出される2Pキャラの気分は、案外そのようなものなのかもしれない。

 学校に着くと僕らは鬼山先生に一発ずつげんこつを食らった。
 僕らはやはり一つの席に二人で腰掛けて授業を受けることになった。

 学校の名簿に2Pカラーの僕の名前が登録されていないからか、給食も一人分しかなかったので、僕らはまた一つの椅子に座って一人分の給食を分け合って食べた。
 デザートのプリンを食べているときは、「お前の方が多い」、「いやお前の方こそ多く食べている」と喧嘩になったが、いくら喧嘩しても決着がつかなくて最後には残ったプリンを落としてしまい二人で泣きながら片付けることになった。

 夜になり、お風呂で2Pカラーの僕と背中の流しっこをしながら、僕はふと思った。
 もし僕にお兄ちゃんや弟がいたら、こんな感じなんだろうか。
 ご飯が半分になっちゃうのは少し困るけど、それは案外悪くないように感じた。2Pカラーの僕がずっといてくれればいいのに、一つのベッドに二人で寝ながら僕はそんなことを思った。


 翌朝、目が覚めると、そこには2Pカラーの僕と3Pカラーの僕がいた。

「うおっ」
「うおっ」
「うおっ」

 僕らはお互いを見て声をハモらせた。
 3Pカラーの僕は、肌や服のカラーリングは僕と変わらなかった。ただ、僕が垂れ目であるのに対し、彼は釣り目で、僕と違って髪の毛を刈り込んでいた。ちょっと不良っぽい雰囲気もあり、僕がワルモノになったような風貌だった。

 そっちのパターンか、と僕はひとり納得した。
 2P(3P)カラーは色違いであることが多いけど、容貌や雰囲気が少し異なるよく似た人物であることもあった。マリオシリーズで言うところのルイージがこれに近いだろう。
 同一人物の場合と別人の場合があるけど、今回はぱっと見、少し容貌の異なる同一人物ということで間違いなさそうだった。

「お前誰だよ」3Pカラーの僕が言った。
「いや、僕だけど」
「俺だって僕だよ」
「いや僕も僕だって」
「そんなこと言っても俺も僕なんだって」

 僕らが言い合っていると、「また遅刻するわよ!」とリビングから母さんの声が聞こえてきた。
 仕方なく、僕らは狭い廊下を三人並びながらリビングに向かった。

 母さんは僕らが三人いることに違和感を覚えていない様子なのだが、なぜかまた一人分の朝食しか用意してくれていないので、僕らはまたそれを分け合って食べることにした。
 3Pカラーの僕がどかんと椅子に座ってしまったので、2Pカラーの僕が椅子の隅にちょこんと座り、僕は椅子の横で立ったまま食べた。

 別カラーたちの癖に生意気だと思ったが、ここで喧嘩していると遅刻して鬼山先生のげんこつが確実となるので僕は黙って目玉焼きやお味噌汁の三分の一を食べた。

「お前、どうしてうちに来たんだよ」

 家を出ると、僕は3Pカラーの僕に尋ねた。

「そんなこと俺が知るかよ」

 3Pカラーの僕は特に急ぐ様子もなく答えた。

「そうかよ。それより、のろのろ歩いてると置いてくぞ」
「勝手にしろ」

 3Pカラーの僕は性格まで僕らと異なっているようで、僕と2Pカラーの僕が遅刻ぎりぎりで登校した後に悠々と学校に登校してきて、鬼山先生のげんこつを食らって半べそをかいていた。
 昼食のプリンも3Pカラーの僕が三人の喧嘩に勝って一人で全部食べてしまった。

 基本的に色違いキャラたちは同じ能力であるはずだが、ごく稀に、お助けキャラのようなオリジナルより強い力を与えられたキャラが存在するのだった。

「あいつどうする?」
「このままだとやばいな」

 僕と2Pカラーの僕は風呂場でこそこそと今後のことを相談した。
 3Pカラーの僕は「一人で一番風呂に入る」とわがままを言って、先に風呂を済ませてしまっていた。

 強大な長兄の腕力に怯えて今後の身の振り方を相談する双子の弟、その図はまさにそのような感じだった。
 とりあえず常に数的有利を作って、食事やおやつの量を三等分に分け合う状況を確保すること、それが僕と2Pカラーの僕の当面の目標になった。

 だが、そのような心配は杞憂に終わった。
 僕らが心配しなければいけなかったのは、また別のことだったのだ。


 翌朝になると、僕の二人の色違いのほか、(おそらく)4Pカラーの僕であるキャラが枕元に立っていた。

 4Pカラーの僕は“パンダ人間”だった。
 僕と二人の色違いキャラたちはしばらく呆然として、やがて小さく「そうきたか」と呟いた。

 確かに全く容貌や種族の違うよく意味の分からないキャラクターが色違いキャラになることも稀にだがあった。製作者の遊び心、というかおふざけであることも多い。
 なるほどパンダ人間か、確かにこれまでの傾向を踏まえると、僕の4Pカラーがこのようなキャラクターでも違和感はない気がした。

「君は一応僕、でいいんだよね?」
「……」

 どうやら4Pカラーの僕は言葉が話せる設定ではないようだった。
 仕方がないので僕らは4人ぎゅうぎゅうに並んでリビングに向かった。

 すると母さんは持っていた食器を取り落として、「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」と叫び声をあげた。

「あ、あんた誰よそのパンダみたいなやつ。っていうか人間なの!?」
「……たぶん」僕であることは確かなんだけど、彼が人間か、と言われれば自信が持てなかった。
「か、か、か、母さん、お、お、お、落ち着くんだ。まずは警察、いや消防、いや自衛隊に連絡するんだ!」

 父さんも母さんと大差ない反応のようだった。
 この二日間は特に違和感を覚えていなかったようだけど、まるで特定の条件で発生するゲームのイベントやバグのように、パンダ人間の登場によってようやく彼らは色違いの僕のことを認識したらしかった。

 僕の両親は二人であたふたとしたのちに関係各所に連絡し、最終的に4Pカラーの僕は防護服で重装備をした保健所の職員によって連れていかれてしまった。
 そしてふと気が付くと、そのほかの僕の色違いたちもいつの間にか姿を消してしまった。
 あれだけ騒がしかったのが、結局、二人ともどこを探しても見つけることはできなかった。

 ――色違いの僕とはいったいなんだったんだろうか。
 まさかこの世界はゲームの中の世界で、プレイしていたプレイヤーの一部がゲームをやめてしまったから彼らの存在が消えた、なんてことはないだろう。
 ここはどうしたって現実で、僕が嗅いでいる臭いや聞いている音、触っている感覚はすべてリアルな僕だけのものなのだから。
 ゲームの世界ではスタートボタンを押せば時間を止められるけど、現実ではそうもいかなかない。

 時計を見てみると、もう四時間目が始まる時間になっていた。
 さすがにあのような騒ぎが起きた後であれば鬼山先生もげんこつを見逃してくれるとは思うが、少しでも早く学校に行っておくに越したことはないだろう。

「いってきまーす」

 両親に声をかけると、僕はピンク色のランドセルを背負って学校への通学路を駆け出した。
 それ以降、色違いの僕は二度と現れなかった。









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