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【ショートショート】「田中と佐藤のプレゼント大戦争」(2,393字)

 地球滅亡の原因は一通のラブレターにあると言って差し支えなかった。

 幼なじみである田中と佐藤は小さい頃からとにかく仲が悪かった。目を合わせては掴み合いの喧嘩を始め、互いがいないときはそれぞれが互いの悪口を言い合った。
 なぜそんなにも仲が悪いのか、それは二人にしか分からなかった。ひょっとすると明確な理由などないのかもしれない。人が人を嫌いにになるとは往々にしてそのようなものだ。

 二人が中学生になる頃には周りも二人の不仲を知っていたので、教師たちも二人を同じクラスにしないよう気を使った。


 二人が中学二年生になったときのことだ。
 田中が登校して上履きに履きかえていると一通の手紙が落ちてきた。

 中身を確認すると、それはどうやら恋文のようだった。今まで恋文などもらったことのなかった田中は赤面し歓喜した。
 差出人の名はなかったが、「思いを伝えたいので放課後体育館裏に来てほしい」と書かれていた。

 その日、田中は人生で最も幸せな時間を過ごした。手紙を書いたのは誰であろうと想像してはニキビがたくさんある顔をにやにやとさせた。
 教師たちの話もその日は一つも入ってはこなかった。自分も決してハンサムではないくせに、相手が可愛くなかったらどうしようと、そんなことまでも考えた。

 放課後になると、ボウズ頭だった髪をワックスで丁寧に整えて、田中は体育館裏へと向かった。

「ははは、まんまと騙されたな。そんなニキビ顔のちんちくりんにラブレターを送る人間などいるものか!」

 全て佐藤の謀略だった。田中はその場で膝をついた。

「お前、やっていいことと悪いことがあるだろ……」田中は大粒の涙を流しながら言った。

 田中は目の前が真っ暗になるのを感じ、そのままその場で失神した。
 気が付いたら自宅で、どうやら親切な誰か(実際はあまりに田中のことを惨めに思った見物人であるのだが)が家まで運んでくれたようだった。

 翌日、佐藤の下駄箱には大量の鼠の死骸が詰め込まれていた。証拠がないため犯人は見つからなかったが、佐藤にだけは誰の犯行か一〇〇パーセント分かっていた。

 佐藤は顔を真っ赤にしながら、厚い手袋をして鼠たちをごみ袋に放り込んでいった。

 次の週には田中の家に請求書とともに二十万円の彫像が届けられた。
 返品することもできたのだろうが、それでは負けたような気がして、田中は親から借金してその彫像を購入。庭のど真ん中に設置してしまった。

 もちろん復讐することも忘れなかった。
 翌週には佐藤の家にアリゲーターの赤ちゃんが届けられた。こればっからりはなんらかの国際法に抵触するおそれがあったため、アリゲーターをこっそりと神社の庭に放そうとした佐藤はその姿を写真に撮られ翌日の新聞に載った。
 なぜその日、そのタイミングで新聞記者がそこにいたのかは、誰にも分からなかった。

 ひょっとするとこのままではやばいのではないか――。
 そんなことを先に考えたのは佐藤であった。そういう意味では佐藤の方が田中よりもまだ常識というものがあるようであったが、単純に田中のことが恐ろしくなっただけだった。

 業を煮やした佐藤はついに直接田中を呼び出した。

「おい、このままだと俺たちは確実に破滅する。どうだろう、この辺りでお互いすべてを水に流そうじゃないか」
「冗談じゃない。俺の方が受けたダメージは段違いに多いはずだ。そもそもお前がやり返さなければこんなことにならないのだ」
「なにを、最初にやり始めたのはお前の方だろう」
「なにを言う。お前が偽の恋文などを寄越したからこのようなことになったのだ」
「その前から俺に嫌がらせをしていただろう」
「なにを」
「なんだ」
「なんなのだ」

 そのようにして、和解はついに成立しなかった。
 家に帰り、佐藤は考えた。
 この調子ではいつか自分は田中によって殺されてしまうだろう。しかし、もし何かをやられたら自分とてやり返さずにはいられない負けず嫌いの性格だ――。

 次の瞬間、佐藤は妙案を思いついた。

 翌日から、佐藤の家の庭で大掛かりな工事が始まった。比較的金持ちであった佐藤はその財力を用いて自宅の地下に頑丈なシェルターを作ったのだ。

 田中はあらゆる手段を用いて佐藤への嫌がらせを行おうとしたが、頑丈なシェルターに阻まれすべて失敗に終わった。
 そのくせ忘れた頃に田中の自宅にピザ一〇〇人前などが届いたりするのでたちが悪かった。

「絶対にこのまま終わらせてなるものか……そうだ、あの手があるじゃないか」

 田中は佐藤への復讐のために十数年がかりの準備を始めた。


 四十年後のことだった。
 アメリカ国籍を取得してト二ー・タナカになった田中は赤いボタンの前に座っていた。

「何をなさるおつもりですか、大統領!?」

 ボタンを押そうとする田中を制止するので、田中は大統領補佐官の頭と心臓を撃ちぬいて射殺した。

「これが最後の贈り物だ、佐藤」

 アメリカ大統領になった田中はパスコードを入力すると、佐藤の自宅に向けて核ミサイルのスイッチを押した。
 巨大な鉄の塊が、一瞬にして田中の故郷を焼け野原に変えてしまった。


 重症を負ったが一命を取り留め、四十年ぶりに核シェルターから脱出した佐藤は荒れ果てた大地の前に立ち尽くした。

 シェルターの中に整備していた世界各地の観測装置によると、核戦争によって人類の九九パーセント以上は死滅しているようだった。
 どうやら一発の核ミサイルが連鎖的に核戦争を引き起こしたらしかった。

 佐藤には、長年の付き合いによって通じ合った感覚により、この騒動が田中によるものであると理解した。
 自分たちのせいで、世界が大変なことになってしまった。

 だが、とにもかくにも、今は自分がしなければいけないことをするしかないのだ――。

 佐藤は胸元のポケットから紙とペンを取り出し田中宛の偽ラブレターを書くと、田中の姿を探し求めて歩き出した。











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