投球障害のリハビリテーション ~野球肩・野球肘,腰痛から膝の痛みまで~
投球障害の基本
投球障害の基本的な考え方は,繰り返される動作での身体的ストレスが症状として現れた物.
身体的なストレスを多方面から評価してストレスの原因を除去する事が必要となる.
手術後であれば適正な可動域と筋力の回復が最優先.
前半に投球に必要な評価や痛みの原因を考察し,後半は必要なエクササイズなどのプログラムを紹介する.
投球障害の評価
投球障害における評価はまずその症状が対象となる.
そのほとんどは【疼痛】であるが,なかには胸郭出口症候群(TOS)のような【筋力低下】や【感覚障害】を伴う神経症状もあるので見落とさないように注意が必要.
ピッチングでのどこのフェイズで症状が誘発されるかは,原因を探るために有益である.
バイオメカニクスから捉えるとピッチングのフェイズで『身体のどこ』に負担がかかるかはある程度分別される.
ピッチングフェイズによる分類
ワインドアップ
ワインドアップではほとんど症状はないが,立位の安定性や骨盤の傾斜はこの後の症状に繋がる可能性もあるためフォームチェックが必要.
バランスに繋がる足関節の巧緻性や,股関節中間位で片脚立位が保持出来るかもチェックする.
コッキング
前半と後半でストレスがかかる部位は変わるが,通して注意したいのは肩峰下へのストレスとTOS.
肩峰下へのストレスは【アクセラレーション】のフェイズまでを通して共通であるが,【肩甲上腕関節の後下方部】のタイトネスで生じやすい.
上腕骨頭の上方変位が発生して肩峰下へのストレスとなる為である.
水平内転や内旋可動域を評価してタイトネスを判断する.
TOSについては,このフェイズで肘を上げ過ぎると肩甲帯の拳上負荷も大きくなりTOSを助長すると考えられる.
MLBでも2015年頃より報告数が増加しているようで,注意が必要な問題である.
上腕の動きや頸部の動きで症状が再現されるか観察し,神経に対するストレスが生じている箇所を同定する.
コッキングフェイズで他に注意したいのは,フットランディングでのタイミング.
ステップ脚が地面に着いたタイミングで投球側の腕が上を向き,コッキングの動きがおおよそ完了している事が好ましい.
このタイミングでボールが肘より下がっていると,コッキング後半から,腕がレイバックして最大外旋位になるコッキングの完了→アクセラレーションへと移行する限られた時間での,【外旋⇒内旋】への角速度変化が非常に大きくなる.
これは角加速度が大となる事を意味しており肩や肘に対する物理的な力が大きくなり肩や肘の痛みを助長する事になる.
アクセラレーション
力学的にもっともストレスがかかるフェイズであり疼痛が生じる箇所も多様であるが,一つ一つピッチングのメカニクスと解剖学を考えれば対処出来る.
レイバックのタイミングからアクセラレーション前半のフェイズで多いのは肩後方の痛み.多くはインターナルインピンジメントで発生している事が多い.
インターナルインピンジメントは下の図のように,回旋筋腱が関節窩に接触するストレスである.
投球フォームを大きくしようとコッキングで肘を体の後方へ引き過ぎて肩関節の水平外転角度が大き過ぎる事も一つの因子であり確認を要する.
下の図のように体幹をしっかり捻転させる事で肩関節での水平外転角度はほぼ0度になる事が目標である.
またこのフェイズでは肩前方の痛みも良く見られる.
繰り返す投球動作で肩前方組織が弛緩し,骨頭が肩甲骨関節窩から前方に偏移する事が原因である事が多い.
2nd.ポジションでの外旋可動域やリロケーションテストで痛みの再現を評価する.
肩甲骨の可動域が小さい事で肩甲上腕関節に過負荷が生じる事もあるので,肩甲骨の動きの評価も必要である.
弛緩した組織を短縮させるのは困難であるため,弛緩部を安定させる肩前方を支持する筋が働くかも評価する.
これは最大筋力が重要ではなく,機能的な働きを評価する必要がある.
疼痛が生じるポジションで内旋及び内転方向に筋発揮させ,骨頭の変異が生じず安定して関節が固定されているかを確認する.
ローテーターカフの意義は考慮すべきであるが,絶対的な筋力が必要な訳ではなく,固定する機能が必要である為,必要なフェイズで作用させられるかの評価が大事.
漫然な回旋のチューブエクササイズだけでは復帰への期間が長くなってしまう点は注意.
肩峰下の痛みはコッキング同様【肩関節後下部】のタイトネスで生じるのに加え,アクセラレーションで適切な肩外転角度ではない状態で肩内旋を行う事で肩峰下組織への障害が発生する.
上腕三頭筋のタイトネスで肩外転を阻害する場合もあるため,三頭筋の筋長も評価する.
肘の痛みを訴える事も多い.骨が成熟した場合,内側の痛みがほとんどであるが,学童では外側に疼痛を訴える場合もある.
投球障害全般で言える事だが,肘関節の機能的な問題があって疼痛が生じる場合は稀である.
投球フォームによる力学的負荷が因子であり,フォームの修正が必要になる.
肘の痛みのほとんどは,肘外反方向へのストレスに起因する.
内側であれば靭帯組織への伸張であるし,外側では骨同士の衝突が発生する.先も述べたように投球フォームのメカニクスによる,力学的ストレスである.
よく見られる原因は,肘が伸展しない状態で肩関節の内旋が優位の投球フォーム.
このように『腕を倒す』イメージで投球動作を繰り返すと肘に障害が発生しやすい.
肘を伸展した状態でよりホームベースに近い位置でリリース出来るよう,充分な体幹の回旋が必要である.
また,レイバックからのアクセラレーションで肩関節が充分に外旋出来ないと肘外反ストレスは増大するので,レイバックがしっかり出来るような体幹,肩甲骨,肩関節の可動性は評価する.
その他
評価を忘れやすい事項として手部がある.
ピンチ力の低下と野球肘には相関があるとする報告が多く,ピンチ力の評価も行う.
一般的に手部のコンディショニングは行われない事が多く,手内在筋のストレッチどのケアも非常に重量である.
投球における腰痛と膝の痛みについて
リリース後の疼痛は現時点では省略するが,ここからは腰部や膝の痛みに関して概説する.
腰痛として多いのは椎間関節に対するストレス.【腰椎の伸展+回旋】が強制される事で発生する.
右投げとして仮定すると腰椎の伸展が強制されるのは,右股関節・胸椎伸展可動域の低下が因子として挙げられる.
回旋の強制については胸椎回旋と左股関節内旋可動域の低下が影響する.
これらの関節可動域はしっかり評価しておく.
他には腹筋群の機能低下で投球フォームから受動的に強制される事もあるので各フォームとフェイズの見直しも必要になる.
腹筋群の機能的な安定性強化が出来るかどうかのチェックする.呼吸で腹筋群と横隔膜,胸郭それぞれを分離して行えるかどうかも安定性に寄与するため呼吸方法も見直す.
膝の痛みは軸脚,ステップ脚ともみられるが,軸脚の外旋・外転の力を使わずに外反する事が膝へのストレスとなるパターンが多い.
この状態から膝の伸展を強調してしまう事で膝関節の外旋位での力学的負荷が関節構造を破綻させる可能性が大きい.
膝外反を常に行う投手の場合,膝の外旋可動域が対側と比して増大しているので評価すると良い.
プログラム
治療のプログラムについては各評価から導き出された原因にアプローチすれば良い.
ワインドアップの安定性
片脚立位における安定性.バランスである.
『バランスが良い』と『体幹が安定している』と言われる事があるが,これは間違い.バランスはあくまでインプットとアウトプットが整合する事である.
バランスが安定しない理由は様々である.各関節,前庭などそれぞれの感覚を知覚して認知,それを修正する筋出力.
『感覚』,『知覚』,『認知』,『筋出力』このどこかでずれてもバランスは取れない.どこにズレがあるかを評価する必要がある.しかし,反対に言えばインプットがズレてもアウトプットでズレが整合される事もあり,どこかで代償すればバランスとしては安定するので結果を重視したアプローチでも良い.
足関節の巧緻性の向上や股関節中間位で保持出来るようボディイメージの是正を考慮する.
肩甲上腕関節のタイトネス
ストレッチが基本.クロスオーバーストレッチやスリーパーストレッチなどが代表的であるが,肩甲骨の運動を制限する事と,骨頭と関節窩の位置を安定させた状態で行う事が必要である.
TOS
TOS症状がある場合,テイクバックやコッキングで肘をあまり拳上させない事.
頚部肩甲帯の筋に短縮があるならば,リラクセーションを併用して筋長を確保するアプローチを行う.
神経の長さや滑走性が低下しているなら,Flossingを行い神経そのもののストレスを軽減させる.
また頚椎でも神経に対するストレスがある場合は頚椎のアラインメントも是正させる.
特に胸椎の後弯が増強し,C5に異常がある場合が多いので,胸椎伸展の可動性を改善させる事も必要な事が多い点に注意したい.
具体的には→猫背の解決方法のようなエクササイズを行う.
背中の下の物はテニスボールなどでも代用出来る.
インターナルインピンジメント
肩甲上腕関節の水平外転や肩前方組織の弛緩・筋出力低下で発生する.
水平外転が大きいフォームが原因であれば,股関節から体幹での回旋を優位にさせる.
肩甲骨が外転すると相対的に肩甲上腕関節の水平外転角度が大きくなるため,肩甲骨の位置を是正する事も必要になる.
詳細は下の肩前方の痛みに解説する
肩前方の痛み
肩前方の痛みは前方組織の過度な伸張で発生している.伸張された組織を基に戻すのは困難であるため,それ以上伸張を発生させない事と筋での安定性の確保が必要である.
フォーム面ではインターナルインピンジメントと同様,肩甲上腕関節の水平外転を抑制する事が必要.
関節安定性では,肩甲下筋を主体とする内旋・内転筋群を機能的に使えるようにする.
関節後方のタイトネスがあると相対的に骨頭が前方移動する可能性があるため後方のタイトネスの除去も充分考慮する.
一時的にも,【肩内旋の筋発揮】や【腹筋群の筋発揮】を行わせる事で症状が緩和出来る事もある.評価的治療法として試行するのも原因追究の助けになる為,是非行いたい.
肩峰下の痛み
コッキング期では一般的な肩峰下へのストレスが生じるパターンである.
内旋位で肩外転を行うと障害が発生しやすい.また,前腕を回外位で外転すると二頭筋が骨頭の安定性を向上させる可能性もあるので,前腕を回外させる事も考慮する.
上述したように肩後下部のタイトネスも除去する必要がある.
アクセラレーションの肩峰下の痛みは動作での適切な外転角度が必要.
外転角度が大き過ぎても不良であるし,外転が小さ過ぎるいわゆる『肘下がり』などでも生じるストレスであるためフォームを修正させる.
上腕三頭筋のタイトネスで肩外転が制限させる場合は,ストレッチやリラクセーションを行う.
肘の痛み
肘関節の機能的な要素が原因となる事は少ない.
あくまでも動作中のメカニクス的なストレスであるためフォームの修正が基本.
但し,評価で述べたように【体幹の伸展角度】や【肩甲上腕関節外旋】,【肩甲骨の可動性】,【股関節伸展角度】が小さいと投球フォーム中の充分なレイバックが出来図に肘外反ストレスが増強される.
各関節の可動域を適正に獲得させる.
スローイングの漸増
痛みが減弱し,各関節可動域や筋出力が是正されれば実際の投球に入る.
スローイングの漸増は基本的に負荷のかからない状態から行う.
シャドウピッチングからフォームを見直す.フォームについてはこの記事末尾にもあるリンク先が詳しい.
但しシャドウピッチングで危惧するのは【タオルを持たせる事】.
以前からタオルを持たせてシャドウをする事は多いが,報告ではバイオメカニクスが変わってしまい,パフォーマンスの低下を招く恐れがあるのでここでは勧められない.
骨盤と体幹の回旋速度は球速に与える影響が大きいがタオルでのシャドウでは回旋速度が低下したり,ステップ脚の使い方も実際の投球とかけ離れてしまっている.
次に仰臥位での重力に抗したスローイングもあるが,完全な仰臥位だとリリースのポイントが実際のスローイングとは異なる点と,肩内旋を強調しすぎてしまうため体幹を回旋させた肢位でのスローイングが好ましい.
上のようにポールなどを用いて体幹を45°程度回旋させると良い.
実際のスローイングは真下へのスローイングから始める.
脚は前後に開いて安定した姿勢を取る.
右肘が下方向に向くまで,しっかり体幹を左回旋させてから肘伸展を行い下方向へリリースする.
疼痛が生じない事を確認出来たら,体幹の傾斜を少しずつ上げて斜めに投げる.塁間までを徐々に角度を変えて投げる.
当日及び翌日に痛みが出るようであれば,前日までの距離や球数に差し戻す.さらに評価しなおして痛みの原因を探る.
これを繰り返して100%のスローイングが出来るようになるまでサイクルさせる.
最後に
投球障害で最終的に見直す部分は投球フォーム.
身体機能面での是正ももちろん必要ではあるが,根本的な解決方法はフォームにある.
そしてフォームの修正はパフォーマンスの向上になる事も付け加えておきたい.
投球フォームのバイオメカニクスの詳しい解説は☞理想の投球フォームとスポーツ科学~球速アップと,肩・肘の障害予防~を参考にされたい.