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おたねさんちの童話集 「山ネズミのラウス」

山ネズミのラウス
 
「お父さん、天国ってどんなところなの?」
 山ネズミのラウスは、倉庫に集めてきたドングリをしまうお父さんのお手伝いをしておりました。
「どうして、そんなことを聞くんだい?」
 お父さんは作業の手を止めて、ラウスの顔をじっと見ました。
「あの……。友達のサントスが尋ねてきたの。」
 ラウスは答えにくかったのか、すこし口ごもってしまいました。
友達のサントスは、森で一番小さな山ネズミでした。生まれた日はラウスとそんなに変わらないはずなのに、体の大きさは、ラウスの半分くらいしかありません。しかも、体が弱くて、よく学校を休みます。ここ二、三日も、また風邪を引いて、寝込んでいるのです。
「ラウスはサントスに、なんて答えたんだい?」
お父さんは、天国がどんなところか答えるどころか、反対に尋ね返してきました。
「ぼくね、あんまりビックリしたものだから。全然答えられなかったんだよ。今までそんなことを考えたこともなかったし、それに、そんなことを考えるのはとっても恐ろしいことだもの。」
 そう答えたラウスの頭に浮かんだのは、サントスのお母さんの大きな大きな怒鳴り声でした。サントスのお母さんは、友達のみんなから嫌われていました。いつも怒ってばかりいるからです。サントスは優しくてみんなから可愛がられているのに、お母さんはその反対なのです。サントスとかけっこをして遊んでも、サントスが負けたと言っては怒りだし、ラウスたちを怒鳴りつけるどころか、サントスにまで喚きちらすのでした。ある時などは、一緒にお菓子を食べただけでも、すっごい剣幕で叱りつかえるのですが、ラウスたちはいった何が悪かったのかも分かりませんでした。ほかにも、サントスが風邪を引いて学校を休んだ日に、御見舞いに行っただけでも怒鳴られたことがありました。あんまりにすごい剣幕で追い返すものですから、学校の宿題を渡すだけでも一苦労です。だから、サントスに会いにいくときは、いつもお母さんがいないことを確かめて行かなければならないのです。
ラウスは一度、サントスに、「サントスのお母さんって、いっつもあんなに怒っているのか」と聞いたことがあります。が、サントスはうつむいたまま「優しいこともあるよ……」と小さな声でいいました。その声があまりに小さな声でしたから、やっぱり普段もきっと怖いんだろうなと、ラウスは思っているのです。
「天国っていうところはね……。」
お父さんが、そう切り出したのは、ラウスが最初に尋ねてから、二時間以上も経って、ドングリを全部倉庫にしまい終えてからのことでした。
「たとえば、お花畑みないなところを想像しようか」
お父さんは右手をラウスの肩に置いて、ラウスの顔を覗きました。
「そのお花畑にはお父さんとお母さんがいるとしよう。そしてそのお父さんやお母さんに見守られている沢山の子供たちが遊んでいます。そんな風景を想像したら、幸せそうで、なんとなく天国に近い風景じゃないかな」
ラウスはお父さんの言葉があまりにも真剣なので、ゆっくりとそして大きく頷きました。
「でもね。もし、その中にケンカをしている子供達がいたら、お父さんやお母さんは、どうするかな?もし、お花畑の近くに。危険な場所、たとえば深い谷や大きな河があったら、お父さんやお母さんは心配しないかな?」
お父さんは、ラウスの顔を真っ直ぐにみました。
「もし、子供達がみんな良い子で、お父さんやお母さんのいうことを素直に聞いて、仲良く楽しく遊んでいる間は、きっと天国と変わらないとお父さんは思う」
「でも……」と続けた後、お父さんはゆっくりと息を吐きました。
「もし子供達がケンカをやめなかったら、お父さんやお母さんは子供達を叱りつけると思うよ。もし危ない場所で遊んでいたら、そっちには行かないようにと注意すると思うし、何度言っても聞かないようだと、子供達のお尻をペンペンと叩くかもしれないね」
 お父さんは、両手で自分のお尻を隠そうとするラウスを見て笑いました。
そうしたら、天国というより、なんだか、このうちみたいに思わないか?」
お父さんは、また真剣な顔に戻して話を続けました。
「だから、みんなが仲良く暮らしているところが天国なんだよ」
お父さんが、そう言って話を締めくくりました。
 でも、だったら、どうしてサントスのお母さんはいっつも怒ってばっかりいるのでしょう。
 ラウスの頭に浮かんだのは、サントスのお母さんの怒った顔でした。サントスも僕たちも、なんにも悪いことをしていないのに、いつもサントスのお母さんは怒っているのです。
 でも、ラウスは、そんなことは言ってはいけないような気がしましたから、黙ってお父さんの話に頷いておりました。
「ラウスー!練習の時間だぞ!早くこいよ!」
 木の下から、大声が聞こえてきました。友達のブットです。その後ろにはネーズもいます。
「すぐ行くから、待っててよ~!」
ラウスは急いで木の枝から飛び降りました。もうすぐ行われる秋の大運動会にむけて、みんなでダンスの練習をするのです。なにせ、山ねずみの子供たちにとって、年に一度の大イベントですから、みんな張り切っているのです。
 「サントスも来るかな?」
ラウスは、先ほどまでしていた、お父さんとの会話が気になったのか、ブットに尋ねました。
「そりゃ、来るに決まっているじゃないか」
ブットは、当たり前のように言いました。
「どうして?ずっと風邪を引いてたはずだよ」
ラウスは、ずっとが余りにも自信満々に答えるのでびっくりしました。
「でも、サントスは、どんなに体調が悪くても、学校を休んだ日はないよ」
ネーズも、さも当然のように答えました。
「ウソだい。この間も、授業に出ていなかったじゃないか」
ラウスは口を尖らせて言い返しました。
「だからサ……。来るには来るけど、先生に、保健室で休みなさいって言われるの。だって、あの厳しいサントスのお母さんが、学校を休ませるわけがないじゃないか」
ブットは、何も分かってないなあという顔をして言いました。
「まあ、あまりに体調が悪いと、先生が連れて帰っちゃうから、お休みと全然変わらないんだけどね」
ネットも一緒になって言いました。
 ラウスは、自分だけ知らなかったのは不満でしたが、それでも、実際に、サントスがお母さんに手を引っ張られてくる様子を見つけると、納得せざるを得ませんでした。
「サントス!もっとちゃんと歩きなさい!」
「急がないと、遅刻するでしょ!」
いつものように、お母さんは大きな声でサントスを怒鳴りつけていました。
 そして、やっぱりサントスは、とても辛そうな顔をしています。
「お母さん、サントス君を休ませてあげたらいかがですか?」
 心配して、ネイラ先生がお母さんの所へ駆け寄ってきました。
「これくらいの風邪でサントスを休ませるわけにはいきません。それに、大事な運動会まで、もう3日しかないでしょう?」
 お母さんは一歩も引き下がりません。
「とにかく熱を測りましょう。もし、まだ熱が下がっていないようでしたら、保健室で休んでもらいます。」
 ネイラ先生は、お母さんの答えを待たずに体温計を胸のポケットから取り出しました。
「そんなことをしなくても、大丈夫です!はやくサントスを並ばせて下さい!」
大きな声で叫ぶお母さんを気にせずに、ネイラ先生は、体温計をサントスの脇に押し込みました。
 お母さんは、観念したのか体温計の先っぽをにらみつけていました。
「ピー、ピー!」
 ネイラ先生は、顔の前に持ってきた体温計を、少し遠ざけると目を細くしながら、しばらく体温計とにらめっこしました。
が、やがて
「少し高いので、もし、あまりに辛そうならば、すぐに保健室へ連れていきます。」と言って、みんなの整列している運動場へサントスを連れていきました。
 ダンスの練習が始まりました。
「ラウスはまだ振り付けを覚えていないの?」
ため息混じりに苦笑するブットの隣で、ラウスは、少しテンポのずれたへんてこなダンスを踊っています。
「見てみろよ!」
ブットに声をかけられ、ラウスはサントスのダンスを見ました。
決して上手とは言えないかもしれません。それに、とても辛そうに踊っています。だから、決してどうってことのないダンスのはずですが、サントスは振り付けを完璧に覚えていて、そして、手足を誰よりもしっかりと伸ばし、すこしもグニャグニャすることなく、誰よりも一番一生懸命に踊っていました。きっと風邪を引いているのにも関わらず、家に帰ってからも、懸命に練習をしていたのでしょう。
 ラウスもサントスに負けないようにと、一生懸命に練習しました。
そうして森の大運動会の日がやってきたのでした。
 みんなで森のラジオ体操をしたあと、イノシシの大玉転がしで運動会の幕があがります。それから、リスの買い物競争やウサギのムカデ競争、子鹿の二頭六脚と続きます。
「山ネズミのダンスに参加する子供達は、入場口にお集まり下さい」
スピーカーからラウスたちを呼ぶ場内アナウンスが流れました。
「行くぞ!」
 張り切るブットに続いて、ラウスも元気よく飛び出しました。
「サントス!ガンバレ!」
 まだ、ダンスの前に行われるイタチの玉入れも始まっていないのに、サントスのお母さんは相変わらずの大声で叫んでいます。
 やがて、山ネズミのダンスが始まりました。
「さすがに振り付けは覚えたみたいだね」
 ブットに言われて、ラウスは苦笑いです。
「あたりまえだろ。俺は本番に強いんだ」
「よく言うよ!」
 ダンスをしながら、みんな大笑いです。
「そこのみんな、笑っていないで、ちゃんと踊りなさい!少しはサントス君を見習ったらどうなの!」
 しまいにはネイラ先生に叱られてしまいました。
 昼食のあとは、熊たちの綱引きです。昨年は綱が切れて引き分けでしたが、今年はさすがに太いロープに切り替えたので、見応えたっぷりです。
モモンガの一〇〇メートル飛行レースも大いに盛り上がり、最後は動物対抗リレーです。
 もちろん、昨年の成績に合わせてハンデがついていますが、そこは森の運動会一番のの花形競技、やはり今日一番の大盛り上がりです。
「あれ?どうしてブットが、ここにいるの?」
「サントスと代わってあげたんだよ。」
「いいじゃないか。俺は毎年出てるんだし、一度くらい代わってあげたって」
みんなびっくりしています。だってブットは山ねずみたちの中で一番体も大きくて、足も速かったからです。
 だから、みんなが「どうして?」と口々に言いました。
でも、「今年はサントスが一番頑張っていたから」としかブットは言いません。
「位置について。ヨーイ。スタート!」
 山ネズミたちが、ざわついている間に、リレーは始まってしまいました。
なんと、サントスがアンカーです。
「だって、もともと俺がアンカーだったから仕方がないじゃないか」
ぶっとはすまし顔で言いました。
「ガンバレ!ガンバレ!」
 みんな大きな声で声援を送っています。ハンデの時間調整が上手くいったのか、今年は例年にもまして大接戦です。
 そして、なんとトップを走るのは山ネズミです。
 ラウスもブットも、ネットも、ネイラ先生も、みんな精一杯応援しています。
 ついに、サントスがトップでバトンを受け取りました。前走のビートが距離を稼いだおかげで、二位と二〇メートルもの差が開いていました。でも、サントスがバトンを受け取ってからは、どんどんと差が縮まります。
そして……。
「あぁ~!」
 二位を走るカモシカチームに抜かれてしまいました。
「ガンバレ~!ガンバレ~!」
 サントスのお母さんも、普段以上に大きな声で声援を送ります。
でも、その後ろのイノシシチームにも、モモンガチームにも、サントスは次々に抜かれていきました。
「諦めるな!」
 サントスのお母さんの声は、もう悲鳴のようです。
 いつの間にか、サントスは最下位になっていました。それでも、サントスは懸命に走っています。
「ガンバレ!ガンバレ!」
 声援はどんどんと大きくなっていきました。
「一着!カモシカチーム!」
「二着!イノシシチーム!」
 優勝候補のチームがどんどんとゴールしていきます。
 サントスも懸命に走っていますが、やがて、走っているのはサントスだけになってしまいました。
 それでも、サントスは諦めません。
「ガンバレ~!ガンバレ~!」
 最後には、会場にいる動物たちが全員、一丸となってサントスを応援しています。
サントスのお母さんも、顔を真っ赤にして、泣きじゃくりながら声援を送っています。
「ゴール!」
 サントスがゴールしたとき、会場の動物たちがみんなサントスのところに集まっていました。
 その時、ラウスは少し、ブットがサントスと交代した理由が分かった気がしたのでした。でも、本当の理由が分かったのは、秋も終わり、新しい年を迎え、もうすぐ春が訪れようとする頃になってからのことでした。
教室で、ネイラ先生が一通の手紙を読み上げたのです。
なんとサントスのお母さんからの手紙でした。
「前略、いつもサントスと仲良くしてくれてありがとうございます。みなさんは、どうして、私が手紙を送ったのか、不思議に思っているかもしれませんね。でも、私は、どうしてもみなさんに伝えたいことがあったのです。それは、いつもサントスと仲良くしていてくれることへのお礼と、そして、いつも怒っていたことへのお詫び、そして大切なお願いがあるもあります。もちろん、本当ならば、みなさんと会って直接お伝えするべきなのですが、私は、今、森の病院に入院しているので、会いにいけないのです。どうか手紙での無礼をお許し下さい。
 お医者さんから私の病気のことを教えて頂いたのは、サントスが生まれて間もない頃ですから、もうずいぶん前のことです。きっと、そう長くは生きられないと言われたのです。その時、私の心配は、自分のことではなく、サントスのことでした。未熟児で生まれたサントスは、甘えん坊で、いつも泣いてばかりいました。私が死んでしまったら、この子はどうなるんだろうと、そればかりを考えていました。ですから、なんとか一匹でも生きていけるようにと、ずいぶん厳しい母親を演じてきました。ドングリを集めたり、昆虫を捕まえたりするのも得意ではありませんでしたから、ずいぶんと練習をさせました。学校へ入ってからは、友達にいじめられないかと心配していましたが、みんなよい友達ばかりでしたの、本当にほっと致しました。でも、みんながよくしてくれればくれるほど、今度は友達に甘えることばかり覚えないかと心配になりました。友達とお菓子を食べているときでも、貰うことばかり覚えないかとずっと観察をしましたし、時には思いっきりみんなを叱りつけたこともありました。本当にごめんなさい。今年に入ってから、急速に体調が思わしくなくなり、私の命がもうあと僅かだということは、自分でも分かるほどでした。
「天国って、どんなところなの?」
サ ントスに、こんな質問をうけたのも、ちょうどそんな時でしたから、本当にビックリしました。私は答えることができず、泣き出しそうになりました。
 山の神様の祠へ、サントスのことをお願いしに、お願いをしに通うようになったのは、それからのことです。
 
ちょっとしっかりよく聞いて
悪い話じゃないからね
たいようピカピカ
雨ザーザー
風はソヨソヨ
良い気持ち
みーんな仲良く
大きくなあれ
 
山の神様の祠へ行くと、不思議な歌が聞こえてくるという噂は、聞いたことがありましたが、本当に聞こえてくるとは思いませんでした。
 そうして、サントスのことをお願いしている時、ふと気づいたのです。別に友達に頼ったり、甘えたりすることがあったって、いいじゃないかと。それよりも、お友達が苦しいときに傍にいて、支えてあげられるようになることが大切なんですよね。ずっと今までは、サントスが一匹で生きていけることばかりを考えていましたが、みんなと一緒に生きていけるようにと願う方が遙かに楽しいに決まっています。
 うちに帰ると、サントスから、思いも寄らない言葉を聞きました。
「僕、今度の運動会で、リレーの選手になるんだ」って。
ブット君に頼んで、代わってもらったのだそうです。きっとサントスは、私の病気を、彼なりに理解していたのでしょう。だから、精一杯に頑張っている姿を私に見せたかったんだと思います。運動会の日は、本当に嬉しくて涙が止まりませんでした。快く代わってくれた、ブット君、本当にありがとう。ブット君やラウス君やネット君たちがいるので、きっとサントスも、これからずっと大丈夫だと、本当に安心しました。どうか、これからも、サントスと仲良く遊んでやって下さい。よろしくお願いします。
ネイラ先生のクラスのお友達のみなさまへ
サントスのお母さんより。」
 サントスがブットやラウスと一緒に、交代することなくリレーの選手に選ばれたのは、次の年の運動会のことでした。きっと、天国から見ているサントスのお母さんも喜んでいるの違いありません。おしまい。
 

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