長い余生

 部屋を片付けていて、ポケットアルバムを発見したら、眺めはじめてしまうのが人というものだろう。その中に汗だくのユニフォーム姿で写っている集合写真を見つけた。
 高校3年生のとき、バスケットボールの最後の大会で負けた直後の写真だ。負けた後とは思えないほどさっぱりした顔の僕がそこにいる。

 高校の頃まで、かなりまじめにバスケットボールをしていたことは、何度か書いた。
 僕の高校のバスケット部は、「バスケットをやりたいと思った人間が自然に集まった作為のない部」だった。他の私学やスポーツ推薦的な制度のある学校と比べると、とても牧歌的で、仮に甲子園なんかに出たら応援されてしまうタイプの学校だった。バスケットだから甲子園には出ないのだけれど。
 そんな不熱心な学校にしては、僕らの代は粒ぞろいで意外と強かった。
 強かったけれど、県の上位にはそれこそスポーツ推薦で集められて、ウチのチームよりレギュラーの平均身長が10cm以上高いようなチームが何チームもあった。普通に考えればそういうチームにかなうはずはなく、僕だってそこまで夢見がちではなかった。バスケットは、点数が多く入る分、番狂わせが起きにくいスポーツだ。強いチームは順当に勝つ。少なくとも僕はそう理解していた。つまり1番になれないことなど分かりながらやっていた。たぶん勝ち負け以前にバスケットボールそのものがおもしろかったのだろうと思う。

 最後の夏の大会。実力的に勝ち目のない学校とベスト8をかけて戦った。(僕らの時代は、1試合が前後半の20分ハーフだった。)
 前半、ジリジリと離され10点差辺りをウロウロとしていた。僕らはタイムアウトのたびに「前半を何とか1ケタ差で乗り切ろう。後半絶対に追いつけるから」と、自分たちを鼓舞し続けた。
 そして、予定通り8点のビハインドで前半を終えた。僕たちは「OK、OK。最後よく1ケタ差まで追いついたよ。これで後半、まだ戦えるよ」と、まるでリードしているかのようなテンションだった。

 そして後半がはじまった。後半も前半と同じような展開が続いた。

 ピー!
 試合が終わり、審判が笛を吹く。
 スコアはちょうど16点差。なんということはない。僕らは前半と同じだけの点差を後半にもつけられ、順当に負けた。つまり相手チームとの正確な実力差が「20分につき8点分」だったということだ。
 負けた瞬間、まったく悔しくなかった。
 それどころか前半で言っていた「1ケタ差で乗り切ろう。そうすれば絶対追いつけるから」などという根拠のない自信が妙に恥ずかしかった。きっちり16点差だったことが、余計に滑稽だった。
 順当だな、と思い、むしろすがすがしかった。

 写真の中では、やりきった顔をした僕が笑っている。
 なんとなく写真をクシャクシャに丸めてしまいたい衝動に駆られながら、アルバムをしまった。

長い長い余生の途中 高3の夏に敗退してからずっと
(連作「Cager -籠の人-」より)

この記事が参加している募集

部活の思い出

そんなそんな。