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夢の旅人 ルナ

「ちょっとルナ!あなたまたお弁当食べるの忘れたの?」


「あ〜、母さんごめん。忘れてたね。」


… 全くもう。

キッチンに置かれたお弁当箱は朝持たせたままのズッシリとした重さで返ってきて心配と同時に腹立たしくもあり。


息子のルナは時々こういうことをする。食べ盛りの高校男子というのに信じられない。

小さい時から何かに夢中になると他が全くお留守になるのだ。

自分の世界に入ってしまってこちらから呼び戻さないと自力では出てこられなくなる。

さすがに高校生ともなると少しは周りが見えるようになってきたが、昼休みに絵を描くことに夢中になるとこうしてお弁当を食べ忘れる事は未だにあるのだ。


そう言えば約束の森は結局、私には見えなかったんだな…。


ルナは赤ちゃんの頃から手がかからない子だった。ほとんどいつも大人しく寝ていた。とてもよく寝る子で夜泣きなど一度もした事がない。


幼稚園に入るまでとても口数が少なく、心配して主治医の先生に相談した事がある。

先生は笑顔で「ルナ君はね、大丈夫ですよ。今は一生懸命頭に溜め込んでいるんでしょう」と言って呑気に笑っていた。親としては同年代の子供と比べてしまうので、靴下が上手く履けなかったり字が書けなかったりお喋りが遅かったりすると気が気でない。来年の春から始まる幼稚園での集団生活に適応できるのかと心配で仕方がなかった。

幼稚園に上がる半年前からのプレ保育に参加した時のこと。先生の読み聞かせの時間になると決まってルナは違う世界に行ってしまう。

他の子供達が前のめりになって先生の持つ絵本に釘付けになって夢中で聞いている中、ルナは一人ずっと天井を見つめていた。

ルナの視線の先にあったのは天井に吊るされた空気攪拌のための大きなプロペラだ。グルグルと回るプロペラを飽きることなくじっと見つめ続けていた。

絵本の読み聞かせが終わると先生は子供たち一人ずつに必ず感想を聞いた。みんなそれぞれの感想をうまく言葉にして発言していく。

そしてルナの番になると先生はいつも同じことを仰った。

「ルナ君、今日もプロペラ回ってるね!」

そうしてルナはにっこり微笑んで満足そうに頷いた。

周りの子供たちも嬉しそうに笑う。後ろでその様子を見守るお母さん方はクスクスと遠慮がちに笑うので、ちょっと恥ずかしかった。でもルナが満足そうで嬉しそうなのでよしとしよう。あとで気が付いたのだが、ルナは目が悪くて先生の持つ絵本の絵がよく見えなかったらしい。なので天井のプロペラを見つめながら物語を聞き、一人空想の世界にどっぷりとハマって天井のスクリーンに映る絵を眺めて楽しんでいたのだろう。


小学校に上がる頃には眼鏡をかけるようになったルナは絵を描くのが大好きだった。可愛い動物のような鳥のような植物のような、不思議な生き物たちを描いて見せてくれた。どれも色鉛筆やクレヨンを使って色とりどりに上手に描いた。その絵を褒めると嬉々として益々のめり込んだ。何時間も集中して描くので心配になるほどだったが好きな事は途中で中断せず、納得がいくまでやらせることにした。その癖が高校生になった今でも抜けないでいるのだろう。


10歳くらいからルナはその絵にお話をつけて聞かせてくれるようになった。あまりにも面白いのでどうやって考えたのか聞いてみると意外な答えが返ってきた。


「考えたんじゃないよ。本当に見たことだよ」


ふ〜ん、そうなんだ。

ルナには見えるらしい。仲良しのミィちゃんとチィちゃんと3人で空想の森へと出かけて行くといつもたくさんの仲間たちがいるという。

話ができる花ちゃんというウサギや、ひまわりのような黄色い花びらを頭につけたペータという鳥のような生き物やクッキーが大好きな前歯が可愛いモグというお友達の話をしてくれた。


「お母さんにもいつか見せてあげるね。とても楽しいところだよ!」


「そう、ありがとうね。今度連れてってね」


きっと夢で見た世界が鮮明に記憶に残っているのだろう。子供の頃は夢と現実の境目があやふやになる事がある。自分の子供の頃の記憶を思い出して懐かしいような切ないような、幸せだった遠い日々に思いを馳せた。


ある日のこと、学校から帰るといつものようにお友達と遊んでくると言ってルナはランドセルを放り投げて出かけて行った。

そのあとすぐに玄関のチャイムが鳴った。何か忘れ物をしたのかと思い、ドアを開けるとそこには誰もいない。

おかしいな…なんだろう。

ドアを閉めようとしたその時、足元に何かいる気配を感じて視線を落とすと赤い丸い物体が目に入った。

よく見ると黒い水玉のような斑点がある。 てんとう虫? 何だ?


「 こんにちは。僕はセブンと言います。ルナ君に頼まれてきました 」


喋った!


「 …何の御用でしょう? 」


「 あなたには見えないから、僕があなたの目の代わりになります。これから行く世界に僕が案内します 」


「 ルナはどこへ行ったの? 」


「 心配はいりませんよ。みんなルナ君の友達ですから。でもこの世界の人たちはみんな目が良すぎて逆に見えないんだよね。ルナ君は僕たちと遊ぶときには眼鏡を外しているんです。そうすると僕たちがちょうどよく見えるんだって 」


「 はあ、そうですか… 」


プレ幼稚園の頃の読み聞かせを思い出す。先生の話を聞きながらずっと天井を見上げていたルナ。あの時もきっとよく見えていたんだろうな…。


「 どうします? 行きたいですか? それともやめますか? 」


その時、頭上に色鮮やかな鳥が視界に入ってきた。

驚いて目を凝らすと、それは何と魚ではないか!

ピンク色の尾びれをひらひらとさせて花びらのように舞いながら空中を泳いでいる。


「 まあ、あなた空を飛べるの !?」


すると綺麗な色をした魚はムッとした顔をして言った。


「 魚だって空ぐらい飛べるわよ!」


「 はあ、ごめんなさい。そうよね。そんなにカラフルで立派な尾びれがあるんだもんね。飛べて当然だわ 」


何だか分からず納得しては見たものの、これは一体夢か現実か、何だか分からなくなってきた。

目の前に見えるものと自分の常識とがぐちゃぐちゃに混ざって頭の中がマーブル模様になっていく。色鮮やかなマーブル模様はどんどん形を変えて気がつくと深い森の入り口立っていた。


ここはどこなの? ルナはどこにいるの? 大丈夫なの?

案内役のてんとう虫のセブンは呆れ顔で言った。


「 まだ見えないんだ。目の前にいるのに。ほら、お友達のモグやペータや花うさぎやモンモンもいるよ。モンモンはお母さんに見せたいからって何年も咲かせられなかった花をヤル気満々でさっき咲かせたんだよ!綺麗でしょ!」

目を凝らして必死に探そうとするけれど、残念ながら何も見えなかった。

悲しくなって呆然と森の入り口で立ち尽くしていると、また頭の中がマーブル模様に渦を巻き出した。



「 お母さん、お母さん、起きて!お腹すいたよ 」

ハッとして気がつくと目の前にルナがいた。


「 ルナ、無事だったんだ。よかった〜!」


そう言ってルナを両手でしっかりと抱きしめた。


「 痛いよ、お母さん。どうしたの? 早くご飯作って 」


「 ごめんごめん、いつの間にか寝ちゃったみたい。すぐ作るから待っててね!」


慌てて夕飯の支度に取り掛かる。時計を見ると3時間も経っていた。

よく思い出してみると、夢の中に出てきたものたちはルナが小さい頃描いていた不思議な生き物たちだった。このところすっかりその話をしなくなったのはルナがそれだけ大きくなったということか。少し寂しく思いながらキッチンに立っていると後ろからルナが一言呟いた。


「 お母さん、今度はちゃんと見えると思うよ。またセブンに迎えにきてって言っとくから。楽しみにしててね 」


思わず握った包丁を落としそうになった。慌てて我に返り後ろを振り向いてルナの顔を見た。


「 うん、わかった。今度は必ず、ね!」


嬉しそうに微笑むルナの頬がふわっとピンク色に染まった。



おしまい


* ***** *


この小説は#めがね男子愛好会。に入会してくださった月見まるさんにプレゼントするために書きました。

月見まるさんは独自の世界観を持つアーティスト。その個性溢れる可愛いイラストは一度見たら忘れられません。

この物語に出てくるルナの仲間たちは月見まるさんが生み出したオリジナルキャラクターで下のマガジンで見ることができます。是非、この物語りと照らし合わせてお楽しみ下さい。


#めがね男子愛好会




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