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For a moment in a week



そのバーはビル・エバンスしかかけない店だった。

だから私は通ったのだけれど。

そして私が毎週金曜日の夜にそのバーに通った理由はもう一つ。

そう、彼が必ず来ていたから。



L字型のカウンターの曲がった奥が彼の指定席。


私は店に入る前に、通りに面したウィンドウに掛けてある木製のブラインドの隙間から薄暗い店の中の様子を伺う。

カウンターの奥に人影を認めるとドクンと心臓が跳ね上がるのを感じて一呼吸する。


真鍮のドアノブに手を掛けて重いドアをゆっくりと押す。

カウンターの中からマスターが笑顔で声をかけてくれる。


「いらっしゃい」


「こんばんは」


私は低めのトーンでゆっくりと気怠げにマスターに挨拶する。柔らかな微笑みを携え、視線はマスターに向けているが心は違う。そう、意識はドアを開ける前から彼に集中して。


角から3番目のスツールにゆっくりとヒップを滑らせて腰掛ける。彼の視線を自然と受け取れるポジションに。


「こんばんは」

彼が私に低く声をかける。


「あら、こんばんは」

私は、さも今気づいたように装って、彼に柔らかな視線を投げる。

そう、別に気にしちゃいないと言わんばかりに、できる限りあっさりと。

彼は自分のロックグラスに視線を落として微笑む。


「マティーニを」

マスターにオーダーして再度彼に視線を滑らせると、一瞬の間を置いて自分のグラスから私に向かってこれ以上ないほどに熱い視線をくれる。

その熱に背中が痺れる。 あぁ、たまらない。

私もこれ以上ないほどにゆっくりと濃厚な瞬きをして彼に応える。

セクシーに片方の唇で微笑みながら、彼は甘いウインクを私に投げ返す。


それはまるで熱いkissを交わすように。

視線だけで感じるエクスタシー。


ほの暗い柔らかな空気に、ビル・エバンスのピアノトリオが軽やかな調べを奏でる。


このひとときのために日常の喧騒を我慢する。

この一瞬のために日頃のあらゆる雑音を我慢できる。

この時間に全ての嫌悪が相殺される。


この瞬間のため。

あなたとのこの一瞬さえあれば。

次の一週間もきっと耐えられる。


極上の時間。極上のマティーニ。


また一週間、私は生きていける。



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