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わたしの歌が何も与えませんように

「この曲、めっちゃ感動した」
「ここの歌詞、自分だ、ってつい思っちゃった」

 具体的には

「1000RTじゃん、鬼バズじゃん」
「この曲伸びそう、今のうちに古参アピしとこ」

 具体的には

「        」
「              」



 芸術は、数字で評価される。

 誰も正体を知らないバンクシーの絵だって、みんなが知ってるピカソの絵だって。

 25億。215億。ちょっとした国が作れそうな数字で評価される。

 その評価は間違っているのか。はたして芸術家はそれを望んでいるのか。その評価すらも芸術と捉えるべきなのか。

 本物のバンクシーがどう思っているかは知らないけれど、わたしはあんまりこの評価は好きじゃない。

 だってこんなに素晴らしいものに数字という固定された価値を与えていいなんて到底思えない。

 見る人によってどう思うか、その数字は変わるはず。もしわたしがピカソだったら耐えられない。

「あ〜、いつまでこんなこと考えてんだろ、馬鹿みたい。」

 白色の画面にぼんやり映った、黄色や緑の波形へと焦点を合わせ直す。あと少しで完成なのに。

「うわ、ここのコーラス消えてるじゃん、最悪」

 クローゼットの中にあるマイクを眺める。黒くて、どこまでも直線。見慣れているはずなのに、今はなんだか妖怪のように見える。

 パソコンの画面に視線を戻す。左下のアイコンから、録音ソフトを立ち上げる。

「あー、あー、マイクチェック」

 何度も聞いたメロディーが喉を駆け抜ける。E、F、E、D、D、C、C。D、C、D、C、E。何度も歌い直す。

「ちゃんと撮れてるかな」

 パソコンの画面を覗き込んで、再生ボタンを押す。うん、ちゃんと撮れてる。撮りたてほやほやのmp3をさっきの画面にドラッグして、離す。テンポを合わせて、保存。ちょっと聴いてみよう。

 我ながらこの曲は上出来だ。なかなかかっこよく作れた。前奏のベースラインを凝ったおかげかな。どれだけ時間をかけたかわからないくらい。

「ちょっと京子、いつまで起きてるの!早く寝なさいよ、明日も学校でしょう!」

 シークバーが半分を過ぎたところで、そんな怒鳴り声が聞こえた。わたしは「はーい」と水分の抜けた返事だけして、作業を再開した。

 タイトルは「わたしの歌」。「みんなの歌」の対義語みたいで面白いから。

 でも、誰かの「わたしの歌」にしてほしいわけじゃない。これはあくまで、「わたし」の歌でしかない。他人からの評価を気にしたら、何もできなくなっちゃうから。

 隅々まで確認を済ませたあと、人気の動画投稿サイトを開く。急上昇の動画はどんなのだろう。ちょっとだけ期待して開いたけれど、昨日とほとんど変わっていなかった。それどころか、先週の急上昇にも乗っていた動画すら残っている。半年前までは、目まぐるしく変わっていたのに。わたしの好きなインターネットはもうなくなってしまったのか。

 落胆した気持ちを落ち着かせながら、自分のプロフィール画面に飛ぶ。完成したばかり曲を投稿する。概要欄には「わたしの歌が何も与えませんように」と少しかっこつけた文章を書き込んで、他のSNSのリンクを貼った。

 することをし終わったからか、今までの集中が嘘のように眠気が襲ってきた。わたしはその眠気に身を預けて、ベッドに転がり込んだ。

 翌朝、母親の金切り声で目を覚ました。いつも起きている時間より5分遅かった。急いで朝ごはんを食べて、顔を洗って、着替えて、気づいた。なんだかスマホがうるさい。

 母親の視線をかいくぐって覗いたスマホの画面には、今まで見たことのない数の通知が並んでいた。すべて、昨日投稿した曲への反応だった。

 その曲のMVを見てみると、再生数は6桁を超えていた。いつもなら、2桁、良くて3桁なのに。

 こんなにたくさんの人に聴いてもらう予定じゃなかった。だって「わたしの歌」だから。わたしのための歌だから。

「京子!遅刻しても知らないからね!」

 そんな声と一緒に家を追い出された。今でもこんなに再生数が伸びていることが信じられない。

「なんか『わたしの歌』ってタイトルからエモい。」
「なんかストーリーがありそうなのはわかるんだけど、私バカだから考察班頼んだ」

 あぁ、これだ。この感覚が嫌なんだ。エモい、なんか、ストーリー、そんな軽い言葉で評価されるのが怖かったんだ。

 わたしの歌は、そんな簡単な言葉で表せるものなんかじゃないんだ、もっと、わたしの心の奥底に触れる何かが、上手く言い表せないけど、そんな簡単なものじゃないんだ。それなのに、それなのに。

「中毒性ヤバ」
「神すぎる、、、」

 違う、そうじゃない、そうじゃないんだ。これはわたしが作った、わたしのための歌で、みんなの歌なんかじゃない。

 わたしが作った、真っ白でなにもない歌なのに、いろんな人が聴く途中で、いらない色がたくさん付く。ぐちゃぐちゃになって、最後には真っ黒になってしまう。きっとそうに違いない。

「京子、おはよ」

 後ろから、少し低い声が聞こえた。

「あぁ、ララか」

 ララはTwitterでちょっとした人気者。漢字は羅々だけど、本人は「キラキラしてて気持ち悪い」って言っててあんまり気に入ってないらしい。わたしの「京子」よりはよっぽどかわいいのに。

「ダイナ先生の新作聴いたよ」
「外でその名前で呼ばないでってば」

 わたしのハンドルネームは「ダイナ」。京子、恐竜、ダイナソー。だからダイナ。本当にいそうな名前だし、大人になって改名できるようになったらダイナにしようって考えたこともある。ララのハンドルネームは「ラムネ課長」だったかな。

「マジで良かった、てかめっちゃバズってない?」
「そうなんだよね〜、頭痛くなるようなコメントばっかりで困っちゃう。」
「あんだけ投稿しといて、いざバズったらそれかよ」

 ララがケタケタと笑う。ララの笑い方はちょっと独特だ。でも、そんな笑い方を聞くと、ちょっとだけ安心する。ちょっとだけだけど。

「ラムネ課長だって、ツイートすれば毎回軽くバズってんじゃんか」
「あれをバズりだなんて言っちゃいけないって、古のアルファツイッタラーが黙ってないよ」
「そんなことある?」

 わたしもララにつられて笑う。わたしたちはいわゆる「陰」の人間だけど、決して嫌なことはない。ララがいるから、毎日楽しい。

「でも、わたしは本当にあの曲好きだよ」
「珍しいね、ララが素直なんて」
「ほんとに良かったんだって」
「あんないい曲、無料で聴いちゃっていいのかって思うくらい」

 肩まで伸ばした髪がさらりと風と一緒に流れる。

「ボランティアじゃないよ」

 ララの白い肌が少し眩しかった。

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