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ラテンアメリカで大切なことはすべて『マファルダ』から学んだ

ちょっと言い過ぎ感もあるタイトルですが、でも、どうしても『マファルダ』のことを書いておきたいのです。というのも、アルゼンチン出身の漫画家ホアキン・サルバドール・ラバド(Joaquín Salvador Lavado)さん、より知られた名前としてはキノ(Quino)が、9月30日に88歳で亡くなったからです。生まれ育った地のメンドーサ(Mendoza)で最後を迎えたそうです。

キノは何と言っても、漫画『マファルダ(Mafalda)』の作者として、特にラテンアメリカ地域では超有名です。僕も大好きな漫画で、大学の学部生の時に発表の場をわざわざ設けて『マファルダ』について話しました。なので、思い入れのあるキノの『マファルダ』について、当時、発表のために調べたことも振り返りつつ書いてみたいと思います。

漫画『マファルダ』とは

『マファルダ』は、アルゼンチンで1964年から1973年までの9年間、週刊誌プリメラ・プラナ(Primera Plana)や全国紙エル・ムンド(El Mundo)などで連載された漫画です。作者はペンネームで「キノ」、本名をホアキン・サルバドール・ラバドといいます。国民的漫画であり、新聞連載もされていたということを考えれば、日本でいうところの『サザエさん』といった感じでしょうか。

ただ、アルゼンチンのみならず、1966年には単行本がスペイン、メキシコ、コロンビアなどでも出版されました。その後、1969年にはイタリアでも出版され、スペイン語圏以外のヨーロッパにも広がっていき、世界的なブームとなります。

実は、日本でも『マファルダ』がアニメとして放映されたことがあります。1970年代、NHK総合にて、『おませなマハルダ』という邦題で日本語吹き替え版が放送されました。マファルダの声を演じていたのは、あの松島トモ子さんでした。

また『マファルダ』の邦訳本も出ています。2巻までしか出ていないのが、ちょっと残念です。ぜひとも僕に続きの翻訳やらせて欲しい!!

『マファルダ』の連載がスタートした1964年から数えて、50年という記念の年の2014年、キノは、スペインのアストゥリアス皇太子賞のコミュニケーションおよびヒューマニズム部門(Premio Príncipe de Asturias de Comunicación y Humanidades)を受賞しました。

ちなみに、2014年という年は、4月にコロンビア人のノーベル文学賞受賞作家のガルシア・マルケス(Gabriel García Márquez)が亡くなり、11月にはメキシコの俳優・コメディアンでチャボ・デル・オチョ(Chavo del 8)でも有名なロベルト・ゴメス・ボラーニョス(Roberto Gómez Bolaños)が亡くなったりなど、いろいろと思う年でした。

さて、『マファルダ』は政治批判、社会問題、哲学・思想など、様々なものがたくさん詰まった漫画で、子供はもちろん、多くの大人たちからも支持されています。ガルシア・マルケスに「知恵の宝庫」 と言わせしめ、イタリアの記号論哲学者のウンベルト・エーコは、主人公のマファルダを「現代の英雄」と賛辞したほどです。哲学を感じさせる漫画としては、米国人漫画家チャールズ・M・シュルツ(Charles Monroe Schulz)の、かの有名な『ピーナッツ(Peanuts)』がありますが、『マファルダ』は『ピーナッツ』と比較されることもあります。

マファルダの登場人物

主人公のマファルダは、6歳(連載開始時)の女の子です。大人たちに対して、哲学的な難しいことや社会問題に関する質問をしたり、大人に対してもの申したりなどして、大人たちを翻弄します。野菜スープが大嫌いです。

マファルダの家族は、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに暮らす、中産階級です。家族構成は、パパ(37歳・会社員)、ママ(?歳・専業主婦)、マファルダ、弟のギジェ(Guille)、そしてペットのカメのブロクラシア(Burocracia)です。

マファルダの友達たちもレギュラーで登場します。勉強が苦手な男の子で、スネ夫みたいな髪型のフェリペ(Felipe)。実家が商店でお金が大好き、見た目はどちらかというとジャイアンみたいなマノリート(Manolito)。「女の子らしさ」を追求するぶりっ子のスサニータ(Susanita)。とても大人しい性格のミゲリート(Miguelito)。他にも登場人物はいますが、とりあえずここまでとしておきます。

マファルダが連載されていた当時の時代背景

『マファルダ』が連載されていた当時のアルゼンチンは、第二次ペロン(Juan Domingo Perón)政権(1952-1955)が失脚した後、経済が下降し、軍事クーデターが相次ぎ、激しく政権交代が繰り返されていた時代でした。ペロンについては、エビータ(Evita)の愛称で知られる、妻のエバ・ペロン(María Eva Duarte de Perón)も有名ですね。

ちょっと余談ですが、1955年にクーデターによってペロンが国外追放されてから、しばらくして『マファルダ』の連載が始まりました。そして連載が終了した年の1973年は、ペロンが亡命先のスペインから帰国を許され、大統領に復帰し、第三次ペロン政権が始まる年でもありました。『マファルダ』が連載された期間は、ペロンが政権を握っていた時期、その合間の期間とちょうど重なります。何か、因果があるのでしょうか。

そんな時代を背負った中で、マファルダが登場します。マファルダは、軍事政権などものともせず、社会や時代に対してストレートかつ厳しい言葉を投げかけていきます。エーコが「マファルダは間違いなくゲバラを読んでいる」と表現しているように、マファルダの精神の根底にあるのは「抵抗」であり「革命」なのです。

マファルダの政治へのまなざし

さて『マファルダ』の中のエピソードを紹介したいのですが、そのまま漫画の画像を載せるわけにもいきません。どこまで文字でお伝えできるのかわかりませんが、進めていきます。まずは、マファルダの政治に対する厳しい目を表している漫画です。

マファルダと友達たちが、テーブルを囲んでぼうっと座っています。そこへママがやってきて「何の遊びをしているの?」と尋ねます。マファルダたちは「政治ごっこ!」と答えます。するとママが「でも、何もしていないじゃない?」と問いかけると、マファルダたちはこう言います。「だからまったく何にもしやしないのが、政治ごっこ」。

これは、もちろんラテンアメリカだけでなく日本でも、政治が何も国民に寄与しないとか、政治に期待できないとかいうような言葉は、どの国でもどの時代でもあって、それをこの漫画ではストレートに表現しています。

『マファルダ』は、当時のラテンアメリカの政治についても示してくれます。

通りをぼうっと眺めるマファルダの前を、人びとが通り過ぎていきます。一人目は「軍人」、二人目に「労働者」が通ります。そして三人目に「司祭」が通ります。最後に「猫」が通り過ぎるのを見たマファルダは、ママに「猫は何の政治権力を担っているの?」と問いかけます。

これは政治に影響を持つ勢力としての、軍部・労働組合・カトリック教会のことを描いています。繰り返される軍事クーデター、1958年のキューバ革命の成功に影響を受けて盛り上がる労働運動、そしてカトリック教会が持ち続ける影響力、という時代背景が垣間見えます。

マファルダにみるガウチョ言葉

『マファルダ』には、ガウチョの言葉も登場します。ガウチョとは、アルゼンチンやウルグアイなどで牧畜を生業として生活していた、いわばカウボーイのような人たちです。日本でちょっと前に流行った「ガウチョパンツ」のガウチョです。例えば、こんなエピソードがあります。

7月9日のアルゼンチンの独立記念日をお祝いしているマファルダが、椅子の上に立ち上がり「祖国万歳!」と叫びます。そして、帰ろうとしたところ、ふと思いなおして、再び椅子の上へ。そして「¡CANEJO!」と叫びます。

この「CANEJO」がガウチョの言葉です。ガウチョはスペイン人と先住民との混血でもあります。このエピソードの最後のコマでは、マファルダは「先住民の言い方でやるの忘れてた…」とつぶやきます。このセリフもオチとして利いています。

この「CANEJO」は、最も有名なガウチョ文学「マルティン・フィエロ」にも出てきます。「CANEJO」の意味なのですが、訳すとすれば「ちきしょう!」とか「くそ!」みたいな感じでしょうか。「carajo」の遠回しの表現です。

また別のエピソードでは、こんなのもあります。

マファルダとフェリペがカウボーイごっこをしています。撃たれたマファルダが「¡LA PUCHA!」と言って倒れたところ、フェリペが「カウボーイは『アアウウ!』って言わなきゃだめだよ! どこにそんなLA PUCHAって言って倒れるカウボーイがいるのさ!」と言います。すると、マファルダは倒れながらも「アメリカかぶれもいい加減したら?」とフェリペに言ってオチがつきます。

フェリペが演じる「北のアメリカ」のカウボーイと、マファルダが演じるアルゼンチンのガウチョの対比がおもしろいですね。この「LA PUCHA」も「マルティン・フィエロ」に出てきます。意味としては、「なんとまあ!」とか「やれやれ!」とか「卑怯な!」とかいう意味合いになるでしょうか。「puta」の遠回しな表現です。

マファルダと社会問題

『マファルダ』を通して、当時の社会問題も見えてきます。

ある日、マファルダは「幼稚園は大学ではないよね?」とママに尋ねます。ママに「そんなわけないでしょ」と言われたマファルダは、ほっとします。そして次のようにママに懇願します。「お願いだから大学には入れないで! だって大学を卒業したら、この国を出なきゃならないから!」。

これは当時のアルゼンチンにおける、いわゆる「頭脳流出」が背景にあります。大学や大学院を卒業した専門家や技術者が、高収入や恵まれた設備環境などを求めて、または国内の軍事クーデターなどの政情不安の影響もあって海外へ、特にアメリカ合衆国へ多く移住しました。この頭脳流出は、ウルグアイ、チリ、ペルー、コロンビアなどでも問題となっていましたが、とりわけアルゼンチンでは深刻でした。

当時の米国の出生地ごとの外国人の人口統計を見ると、マファルダの連載開始当時の1960年代、米国内のアルゼンチン生まれの人口は、南アメリカ地域全体の合計のおよそ20%近くを占めていました。1950年7月から1966年6月までの間に、8089名のアルゼンチン人の研究者などの専門職が米国の永住ビザを取得して移り住んでいます。

『マファルダ』は、実社会との強い関わりもあります。1976年の国連総会で「国際児童年」を定める際、ユニセフがキノにポスターのイラスト制作を依頼しました。キノの意向により、著作権はユニセフに移譲されました。

このように、漫画の中でマファルダが訴えていたような「社会を変えていきたい」という思いが、実世界ともつながっています。マファルダは、漫画という枠を飛び出しているとも言えます。

マファルダについての著述

『マファルダ』は、様々にインスピレーションを与えてくれるものです。『マファルダ』について著述されたものも様々ありますが、その中でも、僕が読んだものに限られますが、特に日本語として読めるものを、2冊ご紹介します。

▼落合一泰『ラテンアメリカン・エスノグラフィティ』弘文堂、1988年

著者は、文化人類学者の落合一泰氏でメキシコのマヤの研究者として知られている方です。本書では様々な観点からラテンアメリカ世界が鮮やかに描かれているのですが、その中に「キノのおののき『マファルダ』試論」が収録されています。この試論では、キノが『マファルダ』で用いている、斬新で革新的な漫画表現について述べられています。こればかりはここで文字だけで説明するのは難しいので、ぜひとも本書を手に取ってみて欲しいです。マファルダのいくつかのエピソードとともに、その解説が付されています。

革新的な漫画表現というと、僕は、赤塚不二夫の『天才バカボン』を思い出します。日本初の「実物大漫画」と称して、見開きでどアップになったバカボンのパパとバカボンの会話を描いていく、あのくだらなさとカッコよさ。「ほぼ日刊イトイ新聞」でも語られているので、以下、参考までに。

▼ブリュノ・ラトゥール『近代の〈物神事実〉崇拝について――ならびに「聖像衝突」』(荒金直人訳)以文社、2017年

著者は、フランスの哲学者・人類学者のブリュノ・ラトゥール(Bruno Latour)氏です。本書についての説明は長くなりそうなので、ちょっと省きます。本書の中で『マファルダ』の一つのエピソードが取り上げられています。

煙草をくゆらせているパパを見て、マファルダは「何をしているの?」と質問します。パパは「煙草を吸っているんだよ、でもなんで?」と、なぜそんなことを聞くのかとマファルダに返します。すると、マファルダはこう言います。「なんでもない。ただ、煙草がパパを吸っているように見えただけ」。最後のコマでは、パパが必死に煙草を切り刻んでいる様で、オチがつきます。

このエピソードから、ラトゥールは「能動(すること)」と「受動(されること)」の対立ではなく、そこに「中動」の概念を持ち込んで考えることを提起しています。様々なもの(人・動物・もの)がお互いに結びつき合っている中で、それぞれがお互いに関係し合い、影響し合い、お互いに「させ合っている」とも言えます。『マファルダ』のエピソードから、「パパ」と「煙草」との関係性、さらには「中動」についてまで、考えは広がっていきます。

「中動態」については、國分功一郎『中動態の世界 意志と責任の考古学』医学書院(2017年)もありますね。

おわりに

今回紹介したのは『マファルダ』のほんのごく一部の側面です。9年間の連載は膨大な量で、僕もすべてを見ることはまだできていません。全部のエピソードをまとめた『Todo Mafalda』も出版されています。コロンビアを訪れる度に、現地の本屋さんでそれを見かけては「買って帰ろうかな…」と思いますが、結局、荷物になるからと断念するのを繰り返しています。

たくさんあるエピソードのそれぞれが、アルゼンチンやラテンアメリカ、さらには世界のことを知るためのきっかけになるのではと思います。ガルシア・マルケスが言ったように、マファルダは「知恵の宝庫」です。『マファルダ』のことに少しでも関心を持ってもらえて、その知恵の宝庫の中から一生の宝物をひとつでも見つけられたら、こんなに嬉しいことはありません。

参考文献

エルナンデス、ホセ(1962)『マルティンフィエロ』(興村禎吉訳)協同組合通信社。

落合一泰(1988)『ラテンアメリカン・エスノグラフィティ』弘文堂。

キノ(2007)『マファルダ1 悪いのはだれだ!』『マファルダ2 いつだって子ども!』(泉典子訳)エレファントパブリシング。

国本伊代(2003)『概説ラテンアメリカ史』新評論。

グリーンバーグ、マイケル(2001)「マファルダの世界へようこそ」『アステイオン』56号、ティービーエスブリタニカ、187~191ページ。

中川和彦(1970)「ラテンアメリカにおけるヨーロッパ出身者の法学者:ホアキーン・ロドリーゲスとロベルト・ゴールドシュミット」『成城大学經濟研究』第33号、69~90ページ。

ブリュノ・ラトゥール(2017)『近代の〈物神事実〉崇拝について――ならびに「聖像衝突」』(荒金直人訳)以文社。

松本アルベルト(2005)『エリア・スタディーズ アルゼンチンを知るための54章』明石書店。

ラテンアメリカ協会(1967)『ラテン・アメリカ時報』第10巻第36号。

Bernardi, Marina Alejandra y Soledad Macharelli (2008) "El Mundo de Mafalda", Buenos Aires: Universidad Nacional de La Plata.

Foster, David William (2011) "Mafalda: Buenos Aires, The 60s", Revista Iberoamericana, vol.77, pp.235-240.

Hernández, José (1968) Martín Fierro, Buenos Aires: Eapasa-Calpe Argentina.

Pellegrino, Adela (2001) "Exodo, movilidad y circulación: nuevas modalidades de la migración calificada", Notas de Población, vol.28, pp.129-162.

Quino (1973) 10 años con mafalda, Barcelona: Editorial Lumen.

Quino (1992) Todo Mafalda, Barcelona: Editorial Lumen.

U.S. Census Bureau, Historical Census Statistics on the Foreign-born Population of the United States: 1850 to 2000, February 2006 <https://www.census.gov/content/dam/Census/library/working-papers/2006/demo/POP-twps0081.pdf>.

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