見習い天使と共感力のお話
見習い天使は、言いました。
「人間になって戻ってくる魂は、私にはとても不思議なきらめきを放っているように見えます。それは、私がここでは見たことのない色です。どうしてなのでしょうか。」
より熟達した天使が、こたえました。
「彼らは、私たちとは違った構造で世界をみることを選んだんだ。それを体験して、新しい色を携えて戻ってくる。」
見習い天使は、人間たちの構造についてもっと深く知りたいと思いました。
熟達した天使は、こう言いました。
「きみに、共感力をあげましょう。これを持って、人間界を飛んできてごらんなさい。
ただし、絶対に、人間の人生に介入しないように。きみが何を感じたとしても、決して手を出さず、見るだけにすること。」
「はい。」
見習い天使は、与えられた共感力を胸に、人間界へと入っていきました。
とても長かったようでも、短かったようでもあります。
天使には時がありませんから、どのくらいの間そこにいたのかはわかりません。
天使は、世界中の、あらゆる人の気持ちを感じました。
感情というものを、初めて体験しました。
それは、激しく、生命にあふれていました。
どの人にも共感できる天使は、たびたびその場に立ち止まらなければなりませんでした。
あまりに大きなかなしみに、刺すような痛みを感じたり、
あまりに大きなよろこびに、我を忘れて見入ったりしていたからです。
滞ってしまった感情、渦になった感情に翻弄され、自らを、ときには仲間を傷つけている人たちも見ました。
そういうとき、天使は思わず手をのばしかけて、ぐっとこらえました。
そこにいると、その中にのまれてしまいそうでした。
ですから、天使は涙を流したまま、ただ視点を切り換えました。
そうすると彼らのコアが見え、複雑に絡み合った彼らの道、その奥にある「消えることのない光」を確認することができました。
そして息をととのえて、その場を去りました。
天使が途中で気づいたのは、これだけたくさんの種類の感情が飛び交っているのに、よく観察していると、それらはすべて「愛」の変形であるということでした。
この複雑なゲームに、天使は感心しました。
ただ圧倒されていたときにはわからなかったのですが、さまざまな形のホログラムのようにぼうっと浮かび上がる「感情」には必ず「芯」があり、それが愛なのでした。
宙に浮かんでいる「感情」をうまく手でつかまえると、まわりを覆っていたものが雪のようにとけて、すうっと消えていきます。
手のひらには一片の愛だけが残るのでした。
天使は次々と感情を手でつかまえて遊びました。
そうやってみると、感情はとてもきれいでした。
どれもひとつひとつ形が違い、みずからの色彩を変えて光っていました。
この遊びを覚えてから、天使は遠く飛び去って、人間界全体を映す視点に切り換えてみました。
そこに現れたのは、無数の色がきらきらと交錯し合うそれはそれは美しい場所、複雑に絡み合いながらパターンを織り成す図形でした。
「そろそろ戻る時分だ」
天使はつぶやいて、もときた場所へと帰ってゆきました。
「どうだった?」
熟達した天使はたずねました。
見習い天使はこたえました。
「見たことのないものをたくさん見ました。
こことはあまりに違う表現の……それでもやはり天国でした。」
見習い天使の肩には、ここにはない様々な色のかけらがついて、今もちかちかと輝いていました。
(この物語は、2006年から2009年の間に私、masumiが自サイトに掲載していた創作の再掲載です。
2011年に開設した現在のブログ内で行った、これらの物語の紹介はこちら◆「物語をアップします」)
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