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勝手に10選〜昭和のロック 邦楽編(前編)〜

(前記)
昭和という時代が平成という時代に移行したのは1989年1月8日の事である。
筆者も少年時代を昭和の中で過ごしたが、63年強という昭和の時代の中では微々たる時間だ。

そこで、今回は後追い知識も加えて、昭和におけるロックについて考えてみたい。

まず、日本の音楽界にロックというジャンルを確立する最大の契機となったのは矢沢永吉さん率いるCAROLの登場による。 
時代はロカビリーだ、フォークソングだ、GSだ、と歌謡曲を軸にロックの存在自体が曖昧な位置にあり、若者は長髪、ベルボトルに、フォークギター、などなど。
そんな時代にリーゼント、レザーのセットアップでマイクに唾を飛ばしながら、完璧なロックンロールを歌うCAROLが登場した事は実に衝撃的であり、たった2年ほどの活動期間でありながら、多くの不良少年、少女のハートを鷲掴みにしたのだ。
その中には若かりし氷室京介さんや、チェッカーズのメンバーもいた訳で、CAROLがいなければBOOWYもチェッカーズも存在しないのだ。実にその功績は計り知れない。
完全に日本の音楽史にロックを確立させたのだ。

そして時は流れ、歌謡曲、アイドルの全盛期でロックの立ち位置が狭まっていた昭和の最後に登場したのが氷室京介さん率いるBOOWYである。
当時の日本の音楽界におけるロックの立ち位置をあっさりと変えてしまい、ロックにて日本における音楽界のトップを奪い、その後のバンドブームの火付け役となり、そのビートとルックスで日本中の若者のハートをCAROLの様に鷲掴みにした。
"BOOWY前"、"BOOWY後"という形容詞まで作り、日本のロック史に燦然とその名と、誰にも消せない功績を残したのだ。

矢沢永吉さんは、
「日本のロックはCAROLの次はBOOWYで、その次がTHE BLUE HEARTSだ」
と断言している。

しかしながら、CAROL、BOOWY以外にも昭和の時代にロックしてる先輩方はいたはずだ。どんなジャンルにカテゴライズされていても、ロックしてたんだ。絶対に。

今回は、そんな昭和にタイムスリップして、昭和のイカしたロックを勝手に10選する。
いかんせん、筆者のジャパニーズロックに対するパッションが強すぎ、ついつい文章が長くなってしまったので、今回は2回に分けて投稿する。
なお、CAROL、BOOWY、は筆者にとっての存在が大き過ぎて、別の機会にじっくりと書きたいので、今回は敢えて省く。チェッカーズも大好き過ぎる為、今回も省く。

・グッドナイトベイビー
ザ・キング・トーンズのファーストシングル。
なんと1968年に発表された楽曲だ。
しかも、前身のグループである内田正人さんが中心に結成されたザ・ファイブ・トーンズが結成されたのが1958年という、もはや50'sに日本でリアルなドゥーワップグループが存在していた訳だ。
この曲はもやは完全にR&B、ドゥーワップである。
ビートルズのデビューが1962年と考えると、いやはや、日本もやるじゃないか!と叫ぶしかない。
Aメロは、ムーディなドゥーワップを披露し、サビになるとテンポアップし、コーラス、そしてそのグルーヴも圧巻だ。歌詞も実に洒落ている。R&Bの真髄を遺憾無く披露して、実に緩急がものを言う大名曲だ。

・BAN BAN BAN
1967年にザ・スパイダースによるシングル"いつまでもどこまでも"のカップリングとして発表された。
スパイダースは1961年に結成された。
ビートルズの誕生が1960年で1962年にデビューと考えると、ほぼ同時期だ。
1965年にメンバー、ギタリストであるムッシュかまやつこと、かまやつひろしさんの作詞作曲の"フリフリ"でデビューを果たす。
なおスパイダースのボーカルは主に堺正章さんと井上順さんだ。

さて、この曲は1967年に発表されたシングルのカップリングでありがら、その後の代表曲のひとつとなる。
ギターのリフを主軸とし、歌詞もイカした実に陽気なロックンロールを披露している。

なお、後にチェッカーズが”FLASH!”ツアーのライブでカバーしている。

この時代に台頭したバンドはGS(グループサウンド)として、一括りにされがちだが、それぞれの音楽性や背景、過程、スタイルも異なり、一緒くたにするのは如何なものか。
しかしながら、間違いなくスパイダースはロックバンドであり、かまやつさんは真のロックンローラーなのだ。

・シンデレラ
クールスの始まりは1972年に舘ひろしさん、岩城滉一さんらが中心となって結成されたバイクチームだ。全員リーゼント、黒の革ジャンにデニムで、原宿を拠点にして、かなり注目を浴びる存在だった。

そんなクールスの転機は、キャロルのラストライブでキャロルの親衛隊を務めた事である。

これは、ローリングストーンズのライブにおける親衛隊ヘルス・エンジェルの様にキャロルにも親衛隊を、とのアイデアを矢沢永吉さんが思いつき、舘ひろしさんに依頼して実現した。
そしてキャロルのラストライブの打ち上げで、余興でクールスが演奏しているところをスカウトされ1975年デビューとなる。

そんなクールスが1975年に発表したアルバム"黒のロックンロール クールスの世界"に収録されたのがこの"シンデレラ"である。
近田春夫さんが作詞作曲を手掛けた、非常に明るい実にゴキゲンなロックンロールで、歌詞もシンプルにイカした名曲である。サックスも華やかさを添えている。

なお、後にTVでF-BLOOD(藤井フミヤさんと藤井尚之さんによる兄弟ユニット)によりカバーが披露され、後に発売となるクールスのトリビュートアルバムで、藤井フミヤさんがこの曲を歌っている。


・ROSSIE
1980年に発表されたザ・ルースターズのシングルだ。
1979年に前身のバンドである”人間クラブ”というバンドが、当時ヤマハが九州で開催していたコンテスト"L-MOTION"でグランプリを受賞した。その後にリードボーカルが大江慎也さんに変わり、正式にザ・ルースターズは誕生した。
翌年のデビューシングルがこの曲だ。
非常に疾走感のあるスカロックだ。破茶滅茶な生活を送る女性を諭す様な過激な歌詞と、曲の持つややダークな演奏が融合し、独特の世界観を生み出している名曲だ。
今聴いても古さを感じないどころか新鮮ですらある。実にイカしたナンバーだ。

後のブランキージェットシティ、ミシェルガンエレファント等のバンドに多大な影響を与えているのがよく理解できる。

・朝まで踊ろう
舘ひろしさんが1977年に発表したシングルだ。作詞も舘ひろしさんである。
今では実にカッコイイ、ダンディな俳優、というイメージであるが、"シンデレラ"の項で記した様に、舘ひろしさんのルーツはバイク、革ジャン、ロックンロールであり、一通りのヤンチャな時期、様々な経験を経ているが故に、現在の舘ひろしさんの魅力、深みがあるのだ。

曲は至ってソリッドかつシンプルだ。が故に、舘ひろしさんの甘く、切なく、時に力強く、色気満載のボーカルが輝く。
歌詞もワードのひとつひとつが洒落ていて、「今夜君は俺のものさ」というフレーズに見事に帰結する。実にカッコいい。
非常に熟したツイストを踊る姿も流石である。

それでは、後編に続きます。





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