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〜警察と、お弁当。〜

そしてその日は突然来た
おじいちゃんがお母さんに殴りかかりだした
ちゃぶ台返しではなく
ダイニングテーブル返しをして。

折れた椅子の足。
ぐちゃぐちゃになった机の上にあった
夕ご飯の残り物。

お母さんの指の爪が1本なくなっていた
血だらけで、それでもおじいちゃんは
お母さんへの暴力をやめなかった。

お母さんの首を絞めて包丁に手をかけようとするおじいちゃん。
それを止めるためにおじいちゃんの手を必死で止めるお母さん。

「警察呼んで!はやく!!!!!」

お母さんが叫んだ

「何が警察や!大袈裟やな!!」
と、じいちゃんが言う。
「警察呼んどかんと、その包丁であたしの事殺すつもりやろ!!!」

怖かった。
じぃちゃんがお母さんに暴力ふるって
首までしめて、爪もなくなって
包丁を持とうとしている。

小学生だった私はパニックになりながらも
お母さんを助けなきゃと思い
警察に電話した。

「私のおじいちゃんが、お母さんを殺そうとしてて助けてください」

私は泣きながら電話をかけた。

それから10分経ったのか15分経ったのか・・・

お母さんが殺されるまでに警察、早く来て!!!
と願っていた。

警察が到着した途端
じぃちゃんはお母さんの首を絞めていた
手を離した。

そこからじぃちゃんは
うちから出ていってもらうことになった。

名古屋へ行ったようだ。
私は、これで、もうじぃちゃんから殴られないんだ!!と、安心した。

それから私は中学生になった
中一の最初の頃だけはお母さんがお弁当を作ってくれてた。それが凄く嬉しかった。

だけど、ある日突然、500円玉が机の上に置いてあって
「お昼コンビニで買って下さい。」

・・・・・・。

お母さん、仕事で疲れてるもんね・・・。

その日からお弁当を作ってくれることは
なかった。

毎日コンビニの菓子パンと飲み物だけ。

「あんたの家って弁当作ってくれへんの?」
ってゆう友達の問に

「お母さん、仕事で忙しいから」って答えるのが少し、辛かった。
だってみんなお弁当が当たり前のようにあったから。

中学2年生になる頃には帰宅したら
机の上に1000円札があった
「これで夜ご飯3人分買って食べてください」

小学生まではお母さんは夜ご飯を、いくら疲れてても作ってくれてた。
お母さんのご飯が大好きだった。

私はスーパーにいって
1000円以内で買い物をして
私と弟三人分の食事を作るようになった

そしてまたいつものように
机の上に1000円札があった
同じように買い物してご飯を作る
でも次の日の朝が来てもその次のも
お母さんが帰ってくることはなかった。

電話にもでない。メールも返ってこない。
私は自分の家に居るのが嫌になった。

仲良くしてた友達の家に何ヶ月も
居候させてもらった。
そのお母さんは優しくて、
「好きなだけおってええからね。」
と言ってくれた。

今思えば、ご飯も洗濯も中学でのお昼ご飯も
全てやってくれた。
いくつになってもそれは覚えているし
とっても感謝している。

それでも着替えを取りに行く為に
たまに家に帰ることもあった。
長男は居なくて次男だけが家に居た。

「あんたご飯どうしてんの?」と聞くと
幸いにもお米だけはあったので

「ご飯炊いて塩かけて食べてるから大丈夫やで!」と、不満なく言う弟


泣きそうになった。


お母さん、なんで私達を産んだの?
私はずっとそれを考えていた。


_________続く。

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