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はじめてのひと匙

はじめての食事を覚えている人はいないだろう。どんなにグルメな人も腕の良いシェフもそうだ。私だって覚えていない。

それなのに、気がついたら食べることが大好きになっていたのだから不思議なものだ。
そして私は今日、運良く人のはじめてのひと匙に立ち会った。

息子である。
初めてのメニューは10倍がゆ。冷凍の離乳食用おかゆを解凍して、お湯を足し、茶こしで濾す。器に落ちたおかゆはとろとろしたポタージュ状で、葛饅頭のように鎮座している。
これが記念すべき彼の初めてのひと匙。ミルクも彼にとっては立派な食事だけれども、お皿とスプーンを使っての食事はこれが初めてだ。

実は今日という日を、今か今かと待ちわびていた。息子はもう首も座り、我々の食事風景にも興味津々で、よだれもダラダラ、月齢的にも離乳食を始めて良い時期だったのだけれど、乾燥からの湿疹が酷くなってしまって、アレルギーと見分けがつきにくいのでお医者さんと相談してそれが治まるのを待っていたのだ。

お肌もつるんと綺麗になった今日この頃、せっかくだから、夫も休みの今日を、離乳食を始める日に選んだ。

「ひとさじって、このひと匙?ほんとに?」

記念すべき初めてのひとくちは夫にお願いした。私はその楽しい光景を存分に見守りたかったのだ。
最初はベビー用スプーンにひと匙から始める。本当に、わずかな、ささやかなひとくち分である。

最初は下唇をスプーンでトントンとして、それから口の中に入れて、上顎に軽く引っ掛けるようにして食べさせるんだって、と写真で図示している本を夫に見せると「ああそれなら、毎日やってる」と慣れた手つきでスプーンを息子の唇へと運んだ。

夫は介護の仕事をしているので、オムツ交換もお着替えもお風呂に入れるのもお手の物。それは息子もよく知っていて、夫が帰宅すると喜んで目で追うほど懐いている。

なるほどご飯をあげるのも上手なのか。唇をトントン、とし口が開くのを静かに静かに待ち、開いた瞬間スプーンをするっと入れる様は鮮やかだった。

なんぞ、これ。
はじめておかゆを口に入れられた息子は明らかに戸惑っていた。見事に眉をひそめている。かわいい。
しばらくもぐもぐとして観察した後、半分ほどをうべえと吐き出した。
舌で押し出すのはどうも楽しいようだった。
その後は口に残った分をもぐもぐして、なんだこのねばねばしたものは、と哲学でもしているような顔をしながら飲み込んだ。

まあ、こんなものだろう。まだ、食べるものだと認識されていない感じもする。結構吐き出されてしまったので、もう少し食べさせてみたけれど、最終的に唇を一文字に結んで断固拒否されてしまった。
小さい身体で立派に拒絶している姿は大変かわいらしく、はやくもスプーンとねばねばが彼の中で結びついたようで感心した。べとべとの口元を拭うと、またいつもの笑顔で楽しそうににこにこしている。ああ今日も最高にかわいい。

その後2人で残ったおかゆを食べてみた。夫は味がない、と先ほどの拒絶が悲しかったのか否定気味だったけれど、私は美味しく感じた。
口に含むと溶けるように消えるので、これなら食べるのに不慣れな赤ちゃんでも摂取できるだろう。

あっけないほどに短時間で終わってしまったけれど(なんたってひと匙なのだ)なんとも楽しい時間だった。この日のために、ベビーフードを見比べ、離乳食の本を読み、わけがわからないまま食器を選んで、明日ははじめての離乳食ふふふ、とわくわくして準備した。これもひとつのエンターテイメント。育児は初めてのことの連続で、面倒でストレスだけれども面白い。こんな楽しい行事もいつか日常に変わる。
どうか元気に成長しておくれ。

#エッセイ #離乳食 #はじめてのごはん #育児 #夫婦 #子育て #グルメ

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