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バカみたいな事例で刑法を考えてみる。

事例(Aの奇行)

A(24歳、男性)は友人B(24歳、男性)を驚かそうと、Bとその兄C(27歳、男性)が2人で住むB宅の庭に落とし穴を掘ることにした。

AはB、Cが不在の間にB宅に合鍵を使って無断で立ち入り、庭の物置小屋の近くに落とし穴を掘って帰った。

Aが掘った穴は深さ約3mで、落下した人物が自力で脱出するのは難しい構造だった。また、穴の底には、落下の衝撃による怪我防止のクッションとして落ち葉を敷いた。

なお、このときAはBがCと同居していることを知らなかった。

その日の夜、Bは庭にある物置小屋へ行こうとした際に落とし穴に落下した。このときBは右手の掌に大きさ約1cm程の小さな擦り傷を負った。

その約30分後、Bが戻って来ないことを不審に思ったCも物置小屋へ向かい、同じ落とし穴に落下した。このときCは左手の掌に大きさ約1cm程の小さな擦り傷を負った。また、暗闇の中不意に落下してきたCの身体がBに当たり、Bは左手首骨折の重傷を負った。これに驚いたBは、Cを不審者と勘違いし、複数回殴打した。Cは鼻の骨を折る重傷を負った。

その約1時間後、異変に気付いた近所の住人達によってB、Cは救助された。

Aの罪責を検討せよ(特別法違反の点を除く)。


解説等

1.はじめに

本事例は、他人の家の庭に勝手に深い落とし穴を掘ったAの奇行について検討する問題。自分で事例を作っておいてなんだが、Aはどうやってそんな深い落とし穴を掘ったのだろうか。Aは土木作業員か何かなのか?(笑)

さて。

刑法では、その人の性格とかじゃなくて、その人のやった行為ごとに細分化して犯罪の成否を考える。

その証拠に、刑法での「犯罪」とは、構成要件に該当し、違法で、有責な行為、と定義される。

ちなみに構成要件(Tbって書かれることがある)っていうのは、簡単に言えば条文に書かれている行為のこと。

細分化すると、主体、客体、実行行為、結果、因果関係、故意になる。

殺人罪(刑法199条)なら、「人を殺」す行為。これは客体、実行行為、結果、因果関係、故意を含んだ書き方になると思う。

殺す相手が「人」なのか(客体の話)、実行行為は当該行為が結果発生の現実的危険性を有するといえるか、結果は、相手が死亡しているのか、因果関係は相手が死んだのはその行為によるものといえるのか(実行行為が有する危険性が結果に対して実現したものといえるか)、故意はこれら客観的な構成要件該当事実についての認識認容があったのか、みたいな感じになるかと思う。

違法(可罰的違法性Rって書かれることもある)ってのは、その行為が処罰に値するか否か、って話。
社会的に相当とされる範囲を逸脱した法益侵害に違法性を認める(社会的相当性説)。

有責(責任Sって書かれることもある)は、その行為が非難に値するか否か、って話。

で、検討順番は必ず、構成要件該当性⇒違法性⇒責任、の順!

あと、基本的に構成要件が認められれば、違法性と責任は認められますね。

違法性や責任が否定される場合が例外、って感じ。

前置きが長くなったけど、今回検討するべきなのは、事例中のAの行為に犯罪が成立するかどうか。

で、今回事例中でAがやった行為と言えば、B宅に無断で立ち入った行為と、庭に落とし穴を掘った行為、になる。

だから、この2つの行為に犯罪が成立するかしないかを考えればOK。


2、B宅に無断で立ち入った行為について

この行為について問題となる犯罪が住居侵入罪(刑法130条前段)だ。

ちなみに余談だが、受験生は条文を摘示するとき、~条~項、だけじゃなくて、~条~項前段とか、~条~項柱書とか、~条~項但書とかまで指摘するように気を付けよう。

あと、受験生は住居侵入とか建造物侵入とか忘れがちなので要注意。

さてさて、住居侵入罪の成否。

予備試験とかだと、住居侵入罪の検討は3行くらいで済ませるべき脇役的犯罪なんだけど、よくよく考えると奥が深い犯罪。

ただ、あまり深く書きすぎるとわかりにくいと思うので、判例に則って簡単にまとめます。詳しく知りたい人は基本書とか読んでください。(笑)

住居侵入罪の構成要件は、①「正当な理由がないのに」、②「人の住居…に」、③「侵入し」たこと④故意だ。

あ、受験生、条文の文言を引用するときには「」忘れずに!

さて、①「正当な理由がない」っていうのは違法性が阻却されない場合をいうので、これはイレギュラーだけど、違法性の段階で検討したい。結論から言うと、①要件も違法性も認められると思います。

②「人の住居」ってのは、人が起臥寝食に使用する場所のことをいう。

B宅はB、Cが住んでいて、起臥寝食に使用する場所といえるから、「人の住居」にあたる。

③「侵入し」た、とは、住居権者の意思に反する立ち入りのことをいう。

本件で住居権者B、Cは、危険なめちゃめちゃ深い落とし穴を作るためにやってきたAの立ち入りを拒むと考えるのが自然だろう。また、友人とはいえ、勝手に自分の家に立ち入ってほしくはないだろう。さらにAはCがBと同居していることを知らなかったのだから、CはAとBよりも親密ではないと考えられるところ、この結論はなおさらだ。

したがって、Aは③「侵入し」た、といえる。

④故意についても問題なく認められるだろう。

以上より、AのB宅立ち入り行為は住居侵入罪の構成要件を充足する。

ちょっと上述したけど、違法性、責任を否定する事由も存在しない。

したがって、本件AのB宅立ち入り行為には、住居侵入罪が成立する。


3、Aが穴を掘った行為について

この行為について問題となるのは、傷害罪(刑法204条)の成否だ。

さらに細分化すると、Bに擦り傷を負わせた点、Cに擦り傷を負わせた点、Bの手首を骨折させた点、Cの鼻を骨折させた点において問題となる。

ここも判例に則って検討していきますね。

(1)Aが穴を掘って、Bに擦り傷を負わせた点について。

傷害罪の構成要件は「人の身体を傷害した」こと

ここでの結果としての「傷害」ってのは、人の生理的機能の障害をいいます。

落とし穴は通常ターゲットがそこに落下することを目的につくられるが、その際にターゲットが手を付く等して擦り傷を負うことは容易に起こり得る。

本件Aの穴掘り行為にもこうした、落ちた人物が擦り傷を負ったりして生理的機能障害を引き起こす危険性があるといえ、傷害罪の実行行為性が認められる。

本件でBが負ったのは、大きさ約1cm程度の小さな擦り傷にすぎないとはいえ、同人の生理的機能障害は生じているといえる。よって傷害結果が認められる。

さらに、因果関係についても、本件Bの擦り傷はAの穴掘り行為が有していた危険性が実現したものといえるから、認められる。

故意について。Aは衝撃緩衝材として落ち葉を敷いていることから、落とし穴に落ちた人が衝撃で怪我をするリスクについては認識していたといえる。しかし落ちる際に擦り傷を負うリスクについては認識認容していなかった可能性があるため、問題となる。いわゆる因果関係の錯誤の問題だ。

この点、故意責任の本質は、行為者が犯罪事実を認識し規範に直面したにもかかわらず、あえて犯罪行為に出るという直接的な反規範的人格態度に対する道義的非難にある。(簡単に言えば、悪い事ってわかっててやったんでしょ、ってこと)

このことからすれば、行為者が想定していた結果発生の過程と実際に生じた結果発生の過程とが異なっていても、両者が同一構成要件内において符合しているならば、同一の規範に直面していたと評価できるため、故意は阻却されないと考える。

本件でAの想定していた落下の衝撃による怪我も、実際に生じた擦り傷も、傷害罪という同一の構成要件内において符合するものである。(いずれにせよAはBが怪我するリスクをわかってやったんでしょ、ってこと)

よって故意も認められる。

したがって、傷害罪の構成要件該当性が認められる。

次に違法性。傷害が小さな擦り傷っていう軽いものだから、社会的相当性を逸脱した法益侵害とは言えないんじゃない?って話。

ただ、落とし穴の大きさが異常に大きくて危ないとか、そもそも他人の家の庭に勝手に穴を掘るのってヤバいよねってことを指摘すれば、違法性は認められるだろう。

そして、他の要件は問題無く認められるだろう。

以上より、Aのかかる行為に傷害罪が成立する。

(2)Aが穴を掘って、Cに擦り傷を負わせた点について。

実行行為については上述の通り認められるだろう。

結果と因果関係についてもBに対する場合と同様に認められる。

問題は故意である。AはBがCと同居していることを知らず、Cについては落とし穴に落とすつもりが無かったともいえるからだ。

この点、上述の故意責任の本質からすれば、行為者が想定していた結果発生の対象と実際に生じた結果発生の対象とが異なっていても、両者が同一構成要件内において符合しているならば、同一の規範に直面していたと評価できるため、故意は阻却されない(法定的符合説)。そして、故意の個数についても、構成要件レベルで抽象化されているため問題とはならない(数故意犯説、対立する一故意犯説については基本書参照)。

本件では、BもCも「人」で、傷害罪の構成要件内で符合しているといえる。そして故意の個数も問題とならない。

したがって、故意は阻却されない。

違法性は上に述べた通り。

それ以外の要件はOK。

以上より、傷害罪が成立する。

(3)Aが穴を掘って、BとCを衝突させてBの手首を骨折させたという点について

これについて傷害罪の成否を検討する上で問題となるのは、因果関係と故意。

まず因果関係について。

前述のように、落とし穴を掘るという行為には、その穴に人を落下させる危険性がある。そして、穴がある以上、たとえ誰かが落下した後であっても、夜間視界が悪い等の状況下においては、他の者も穴に落下する可能性があるといえる。さらに、その場合には、新たに落下してきた者と最初に落下した者とが衝突することによって両者に生理的機能障害が生じるおそれもある。

Aの穴を掘る行為にはこのような危険性があるところ、本件では先に落下したBに後から落下してきたCが衝突し、Bの骨折するという生理的機能障害が生じている。かかる生理的機能障害は上述のAの行為の有する危険性が結果に対して実現したものといえる。

よって因果関係の存在が肯定できる。

次に故意についてだが、AはBとCが同居しているとは思っていなかったことから、BとCが衝突するとは考えていなかった、という点が問題となる。

こちらの問題については、前述の因果関係の錯誤の話を参照してほしい。

このように考えれば故意も肯定できるはずだ。

本件において、他に争いになるところはないので、傷害罪が成立する。

(4)Aが穴を掘って、Cが落ちてきてBを驚かし、BがCを複数回殴打したことをもってCの鼻を骨折させた点について

今回問題となるのは因果関係と故意(故意については上述の議論を参照してもらいたい。結論的には、故意は認められると考えられる。)。

で、問題の因果関係について。

これは、肯定できなくはないが、否定するのが自然な運びかなと思う。

キーワードとしては、介在事情の異常性

今回みたいに行為者の行為と結果の間に介在事情があるときには、介在事情の異常性や結果への寄与度を考える。

ま、今回は介在事情の結果への寄与度が非常に大きいので、介在事情の異常性で因果関係判断が左右されるかと。

で、因果関係否定の理由付けとして思い付くのは、介在事情の異常性が大きいことを指摘するもの。

例えば、Cの鼻の骨折はBの複数回殴打行為から生じているところ、Bのこのような行為は、夜間で視界不良があり、不審者と見間違えたとしてもやりすぎで、一般的に考えられるものではなく、異常であるみたいな感じ。

逆に、因果関係肯定の理由付けとしては、介在事情の異常性を小さく評価するもの。

例えば、夜間視界不良の中、突然誰かわからない人が穴に落ちてきたら相当ビビるし、そいつを殴打してしまっても不自然ではないよね、みたいな感じ。

他の要件は問題ないので、この議論次第で傷害罪の成否が決まります。

4、罪数

Aには、①住居侵入罪、②Bの擦り傷について傷害罪、③Cの擦り傷について傷害罪、④Bの骨折について傷害罪(、⑤Cの骨折について傷害罪)が成立する。

②~④(⑤)は、いずれも落とし穴を掘るという一つの行為から生じたもので、観念的競合(刑法54条1項前段)となる。

観念的競合ってのは、1つの行為が複数の犯罪に当たる場合。

①とこれらは手段と目的の関係にあるため、牽連犯(刑法54条1項後段)となる。

牽連犯ってのは、複数の犯罪が目的と手段の関係にある場合。


以上です。

コメントや意見、間違ってる場所などあればお願いします。


参考文献

・大塚裕史ほか『基本刑法Ⅰ(第3版)』、日本評論社、2019年

・大塚裕史ほか『基本刑法Ⅱ(第2版)』、日本評論社、2018年

・『H30年度版 趣旨・規範ハンドブック3 刑事系』、辰巳法律研究所、2019年


追記

違法性に関して、Aのそもそもの動機が友達を驚かすっていう目的だから、全て違法性が阻却されるんじゃないか?って思うかも知れない。

けど、前にも述べたように落とし穴の大きさが異常に大きくて危ないとか、無断で他人の家の庭に落とし穴作るのってどうなの?とかを考えると、社会的相当性は逸脱しているかなと。

つまり、違法性は阻却されないと考えるべき。

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