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第5回特別支援教育の質向上のための実践〜地域の特別支援教育実践事例共有〜 

毎回、多くの先生がた、教育委員会のみなさまにご参加いただいている、LITALICO主催の特別支援教育に関するセミナー。今回は、これからの特別支援教育の在り方がテーマです。第1部はインクルーシブ教育の専門家である野口晃菜さんより、日本が目指すインクルーシブ教育について、現在の課題も踏まえながらお話しいただきました。第2部は、先進的な取り組みを進める大阪府箕面市の事例を、箕面市教育委員会の田口順一さんよりご紹介いただきました。

開催日時:令和5年7月22日
場所:オンライン
参加者:約90名


第1部 今後の特別支援教育の在り方について

日本におけるインクルーシブ教育の方針は?

文部科学省では平成24年に、共生社会の形成を目指して、インクルーシブ教育システムに関する報告を発表しました。この報告においては、可能な限り障害のある子どもとない子どもが共に学ぶことを目指しつつ、個別の教育的ニーズに的確に応えられるよう、多様で柔軟な仕組みを作っていく、という方針が示されています。

日本においては、障害のある子どもは、基本的には「別の場」で教育を受ける形で発展してきました。別の場である、通級による指導や特別支援学級、特別支援学校においては、特別の教育課程を編成することが可能で、その子に合った自立活動や障害特性に応じた教科の指導をするため、別の場が適切であるとされてきました。
これまでの、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校という「別の場」は、インクルーシブ教育システムにおいても維持されます。一方で、より柔軟にそれぞれの場の行き来ができるようにしたり、特別支援学級や特別支援学校に在籍していたとしても、「交流及び共同学習」において、通常の学級と共に学ぶ機会をしたりすることにより、「可能な限り共に学ぶ」を実現する方針が示されています。就学先は、本人、保護者の意向を最大限に尊重しつつ、最終的な決定権は教育委員会にある、というのが日本の方針です。

それってインクルーシブ? 日本が抱える教育の課題とは

日本におけるインクルーシブ教育システムには解決すべき課題があります。

例えば、就学先の最終決定権が本人や保護者ではなく、教育委員会にあることもそのひとつ。現状では、本人が通常の学級を希望していても、特別支援学級の就学判定が出ることもあれば、その逆もあります。また、本当は「通常の学級で学びたい」という希望を持っていても、通常の学級では十分な合理的配慮や指導、支援が受けられないという理由で諦めざるを得ない状況もあるでしょう。
通常の学級における授業づくりや学級経営を、障害のある子どもが共に学ぶことを前提としたものに変革していくことが急務です。
さらには、教育課程の制度も課題です。通常の学級では、特別の教育課程の編成が認められていません。

令和4年9月には、国連からも、日本の「分離された特別支援教育」を問題視する勧告が出されました。さまざまな制度のなかに障害のある子どもの権利を位置付け、すべての教育段階においてインクルーシブ教育を受けられるように、国家行動計画を策定し、実行することが求められています。

合理的配慮の前提として大切な、基礎的環境整備とは

国連の勧告を踏まえ、令和5年3月に文部科学省より「通常の学級に在籍する障害のある児童生徒への支援の在り方に関する検討会議報告」が出されました。本報告においては、まず校内支援体制の充実の必要性について記載されています。

学校に通う子どもたちは多様で、障害のある子の他にも、外国にルーツのある子、性的マイノリティの子、など様々な子どもがいます。この当たり前の事実を再確認したうえで、すべての児童生徒に対し、高い学習効果が得られるように、分かりやすい授業づくりを進め、安心して学べる多様性を尊重した学級経営をしていかなければなりません。

文部科学省の報告では、学びの場の選択においては「段階的なプロセス」が重要であることが示されています。
まずは、通常の学級において、全体に対してできる工夫を実施します。さまざまな工夫をしてもなお、対応できない個別のニーズがある子に対しては、合理的配慮を行います。さらに特別の教育課程を編成することが必要な場合は、特別な場を検討します。

このモデルは「多層型支援システム」と呼ばれ、アメリカでは広く導入されています。まずはすべての子どもに対する基礎的環境整備を十分にすることが、インクルーシブ教育の土台です。
これまでは、学校で困難さがあれば、すぐに合理的配慮などの個別の対応や、特別な場での学びが検討されてきました。しかし、誰にとっても学びやすいインフラが整っていれば、合理的配慮が必要なくなることも少なくありません。

行事や時間割、校則をはじめとした、さまざまなルールなどが、多様な子どもがいることを前提としたものになっているか、もう一度点検してみましょう。学校だけでできないことは、教育委員会、文部科学省へと声をあげることも重要です。

合理的配慮は特別扱いではない

障害のある子への合理的配慮を考えるとき、「ほかの子になんと説明したらいいか」「特別扱いだと思われないか」といった質問がよくあがります。

合理的配慮は、障害のある人が一生使うことができる権利です。なぜ合理的配慮が必要かといえば、基本的には学校を含めた社会が障害のない人を中心につくられているからです。障害の有無によって、学びの環境に格差があるのが現実です。合理的配慮は、マイナスをゼロに戻すためのもので、決して特別扱いではありません。

合理的配慮をするには、建設的な対話が重要です。まずは本人や保護者からの意思表明があることが望ましいですが、意思表明がない場合は、先生から提案をするのもよいでしょう。ただし、支援者が「この子にはこれが必要」と勝手に決めて、勝手に配慮をするものではありません。
合理的配慮を行うには、まず学びのなかで感じている困難と、それを解決するために必要な手立てについて、本人、保護者、先生の対話のなかで合意形成を図ることが非常に重要です。そして、実際に実施してみてどうか、評価をし、改善点があれば改善していきます。合理的配慮とは、この一連のプロセスすべてを指す概念です。

4つの柱で支援を充実させる

上述の「通常の学級に在籍する障害のある児童生徒への支援の在り方に関する検討会議報告」では、インクルーシブ教育推進のための4つの柱が示されました。

1.   校内支援体制の充実
2.   通級による指導の充実
3.   特別支援学校のセンター的機能の充実
4.   インクルーシブな学校運営モデルの創設

1の「校内支援体制の充実」は、通常の学級の基礎的環境整備や個別のニーズに合わせた合理的配慮の提供などを指します。通常の学級でできる方策を十分に検討したうえで、通級による指導、特別支援学級の必要性を検討していく、という段階的なプロセスを踏めるように、支援体制を整えることが第1の柱です。

2の「通級による指導の充実」は、通級指導教室の利用が望ましい児童生徒が、自分の通っている学校のなかで通級による指導や巡回指導を受けられるようにしていこう、というものです。

そして、障害の程度が特別支援学校への通学に該当する子が、通常の学級を選択した場合も、その子に合った十分な指導が受けられるようにするための方策が、3の「特別支援学校のセンター的機能の充実」です。

最後の「インクルーシブな学校運営モデルの創設」では、特別支援学校と小中高のいずれかの学校を一体的に運営するインクルーシブな学校運営モデルの創設が検討されています。インクルーシブな教育実践のために必要な教育課程の編成方法や、指導体制の立案にも寄与するものと期待されます。特別支援学校のノウハウを通常の学校に広げていくためにも、有効な取り組みになるだろうと考えています。

第1部登壇
野口晃菜さん
博士(障害科学)
一般社団法人UNIVA理事、国士舘大学非常勤講師
LITALICO教育ソフトアドバイザー

小学校6年生のときにアメリカ・イリノイ州に渡り、障害児教育に関心を持つ。高校卒業後に帰国し、筑波大学にてインクルーシブ教育について研究。小学校講師を経て、LITALICOの研究所所長としてインクルージョンのための自治体・学校・少年院・刑務所との連携などに取り組む。その後、一般社団法人UNIVAの立ち上げに参画し、理事に就任。NHKの番組監修や記事、書籍の執筆、講演など、幅広い媒体で情報発信も行う。

第2部 箕面市の支援教育方針と学校での実践について

「箕面市支援教育方針」とは

第2部では、箕面市教育委員会の田口順一さんより、大阪府箕面市での特別支援教育推進の取り組みを発表いただきました。

箕面市では、令和5年2月に「箕面市支援教育方針」を策定しています。背景には、平成30年に特別支援学級に在籍する生徒を対象にしたいじめ重大事態事案が発生したことがあります。合理的配慮が不十分であったことなど、特別支援教育への厳しい指摘もあり、特別支援教育の在り方について検討委員会を設置し、課題解決に向けた方針が取り決められました。

箕面市支援教育方針では、5つの重点テーマとして、1.学びの場の充実、2.教職員の在り方、3.保育所・幼稚園・小学校・中学校における連続性、4.人権意識と障害理解、5.箕面市支援教育方針の推進に取り組んでいます。

学びの場の充実に向けて、通級指導教室を全校に配置したことは大きな成果のひとつです。また、支援員の増員、LITALICO教育ソフトの全小中学校での導入開始、特別支援教育コーディネーターへの特別支援学校教諭免許の取得助成、さまざまな特別支援教育研修の実施、専門家による授業指導などの施策が進められています。

通級指導教室が全校配置となったことで、新規配置された担当者の育成が急務となりました。令和4年度までの通級指導教室担当者を中心にOJTや学習会を実施した効果もあり、令和5年度もスムーズにスタートが切れたという手応えを感じています。年度始めは、子どもたちの実態を把握する期間と捉え、重点的に研修を実施しました。認知トレーニング、作業療法の視点を取り入れた自立活動など、専門家のアドバイスも受けながら、授業づくりや学級運営が進められています。

「ともに学び、ともに育つ」教育のために

箕面市では、「ともに学び、ともに育つ」教育を大切にしています。これは、障がいのある子どもたちと周りの子どもたちが、集団の中で一人ひとりを尊重し、ちがいを認め合いながら、自尊感情を高め、互いを大切にする態度を育む取組みです。また、地域社会の一員として人や社会とつながり、支え合いながら、生き生きと活躍できる共生社会の実現を目指すものです。「ともに学び、ともに育つ」特別支援教育の実現のため、まず取り組んだのが、特別支援学級、通級指導教室、通常の学級のそれぞれの場が、どのような位置付けになっているかの確認、整理です。そして、特別支援学級や通級指導教室での自立活動を充実させていくとともに、通常の学級においても障害のあるなしに関わらず、一人ひとりに合わせた支援をしていくことも確認されました。

言葉がけや授業づくり、子どもの実態に応じた支援時間の検討、丁寧な引き継ぎや、個別の指導計画の作成など、5つの重点項目も明文化されました。
障害理解を含む人権研修も行い、インクルーシブ教育を推進するために必要なことについて、教職員はもちろん、児童生徒も主体的に考えられるような機会も設けています。

また、箕面市では、市内数校を特別支援教育の推進校に指定しています。推進校では、ポジティブ行動支援、多層型支援を推進するとともに、子どもたちの集中や動きなどの行動面をAIで可視化するような検証実験もしています。LITALICO教育ソフトも活用し、さまざまな取り組みによって子どもたちのアセスメント結果にどんな影響が出るか、支援量がどう変わるかも検証しています。推進校では、通常の学級の児童生徒もアセスメントを実施し、合理的配慮などの検討を行う予定です。

RTIモデルをもとに通常の学級で実行可能な支援方法を検討

RTIモデルをもとに通常の学級で実行可能な支援方法を検討

箕面市では、通常の学級における支援をRTIモデルの考え方に基づいて進めています。

RTI(Response To Intervention)モデルとは、学習上のつまずきが見られる児童生徒に対して、徐々に指導・支援を行ってその反応を測ることにより、どのような支援が必要なのか(もしくは必要ではないのか)を客観的に判断していくモデルです。
RTIモデルでは、通常3層構造の教育的介入が想定されており、第1段階ですべての子どもに質の高い指導を実施することが重点となっています。これは通常の学級での支援を想定しており、多くの児童生徒が通常の学級で学ぶからこそ、充実させることが必要だと感じています。
通常の学級でユニバーサルデザインの視点を取り入れるなど、特別支援学級、通級指導教室、通常の学級の児童生徒を分けることなく、「ともに学び、ともに育つ」教育を推進するための方法を検討しています。

LITALICO教育ソフトの導入による変化は?

箕面市では、令和3年度からLITALICO教育ソフトを導入しています。
LITALICO教育ソフトでは、特別支援教育に携わる先生がたを3つのツールとコミュニティでサポートしています。
個別の教育支援計画、個別の指導計画を作成できる「まなびプラン」、特別支援教育に活用できる約1万点もの教材がそろう「まなび教材」、研修に活用できる「まなび動画」の3つの製品があります。

実際に「まなびプラン」を活用してみると、アセスメント結果が視覚化され、子どもの特性を保護者と共有できることで、目標、手立て、評価が明確になると感じました。保護者からも「分かりやすい」といった肯定的な声が寄せられ、よさを実感する先生がたが増えています。導入にあたっては、LITALICOの手厚い相談サポート体制もあり、先生がたも安心して使っていただくことができました。その子に合ったさまざまな教材が紐づいて提案されるので、先生がたの業務時間の短縮にもつながっています。

令和5年度からは全校で導入しています。新規導入の学校については、まずは新1年生、中学校への引き継ぎを控える6年生、特別支援学級への入級を検討している児童生徒が対象になっています。もちろん、保護者からの希望があれば、臨機応変に作成をするようにしています。

今後の課題は、個別の指導計画と日々の指導の連動などを、より一層強化していくことなどが挙げられます。教育委員会としても丁寧な調整を続け、さらに使いやすく、活用度の高いシステムにしていくことが重要だと考えています。

特別支援教育の推進のためには、最前線で子どもたちと向き合っている教職員との連携が不可欠です。 箕面市支援教育方針を実現するためには、今後も継続的に、さまざまな研究、検証を重ねていくことが必要だと考えています。

第2部登壇
田口順一さん
平成16年度より通常の学級の担任として教員のキャリアをスタート。平成28年度に大阪府箕面市に赴任。特別支援学級担任、特別支援教育コーディネーターとして勤務し、令和4年度より箕面市教育委員会子ども未来創造局人権施策室に配属。令和5年度から支援教育専門員に。

<ご案内>
特別支援教育に携わる先生方をサポートするために開発された「LITALICO教育ソフト」では、子どもの実態把握をアセスメントを通して行うことが可能です。子どもの実態に合わせた手立てをご参考にいただきながら支援方法や合理的配慮をご検討いただく際にもご活用いただけます。

「LITALICO教育ソフト」について気になる方は下記問い合わせ先よりお問い合わせくださいませ。
TEL 050-3138-4614(平日9:30-17:30)Mail iep_sys4school@litalico.co.jp
HP https://s-edu-soft.litalico.jp/

お問い合わせ先

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