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スタートアップの知財との付き合い方その②:エンジェル/シード期の知財費用について

 前回はスタートアップにとって知財は最初が肝心、という話をしました。ところが、最初に商標や特許を取ろうとしても、その予算があるの・・・?という状況に、多くのスタートアップが遭遇すると思います。

 お金ですが、基本的に特許権や商標権を取得しようとすると、①特許庁の手数料と、②特許事務所の代理費用がかかります。事務所によっても費用は変わってきますが、特許1件を取るのにだいたい60万円~80万円、商標1件では10万円~20万円ほどかかります(前回の写し)

 特に自己資金だけで立ち上げて間もないエンジェルやシード期のスタートアップの場合、使えるお金は数十万円~数百万円で、役員報酬はナシでとにかく早くPMFまでこぎ着けたい・・・!というのに、そこに特許とかに金を掛けてられるか!(ただし商標は、少なくとも会社名とかにはお金かけてください)という状況だと思います。特許に金をかけて、肝心のプロダクトが出来ないというのは本末転倒です。

 また、詳しくはまた後日書きますが、基本的に特許は、とりあえず1件だけあれば大丈夫という性質のものでは全くありません。特許は後から潰すことも出来ますし、その特許を迂回しようと思えば出来たりします。囲碁で言えば、自分の碁石一個だけ盤上に置くだけでは、(生き死にの活路になることはあっても)あまり効果があるとは言えません。

 なので、自分たちのテクノロジーを競争優位性の武器とし、新たに切り拓くマーケットの参入障壁を設けるには、自身の事業戦略に即した知財ポートフォリオ(特許・ノウハウ・ブランド)の構築が必要となります。

 そのためには、例えば特許は複数件出願して権利化する必要があります。するとそれだけで、数百万~数千万円の予算が必要となります。こんな金は、よほどのことがない限り起業したばかりのスタートアップにはありません。あっても使えません。ではどうするか。そこで、前回頭出しだけした、以下の2つのやり方があります。

1.出世払い(調達時支払い)
2.エクイティ(出資・外部専門家SO)

 今回はこれらの使い方を、スタートアップの資本政策と絡めながら、注意点等含めて書きたいと思います。なお、「2.エクイティ」については、もっと細かい話は今後改めて行いたいと思います。また今回は、知財の強化を考えているスタートアップだけではなく、スタートアップを支援したい弁理士さんも読んでいただけると嬉しいです。

スタートアップの資本政策

 既に起業されて資金調達を行っている/予定している方にとっては当たり前のことかもしれませんが、簡単におさらいします。

 スタートアップは、基本的に外部からエクイティ(出資)をメインに資金を調達し、その資金をもとに短期間でプロダクト・マーケット開発を行い、一気にグロースして成長する、という性質を持ちます。この外部からの資金調達は、複数ラウンド行われるのが一般的です。その資金調達を境目とするスタートアップのステージを、(エンジェル)/シード/アーリー/ミドル/レイターと呼んだりします。発行される優先株式の種類から、プレラウンドA/ラウンドA/ラウンドB・・・とも言ったりします。ちなみにこのあたりの呼び方、個人的には統一感が全然ない気がして、他の人と話しているときも「自分のイメージしているラウンドの話かな?」と気になることがあるのですが、皆さんどうなんでしょ?

 とりあえずこのあたりの細かい違いはググっていただくとして、知財で最も重要なフェーズとなるのが、エンジェルやシードのステージとなります。このステージというのは、例えばPMFを行う前の段階で、テクノロジーやビジネスモデルのコンセプトが固まり出したタイミングとなります。このコンセプトを特許として固めて置くことが重要となります。

 しかしながら、最初のエンジェルやシードのタームというのは、自己資金やエンジェルからちょいとお金を出してもらった程度のキャッシュしか手元になく、ライフステージにおいて一番少ない時期です。

キャッシュ

 という感じで、スタートアップはどうしても、知財が必要なタイミングでお金がありません。ただし、PMFが成功して次の調達が可能となれば、その資金で知財をカバーすることも可能となります。スタートアップはこのような成長が可能であれば、この知財にかかる費用を後払いにしてしまってもよいし、そもそもエクイティを対価としてしまってもよいわけです。これにより、起業した段階からビジネスとテクノロジーの両面について知財の保護を十分に行うことが出来ます。特にエクイティについては、資本政策や株主間の利害調整もあるので難易度は高めですが、これからのスタートアップのプロフェショナルサービスを受ける対価の選択肢として当然としてあってほしい!と思っています。

1.出世払い(調達時支払い)

 まずは出世払いです。要は資金調達したら払うからツケにしておいてね、ということです。以上




 嘘です。。。もう少し書きます。例えば、ある程度事業がうまくいきそうで、次の調達の道筋が見えているんだけれども、知財にはまだ手をつけておらず、その資金が十分でない・・・というようなスタートアップであれば、有効な手段だと思います。

 例えば、特許出願を行う際に、事務所手数料の半額を出願時に支払い、残りの半額を資金調達が完了して着金した段階で払う、というような契約を結んでおくことが考えられます。手数料の先払い/後払いの比率などは、スタートアップと弁理士の間での取極めでよいと思います(100%後払いは、流石に体力のある事務所でないと厳しいです)。

 また逆に考えると、次の調達を行う際に、予めどの程度特許出願を行う必要があるか、ということを投資家に説明して、その分の予算を調達で引っ張ってくるということも可能かと思います。そしてその資金で出願の対価を支払う、ということになります。スタートアップの知財支援に長けている弁理士であれば、知財の重要性/必要性と効果についての投資家に対する説明資料も作ってくれるかもしれないです。

 このように、短期間で成長し企業価値を向上させるスタートアップの体質を考えると、きちんと対価を支払うことを担保すれば、細かい契約をしたうえで、出世払いにしてもらうことも選択肢として十分あり得ると思います。

2.エクイティ(出資・外部専門家SO)

 要は、弁理士に出資してもらって株式を発行する、または弁理士にストック・オプションを付与する、というものになります。エクイティによる対価の支払いは、先程の出世払いとは少し意味合いが変わってきます。

 まず出資ですが、これは弁理士または特許業務法人から、知財ポートフォリオの構築のための資金を出資し、普通株式や優先株式を取得する、というものです。いわゆる知財ハンズオン支援のための出資となります。上のような出世払いでもハンズオン支援は可能だと思いますが、やはりエクイティは企業価値に直結するので、支援する側のモチベーションも変わってきます。

 例えば、iPLAB Startupsからはこんな形で支援させていただいたりしています。腕が細くて白Tがあまり似合っていない弊所代表。。

 ここで、知財のハンズオン支援というのは、いわゆるVCが展開するビジネス・経営面におけるハンズオンとは異なり、あくまでプロフェッショナルサービスの提供というところがポイントとなります。経営そのものに足を踏み込むのではなく、あくまで経営をサポートする知財の構築をお手伝いする、という位置づけになります。

 なので、例えば株式における議決権は必須ではないし、知財サポートの必要性がなくなれば、第三者への株式譲渡の制限が外されてもよいのでは、と思います。もちろんここは資本政策の考え方や、株主間契約の設計次第というところですが、いわゆる通常のExitでキャピタルゲインを狙うことが求められる投資家やVCとは少し立ち位置が異なるので、それに応じた株式の設計があってもよいんじゃないかなーと考えています。これは弁理士だけではなくて、他のスポットで支援を行うような士業さんであれば同様の設計が可能なのでは・・・?というのは甘い考えかもしれないですが、可能性としてはアリと思います。

 また、生株でなくとも、ストックオプション(SO)付与という選択肢もあります。最近、「社外高度人材に対するストックオプション税制の適用拡大」が始まり、外部の専門家(例えば、弁理士や弁護士の国家資格を有する者)に対して税制適格SOを付与することが可能となる制度がスタートしました。ちょっと認定を受けるのが面倒そう(助成金くらい?)なのですが、積極的な活用が期待されそうです。

 このように、株式やSO付与によるエクイティ対価による支払いというような選択肢は、外部から資金を調達してそれをレバレッジにして急成長するスタートアップの特権だと思います。もちろん、資本政策の見直しや株主間の利害調整というようなハードルもあるかもしれません(これだけでも何か書けそう)が、弁理士だけではなく、外部のプロフェッショナルサービスをこのようなエクイティで活用していく、という資本政策の設計が最初からあってもいいような気がします。

 また、スタートアップ側だけではなくて、弁理士サイドからも、このようなスタートアップのエクイティストーリーを理解した上で、どのようなタイミングにおいて、どのような知財支援の進め方ができるかを考える必要があると思います。正直「金払い悪いよね」というスタートアップに対するイメージがこびり付いているのが、弁理士サイドから見た現状です。決してそうではないし、それはスタートアップの生態系を知らないからそう思ってしまうのではないかなと思います。

 じゃあそのような資本政策を理解したうえで、弁理士が全部上のような出世払いやエクイティ対価を認めてくれるか、というとそんなことは決してないと思います。全部そんなのやられると、正直事務所がもちません、潰れます。こちらのキャッシュがなくなります。

 個人的には、

①どのような知財ポートフォリオが組めるか(単発案件は対象外)
②どのような成長戦略を描いているか

が見えないと、今回のような支払いを受け入れるのは難しいと思います。逆に、少し斜め上からかもしれないですが、壮大だけど実現できそうなビジョンが見えると、こちらとしても支援のやりがいを感じ、ぜひそのビジョンに賭けてみたいという気にもなります

 また、案件ごとの支払いとは別に、いわゆる顧問契約のような形でベースロードがあってもよいと思っています。いつでも相談できるような形にして、そこは実費を頂き、その分案件の先払い分をディスカウントし、残りはエクイティ払いにするなどなど。このあたりはまだ試行錯誤中ですが、弁理士の報酬設計については、もっと柔軟になってもよいのかなという気はしています(弁理士会も検討はしている模様

 ちなみにタイトルには「エンジェル/シード期の」と書いてありますが、もちろんその後のラウンドにおいても知財のサポートをがっつり所望される場合は、増資時に弁理士に生株やSOを付与する、という選択も可能だと思います!新たな弁理士の働き方として、こういった体系での報酬を得ることで、案件ベースで稼ぐだけではなく、その支援する会社の企業価値の向上の一介を担うという、支援先と自分とのWin-Winの関係を構築するのもアリだと思います。

次回予告:そもそもとして・・・?

 以上、エンジェル/シード期のようなお金がないときのスタートアップの知財費用について書きました。特にエクイティについては今回はコンセプトのみで申し訳ないので、もう少し細かい設計思想や、実際にこのようなエクイティで知財のハンズオンをどんな感じで、どのくらい期待されているのか・・・?についてはまた後日改めて書こうと思います。


 が、


 今回のこういった報酬体系というのは、あくまで「事業戦略に資する知財」を標榜する「IP経営」を実践するスタートアップにとってとても有効であるというのが前提でした。つまり、なんとなく1件特許を出すとかではなく、ビジネスを進める上で参入障壁となる/マーケットを拡大させるためのライセンスソースとなる知財をしっかり作っていくよ!というようなスタートアップを対象とするものです。

 でも、そもそも「IP経営」って何・・・?

 IP経営という言葉自体はかなり以前から存在はしており、その定義は様々なのですが、ここで定義したいのは、いわゆるスタートアップ向けの「IP経営」についてです。なのでかなり勝手な解釈とか入り込んでいますが、そこはご容赦いただければ。

 次回はこの「IP経営」について、そしてどんな特許を出していけばいいのか!ということについて書きたいと思います。ではでは。

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