スタートアップの知財との付き合い方その①:最初が一番大事
近所のスーパー銭湯に来ています。サウナ→水風呂→サウナ→水風呂→サウナ→水風呂→炭酸風呂という交互浴コンボを決めてだいぶリラックスしております。眠い。
前回のnoteで、「スタートアップこそ知財」という話をさせていただきました。スタートアップがコミットして得られる成果はまるまる知財だよ、ということでした。今回からは、そんな知財との付き合い方について、シリーズで書いていきます。付き合い方とは、そもそも何が知財なのか、どんな知財を権利として保護すべきか、どんな段階でやるべきか、どんだけお金がかかるのか、という概要から具体的な実務のところまでを含みます。
今回は知財の付き合うタイミングの話です。結論としては、知財を意識して行動に移すのは早ければ早いほどよい、です。それは知財の性質や知財に関わる制度が大きく影響しています。その前提を踏まえた上で、どのような段階で知財との付き合いを考えるべきか、説明したいと思います。
知財の性質と制度
知財というのはいろんなかたちをしています。技術だったりブランドだったりデザインだったり。それを公的な権利として保障するのが「知的財産権」です。ちなみに「知財権」という略し方は、少なくとも自分のまわりでは聞いたことがなく、一般的ではないです。そこで、このnoteでは、"IPR (Intellectual Property Rights)"と書きます。と言っても、この呼び方も日本ではあんまり一般的ではないですが。。。
例えば、特許権や商標権はIPRの一種です。特許権で保護されるのが特許、すなわち新しくて素晴らしいと公権力により認められた発明です。商標権で保護されるのが商標、ブランド名や商品とかに付随するロゴとかですね。
このようなIPRは、基本的に早いもの勝ちです。特許や商標を取るときには、特許庁に「出願」し、「審査」してもらうことで、権利化されます。世界的に見ても、このようなIPRは「先願主義」に基づいてその存在が認められます。早く出願したものに、権利が付与されます。
また、例えば特許の場合は、特許出願をする前に世間にその技術が知られてしまえば(公知、といいます)、原則としてその技術について特許を取ることが出来ません。特許が取れなかった技術は、パクリ放題です。
さらに商標の場合は、新しいサービスやブランドを立ち上げていても、そのサービス名やブランド名について商標登録出願をしていなければ、他人がそのサービス名やブランド名を自分のものとして商標登録出願される場合があります。この場合は、パクられるどころか、逆に自分たちが使えなくなる、高い値段で商標権の買取を迫られる(実話)、という最悪の事態が起こりえます。
パクられるとどうなるのか。
以下、思考実験です。
例えば、とあるスタートアップA社は、まだ起業して間もないオギャーなエンジェルラウンドのスタートアップとします。A社のFounderはAIの新たなアルゴリズムとものすごい使いやすいAPIを開発し、汎ゆるインダストリーのAutonomyを実現するという技術を目指している素晴らしい会社です。
A社はさらなる実証を行いPMFを確固たるものとするため、VCや事業会社からの資金調達を考えました。そこで、いろんなところのピッチで、A社の技術について事細かくプレゼンテーションを行い、A社のビジョンだけでなく技術力の高さをアピールしました。
ところが、A社の強みであるアルゴリズムやAPIのようなインタフェースについては、A社は全く特許出願していませんでした。そうしていると、ピッチで出会った事業会社Bの人から、ぜひ共同研究をやりましょうと声をかけられました。願ってもないチャンスにA社は共研の契約を結び、NDAの範囲内(と思われていたもの)でA社から自分たちの技術をB社に提供しました。
共同研究は最初順調に進んでいたものの、時が経つに連れてB社とのコミュニケーションは減少、ぽっつり連絡が取れなくなってしまいました。するとある日、B社のプレスリリースで、A社のアルゴリズムやAPIを活用した新サービスをB社が提供開始、という情報が入りました。
つまるところ、A社の技術がそのままB社にパクられたということです。NDAは二者間できちんと締結されていたのですが、そもそもA社の技術は既に公知であったので、秘密情報の範囲外のものだったのです。さらにB社は、新サービスのビジネスモデルを保護する特許も出しており、A社の技術を活用してビジネスを展開しようとすると、B社の特許を侵害してしまう可能性があるという事態になりました。つまり、A社の技術を使ったビジネスをしようとしても、B社の許諾がないと実現できない・・・という状況に陥ってしまったのです。A社が技術をさらに洗練させて一気にスケールをしようと図っていた矢先のこと、A社は事業の転換をせざるを得なくなりました。
しかも追い打ちをかけるように、A社の技術のコンセプトを示すXXXというブランド名を、全く知らない第三者のCが勝手に商標登録をしてしまっていました。Cからの警告を受けたA社は、技術のビジネスへの活用を頓挫しただけでなく、自ら育てたブランドまで捨てざるを得なくなり・・・その後A社は企業価値を高めることもできず、数億円という儚いバリューでB社に買収されてしまいました。めでたしめでたし。
めでたくございません。完全にフィクションですが、自分の知る限り現実で起こりうるシチュエーションを紹介しました。
先日の日経にも、大企業が新興企業の知財を横取りするなけしからん、という記事が掲載されていました。
ただ上記のようなパクリパクられ問題は、スタートアップ⇔大企業の間だけではなく、汎ゆるところで発生します。先日の某フリマサービスのレイアウトもそうですよね。おっと誰か来たようだ・・・
最初が肝心
というわけで、知財の性質や前提を考えると、知財の活動は早め早め超早めに始めることがとても大事で、最初が一番肝心になります。
スタートアップにおいては、世の中を変えようとするコンセプト、アイデア、テクノロジー全てが、新たな価値を生む知財になります。こんな素晴らしい知財を何の手当もなく情報の海に放り出して、どうぞご自由にお使い下さいなんて、本当にもったいない!技術の周辺を他人に特許として取られてしまったら、自分たちが自由に使えなくなるのです。
商標も同じです。自分の子どもの名前ってめっちゃ悩んで考えますよね?自分の子どもの名前なのに「俺の名前は権利として認められている(パクったけど)、俺の名前を勝手に使うな、使いたいなら金よこせ」って言われたら嫌ですよね?守って大事に育てたいものですよね。商標は特許と比べて比較的簡単に取得できるので、いの一番で抑えておくべきだと思います。特許庁もお前ら商標くらい取れよと言わんばかりの強気のコンテンツを配信しています。
技術もブランドも、形はないものですが、企業の価値を高めるために欠かせないアイテムです。このような知財を権利として守る、という姿勢はとても大事です。IPRは、スタートアップの爆発的な成長の途中で思いっきり大ゴケして複雑骨折しないための、最初の装備です。
千葉功太郎さんの特許庁とのインタビューでも、グローバルで戦うなら戦える知財を抑えておくことは当然で、後戻りが出来ない、最初から取り組むべきことを仰っています。
ゲーム業界でなくとも、企業が成長を目指すなら知財にリソースをかけるのは常識だ。しかし、資本政策と同じく、知財は巻き戻しがきかない。適切なタイミングに適切な知財を押さえていくことが重要になる。
なので、知財の活動はスタートアップにとっては、早ければ早いほど有利になるのです。技術もブランドも権利として早い段階で得ることができれば、市場を独占したり広げたりというマーケットのコントロールのイニシアチブを早い段階で獲得することが出来ます。プレゼンスを常に優位に保ちつつ、マーケットを思いのまま拡大させ、より企業価値を高めることができるのです。多分。
なお、iPLAB Startupsでは、このような知財活動を事業戦略に巻き込んだ経営を「IP経営」と呼んでいます。
なお、がっつり戦略的な知財の活動について知りたいのなら、鮫島先生の本がオススメです。下町ロケットでおなじみの。
でも知財を守るにはお金がかかる
IPRはタダではもらえません。お金はしっかりかかります。
お金ですが、基本的に特許権や商標権を取得しようとすると、①特許庁の手数料と、②特許事務所の代理費用がかかります。事務所によっても費用は変わってきますが、特許1件を取るのにだいたい60万円~80万円、商標1件では10~20万円ほどかかります。
ところが上のグラフに示すように、スタートアップにおいてはエンジェルやシードの段階の企業価値はそれほど高くない一方で、IPRの早いもの勝ちの原則も含めて、知財活動は初期の段階で最も重要なのです。企業価値が数十億~数百億となった段階では、既に知財の基礎的な部分がちゃんと保護されている状態になっているのが好ましいです(特にIT、テック系)。
これらはどうしても二律背反してしまう。そんな初期の段階で知財に100万円ドーンと出せるようなスタートアップはかなり限られていると思います。そもそも他にもやることも、金かけるところもあるのに。正直最初から知財の予算がめちゃくちゃ用意しているスタートアップがいれば、逆に疑います。
弁理士サイドとしても、プロボノで初期の段階をサポートすることもありますが、あくまで単発の支援であり、その関係が長く続く可能性は決して高いとは言えません。弁理士も生活あるし。また、弁理士倫理の都合上、コンフリクトの観点から、売上が立たなさそうなクライアントを抱えてしまうと、他の儲かる同業他社の仕事を受けることができなくなる、というデメリットもあるので、なかなか難しい側面もあります。わがままかもしれませんが、事務所稼業も実際不安定なところがあるので、ちゃんと収入が見込めそうな客を選ぶ事務所は多いです。
互いの利益が相反するような状況だと、スタートアップの側からは知財を見る余裕が金銭的にない、弁理士の側からは儲からないからやらない、という感じでお互い見向きもせず、最終的にはお互い不幸になってしまいます。また、弁護士や会計士のような「事業を展開していく上でなくてはならない専門家のしごと」としても知財が認識されていないので、どうしても後回しにされるきらいがあります。
ちなみに、お金がかかるからと言って、自分たちだけで特許や商標を出願するのはやめたほうがいいです。利権だ~とかそういうのではなくて、こういった出願書類の作成にはそれなりの「お作法」があったり、また審査官とのやり取りが専門性の高いものだったりして、せっかく出願したのにしょうもない理由で特許にならず、自分の手の内だけ明かしてお金をドブに捨ててしまうことになりかねないからです。ほんとに。知財の話だけではありませんが、餅は餅屋、知財は特許事務所へ(ただし事務所の選び方は注意。これはまた後日)。自分でやるとしたら、せめて商標については、何件か事務所の仕事を見てからにして、審査官とのやり取りは事務所に任せる感じにしたほうがいいかもです。
次回予告:どうすればよいのか
解決策としては、スタートアップの資本政策の特性と、弁理士へのメリットと、が肝になってきます。具体的な話は次回としますが、例えば以下のようなやり方があると思います。
1.出世払い(調達時支払い)
2.エクイティ(出資・外部専門家SO)
次回は上の話を少ししたいと思います。メリットやらデメリットやら設計時の注意点やら。
もうすぐ閉店の時間なので今日は以上です!おやすみなさい。
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