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いちごとの突然の別れ[前編]

拝啓 いちご様

 あなたと別れて1年半が経とうとしています。
 その後お変わりありませんか。

 大人気のあなたのことですから、私なんかがあなたから離れたところで、あなたにはノーダメージでしょう。
 これはあなたへのラブレターです。

 え?生き物ではないヤツにラブレターを送るなんておかしいって?
 うるさいです。
 私の大好きな小説『真夜中乙女戦争』では、主人公が東京タワーにラブレターを送るんです。そのあと東京タワーからチケットが2枚送られてきて、意中の相手とデートする。
 小説の中でさえ、ラブレターを送れば相手から返事が来るのに、あなたは何もくれない。だっていちごだから。きっとこのラブレターも読めないし、読めたところで理解はできないでしょう。だってあなたはいちごだから。

 それでも私は、恥ずかしながら未練がましく、あなたの匂いや風味が感じられる加工されたあなたを追いかけているのです。どうしても気になって、我慢ができなくなったら、中身をテレビやネットで確認し、大丈夫そうだと思えば、意を決して購入し、若干ビビりながら食べる。
 あなたの果肉感がなくなればなくなるほど、あなたのエキスが薄まれば薄まるほど、私はあなたを摂取しやすくなるのです。

こんな状態でも、私はあなたに片思いをし続けているのです。

* * * * * * * * * *

 いちごが好きだ。というか、いちごが嫌いな人なんているのだろうか。

 芸能人で例えるなら、ムロツヨシだ。誰からも愛されて、本人の言葉を借りるなら、八方美人どころか十六方、三十二方美人。全員に好かれるタイプ。
 いや、ムロツヨシはちょっとクセが強い。いちごは王道を行っているから、橋本環奈か新垣結衣か。いや、この話をすると、きのこの山・たけのこの里論争と同じくらいバチバチに、環奈ちゃん・ガッキー論争が始まってしまいそうなので、芸能人に例えるのはこの辺りでやめておこう。

 いちごはすごい。
 ショートケーキがケーキ界の中で圧倒的に勝ち組なのは、いちごのおかげだ。
 「ショートケーキのいちご、最初に食べる?最後に食べる?」なんて、答えを知ってどうするのか。大したオチもないこの質問が、いつまでもいつまでも世代を超えて繰り返される。

 いちごはすごい。
 色もフォルムもサイズもあんなにかわいいのに、ぶりっこ感がない。
 カクテルの中でカシスオレンジが好きなんてうっかり口にすれば、「女子大生ぶってる〜」とか「かわいこぶってる〜」なんて言われ、総攻撃されるのに。
 好きな果物はいちごです、と言っても「私も好き」とかであっさりと終わる。いちご好きを公表したところで、何の嫌味もしがらみもない。カシオレだといじられるのに。ごめんねカシオレ。私はあなたのことも好きだけどね。コロナが落ち着いて居酒屋に行けるようになったら、あなたのこと注文するね。

 話が逸れそうなので、いちごに戻す。
 いちごはすごい。
 形が悪くても、ケーキのスポンジとスポンジに挟まれる役が待っている。
 熟れてしまって、そのまま食べるのはちょっと…となれば、ジャムになれる。
 逆に、まだ甘くなくて…といった具合であれば、練乳という最強のパートナーがスタンバイしてくれている。
 つまり、いちごは「そのまま食べる」というパフォーマンスが提供できなくても、職を失うことはないのである。

* * * * * * * * * *

「もう むやみやたらにいちごは食べないでね」

 やっぱりか。覚悟はしていたけれど、やっぱりか。
 私は突然、いちごとお別れすることになったのである。


後半へ続く。(ちびまる子ちゃん風)




冒頭で触れた『真夜中乙女戦争』はこちら。
真夜中オタクとしては、この作品の記事もいつか書いてみたいと思うのです。
映画化もされます。楽しみ。

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