見出し画像

おれの店にて

「だから、行かねえつってんだろ」おれは言った。

 おれは、バーカウンターの上にクラスマンの端末機器を滑らせた。端末は2回スピンして停止した。端末機器から、おれ達の前に立体映像が浮かび上がる。それは、緑色のグリッドで形成された、いびつな長方体だった。それはシダラマ・ダンジョンの小型モデルだった。

「なんでだよ。これは落ちてる金を拾うようなもんだぞ」クラスマンが言った。

 おれはクラスマンの目を見た。奴の目は、ゴーグルのように横に細長い、サイバネアイになっている。立体映像を反射させて怪しく光っている。

「お前みたいなマヌケが、あそこでどれぐらい死んだか知ってるか? それと生還率もだ」

 通称シダラマ・ダンジョン。元はシダラマ社の本社だった高層ビルディングの名称だ。シダラマ社は、ロボティクスを専門として製造・開発しているAAA企業だった。当時はシェアNo.1を誇っており、工業用ロボからメイドロボまであらゆるジャンルに対応した製品を世に送り出していた。どこにいっても、ロボがあるところにシダラマ社のロゴを見ない日はなかった。

 ところが2年前のある日、シダラマ本社内でロボットが暴走した。中にいた人間は皆殺しにされ、キルゾーンとなった。なんでも、秘密裏に軍事用自立AI搭載ロボットを作っていたとか。当時は、暴走した原因は不明だが、AIにバグやらウイルスが混ざっていたとか、自我を持ったとか様々な憶測が飛び交っていた。自称専門家がテレビに出てきて偉そうに語ったりもしていた。

 そこらじゅうでパニックが起こり、シダラマ社製ロボットがそこらじゅうで破壊されるということもあった。デモと勘違いした警察が出てきたこともあった。ただしばらくして、暴走ロボットは建物から出てこない、外に出回っているロボットには異常が無いということがわかり、パニックは収まった。

 もちろんシダラマ社は倒産。FRS社が本社を除いた残骸を買収した。

 本題はここからで、シダラマ社の本社は、デンジャーゾーン認定されて、未だに放置されている。中には殺人ロボットがうようよ徘徊している。そして、シダラマ社が残した、お宝が未だに眠っている。そこでクラスマンの様な、ならず者は、こっそり侵入してそれらをゲットしようとしている。

 ただ、そこから無事帰ってきた奴を俺は知らない。そもそも、お宝が眠っているというのも眉唾だ。よっぽど切羽詰まっているか、馬鹿か、その両方でなければ、シダラマダンジョンに行こうなんて思わない。

「死んだマヌケは技量が足りない雑魚だっただけだ。俺は違う。お前もそうだろ?」クラスマンはそう言って、左のサイバネアームをこれ見よがしに動かした。

 先っぽには、5本の指の代わりに、マジックアームの様な2本の指が付いている。マニピュレーターがギュンギュンとうるさい。ところどころ塗装が剥がれているが、頑丈そうな作りだ。おそらく1世代前の軍用品だろう。クラスマンは2本の指で器用にグラスをつまむように持ち上げて、合成ビールを煽った。

「おれはもうだめだ。昔のようにはいかないし、不必要な危険をおかしたくない。守りたいモノができたんだよ」と、おれは言って店内を見渡した。

 おれ達がいるカウンターには6つの椅子がある。店内の反対側にはテーブル席が4つ。豆電球が店内を優しく照らし、旧時代のジュークボックスからは古いジャズが流れている。店の壁にはこれまた古い映画俳優や歌手のポスターがはられている。おれの店では立体映像なんて野暮なものは設置していない。店の隅ではウェイトレス型のロボット――シダラマ社製だ――が直立している。必死に金をためて建てた俺の店。店内の椅子すべてが埋まることはないが、夜になるとそこそこ繁盛する。

「まあ、いい店ではあるよな。気持ちはわかる」クラスマンが同じように店内を見渡して言った。

「さんきゅ。それに、メンバーの問題もあるだろう」

「ビッグボーイと電師にはすでに声をかけてある。2人共やる気満々だぜ。あとはとW・T・FとドクトリンXあたりに声をかけようと思ってる」

「ビッグボーイ? 奴は第2湾岸刑務所じゃないのか?」

「情報が遅いな。つい数日前に仮釈放されたよ」と、クラスマンが言った。

「そうか。あいつにはまだ貸しを返してもらってない」

「どうせ、このランを成功させなければ、奴が借金を返すことはねえよ」

「うーん、それに電師か……。彼女はイかれてるから苦手なんだよ」

 おれは、無意識に首の後ろに開いているソケットを手で隠した。脳裏に思い出されるのは、電師と初めて出会った時のこと。頭からドレッドヘアーのように垂れ下がる有線端子のうちの一本を、いきなり俺に刺したこと。そして、俺の脳に侵入してファックしようとしたこと。

 クラスマンがその様子を見て苦笑いをした。

「お前、まだ、ジャックイン・ファックされそうになった事を気にしてんのか。彼女にとってただの挨拶以上の意味はねえって。忘れちまえ」

「忘れられねえよ。お前は同じことをされそうになってないからそう言えるんだよ」と、おれは言った。

「おれは頭に穴を開けようなんて思わねえ。そんな金があったらサイバネに使う」

「なににしろ、俺は行かねえ」

 おれはそう言って、後ろの棚からデンジン・スパーク5――この店で一番高いウイスキー――と、2つのショットグラスを取り出した。俺とクラスマンのために1杯ずつ注いだ。

「ちっ。まあ、無理強いはできねえ。成功祝はここでやるから準備しといてくれ」

 おれ達は乾杯した。そして、一気に煽った。久しぶりに飲むソレはとても強烈で、おもわず少量の涙が出された。

「ああ、任せておけ」

「……じゃあ、そろそろ行くわ」と、クラスマンが言った。

「ああ」

 クラスマンが立ち上がり、店の扉を開けて出ていった。

 ウェイトレスロボットが、カウンターの上にあるショットグラスを掴み、片付けをし始めた。おれはそれを見ながら、タバコを取り出して火をつけた。

「おい……お前のお仲間に、アイツラを殺すなって言っておいてくれよ」

 ロボットは反応せずに片付けを続けている。おれの言葉はただただ煙とともに店内に霧散していくだけだった。


#俺のサイバーパンク

 

面白かったらぜひハートマークをポチッとお願いします!励みになります!