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センスメイキング 本当に重要なものを見極める力

センスメイキング 本当に重要なものを見極める力
著者:クリスチャン・マスビアウ(Christian Madsbjerg)
ReDアソシエーツ創業者、同社ニューヨーク支社ディレクター。 ReDは人間科学を基盤とした戦略コンサルティング会社。コペンハーゲンとロンドンで哲学、政治学を専攻。ロンドン大学で修士号取得。

叙分 

 
 現代社会においては、STEM(科学・技術・工学・数学)や「ビッグデータ」からの抽象化(具体的な部分を切り捨てて特徴を理解しやすくする為要約化すること)など理系の知識一辺倒による判断や決定ばかりが横行しているが、世の中は数字やモデルだけで理解できるほどそう単純ではない。
 
 市場のニーズは?今後の世界は?に対して、嬉々として口を開くデータ至上主義達へのアンチテーゼ的一冊。
 
 確かにデータは何かを判断するための重要なファクターだが、それをどう集めるか、どう活かすかは個人のセンスに依る。つまるところ、すべての意思決定の場にセンスが必要とされる。本書ではセンスってなに?なぜセンス?について論じている。データゴリゴリ系マーケティングマッチョな方に是非お勧めしたい。

第一章      世界を理解する

 
 センスメイキングとは人文科学に根ざした知の技法である。アルゴリズム思考のように固有性を削ぎ落とされた情報が集まった無機質なものではなく、完全に具体性を伴ったもの。1秒間に何兆テラバイトもの膨大なデータを処理したものでなく、情報を深堀りして「奥行」を追求したものなのだ。
 
 近年、アルゴリズム思考が主とされてきた結果、学生たちも将来的な優位性を見てSTEM(科学・技術・工学・数学)系学部を志望するものが多い。実際に初任給与のランキングで圧倒的な1・2位を築いているのはMITとカリフォルニア工科大学となっている。しかし、見方を変えて、全米の高額年収者上位10%に着目すると、コルゲート・バックネル・ユニオン大学と純粋な教養学部系大学を中心に、政治・哲学・芸術・演劇・歴史という専攻が俄然突出してくる。
 
 我々の文化社会は政治から金融、環境などの様々な領域が密接に絡み合っており、我々の文化を一方向から捉えた機械学習やAIによる情報だけで打破することは難しいのである。

「今日の複雑な経営環境の中で事業を成功させるには、教養の学位を取りなさい。芸術や自然科学、人文科学や社会科学を学ぶことで知性が精神的な器用さを育み、新しい考え方にオープンになれる。幅広い教養を身につけ、創造的思考、批判的思考の力を伸ばすことにより、心は鍛え抜かれ曖昧さや不確実性に対応していく力が身につく」
        プロクター・アンド・ギャンブル元CEO A・G・ラフリー

第二章      シリコンバレーという心理状態


マークザッカーバーグは、
 世界を理解することに関して、今後はネット上で何億ものコンテンツが行き交いし「グラフ」(フェイスブックアルゴリズム検索のメカニズム)に反映される。これが世界を網羅すると言い放った。

グーグルの使命は
 世界の情報を整理し、誰もが使えるようにすること。

ウーバー創業者は
 何百万人もの生活手段に取って替わると唱えた。
 
 これらシリコンバレーから生まれたベンチャーの根底にあるのが「何事も技術が解決してくれる」ということだ。少しずつコツコツと、という考えとはおさらばし、破壊的な創造を起こして未来に一気にジャンプする思考を掲げている。
 
 しかし、彼らのいう技術で個々人を把握することはできない。なぜなら私たちの背景には文化があり、その時々によって微妙な変化があり、様々な要因によって成り立っているから、ここの文脈を先進的な技術だけで理解することは難しい。そういった目の前の環境を理解するためには、先人たちが培ってきた観察成果や問題に向き合い、また苦悩しながらも答えを見つけ出そうと努力することが必要なのだ。

第三章      「個人」ではなく「文化」を

 
 物事の、なにが適切か、なにが妥当かは社会的文脈によって変わってくる。つまり、存在の定義をデカルトらは「我思う故に我あり」と自己完結型で個人的思考によるとしていたが、ハイデガーら(センスメイキングに近しい哲学者)はそういった原動力なりうる思考・行動と、理解できる形の現実というフィルターを社会的文脈としたものが存在の役割を果たしているとした。
 
 ビジネスにおいていうと、フォード車のリンカーンが高級車として登場するとき、ヘンリー・フォードは言った。

「人々に何が欲しいか尋ねたら、きっと速い馬が欲しいと答えるだろう」

 これがフォード車のエンジニア力を高める前提となった寄立つ基準とも言うべき精神である。しかし、競合とのせめぎあいの中、キーワードである「高級」を「車」の中だけで完結させようとしてしまった。これがベンツやBMWに後れをとった最大の理由ではなかろうか。
 
 「高級」という概念は人や文化によって異なる。それぞれの生活の文脈の中にある車を理解する必要があり、各々の「高級」=上質な体験とは何かを理解し訴求していく必要があったのだ。

第四章      単なる「薄いデータ」ではなく「厚いデータ」を

 
 厚いデータ(文脈を踏まえた)は薄いデータに比べ入手に時間がかかりまた汎用性もない。しかし、ビジネスの文脈で厚いデータを無視し相手を間違って理解すれば、重大な結果を招きかねない。
 
 データとしての知識情報には4つのタイプが存在する。
 
・客観的知識
 観察できるものだけで捉えた普遍的な知識。所謂「薄いデータ」である。

・主観的知識
 個人的な見解や感覚の世界、主観と客観の「はざま」で生じている知識。「厚いデータ」の威力を高めている知識。

・共有知識
 共有された人間の経験の領域。誰でも知っているような普遍的な知識ではなく、古くから人々に共有されてきた知識。個人がともに経験した状況や認識ともいえる。

・五感で得られる知識
 市場データが自身の知覚に絡みつき、ある特定の状況下で発揮される知
識。例えば、火の動きを読むベテランの消防士や、爆弾に近づき何かを感じ取る兵士。所謂第6感とも言われるもの。

 これら4つのタイプの情報をすべて捉え、融合させることで優れた判断を下すことができる。そしてこれらは現場で実際に自身を投入し、「生の声」を聞くことでしか取得ができない。日々身を投じ続けることでこれらの知識を養い「妥当なデータにほぼ感覚的に直接接触できる力」を手に入れることができる。無限に存在する「生の声」から活きる情報を抜き出すことができるようになるのである。
 

第五章      「動物園」ではなく「サバンナ」を

 
 動物園でボウルに入った餌を与えられているライオンの観察と、サバンナで狩りをして生きているライオンの群れを観察するのには大きな違いがあり、このような観察を我々は人間の経験の研究にも落とし込んで、社会的文脈に存在するものとして捉える必要がある。
 
 2012年にグーグルで最も検索されたワードは「what is Love」。これに対し自然人類学者のヘレン・フィッシャーの出した回答にアクセスが殺到した。フィッシャーは、MRIで脳の活動を調べ、「ロマンチックな愛」は感情ではなく、モチベーションのシステムだと結論付けた。つまりそれは無意識化の化学反応であり、そうした化学反応により見込みのありそうな相手と交際したいという意欲が与えられるのである。まさに千差万別。
 
 愛は、古代インドでは社会構造に対する危険な破壊行為と見なされたし、中世には狂気と分類された。こういったものを研究・理解するには、同じ目線で関わり合いながら行動や経験を観察するほかない。「つらいところ」や「満たされないニーズ」を見つけ力になりたいという経営者ほど、相手との痛ましいほどの距離を感じる。

第六章      「生産」ではなく「創造性」を

 
 米国の哲学・論理学者チャールズ・サンダース・パースは、仮説とは「真に近い」ものとし、常に改善の余地があるものとした。事実は必ずしも反論の余地のな状態にはならないのだが、我々は不確かというものに対して不安や不満、苦痛に感じる習性があり、ここから何としても逃れるために確信が持てる状態へと移行したいと考えるものである。確信のある状態は満足のいく状態であり、これを避けようとも、別の何かを信じるために変わろうとも思わない。つまり、一生懸命に何かを考えることが苦痛な我々は、時にまずい判断をすることが少なくないのである。
 
 創造的なひらめきとは、幾多の紆余曲折を経て、数々の袋小路に悩まされた先の思ってもみない方向からやってくる。いつまで続くか分からない不確かな状況下においてこそ、新たな道は開かれる。これこそが創造性の真の姿なのである。

第七章      「GPS」ではなく「北極星」を

 
 我々は現実の世界を生きていく術を身につけながら、自分の立ち位置や向かっている方向について正確に捉える力を養っていく。アルゴリズム思考が客観性という幻想をもたらすものだとすれば、センスメイキングは自分の立ち位置をはっきりさせる方法であると言える。

 自分の立ち位置を理解すること、すなわち相手との距離を把握し理解すること(それがプラスであれマイナスであれ)からやっと状況を前進させることができる。他への関心がなければ「正確さ」がすべてとなり、「真実」はなくなってしまうのだ。

 哲学者アイザイア・バーリンの言う「個々に存在するおびただしい数の蝶」から目を逸らさず、感じ取り、理解しようと努力することで「真実」へと近づく。

 GPSを取り込み、衛星で誘導してもらえば暗闇でも進んでいける。だが普遍的で確定した正解などないのであって、自分の立ち位置や対象との距離を見誤らない為には、何かを巧みに解釈するほかないのだ。

第八章      人は何のために存在するのか



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跋文


 私はこの本を様々な人を思い浮かべながら読んでいた。実はヒントは身近に溢れていて、そこに何かを感じていたこと、ここでまた深く自分に焼き付いていく感覚を嬉しく感じた。
 OWNDAYSの田中社長もよく思い出された。非常に没入することに長けている方で、自ら全店舗で営業をしたり目線を合わせることで「生の声」を取得し、「無能な経営者ほど社長室から出ない」と憂いた。

「その日の昼食も変えられない奴が、大きな変化を起こせるわけがない」
 
 人はルーティン(確信を持った=満足のいく状態)に溺れたがる。朝起きて洗面台に向かい、毎日同じ道を通り、毎日同じ自販機で同じものを飲み、決まった時間に退社する。これではなにも養われない。田中社長は簡単なことから変化を起こしていくことが大切だとした。
 たまには、回り道でもいいから変化を楽しめる精神が必要だ。


――センスがあるか、ないか
 
 初めて配属されたチームの課長はよくこの基準を使った。同じチームの先輩にうまく案件クロージングができるコツは?と聞いたら、「センス」と言われた。(面倒なことをセンスで片づける人達だと思っていた。)

 課長はいつも顧客の組織図を細かく作成していた。人事異動のある月は必ず色々な部署に顔を出し、仕事に関係のない話に長時間を割き、様々な人間関係を聞いて回った。いわゆるゴシップネタからキーマンの人物像までを細かに拾い集め、近づき、同調し、何が刺さるのかを熟考し、そして気がつけば提案(センスのある)が寄り添っている。顧客の文脈を深耕し、自身をその中に放り込みつつ機会を伺っているのであった。
 
 先輩はなんで?と、よく問いかけてくる人だった。結果はもちろんなのだが、過程の説明も同じように求められた。理由を述べられなかったり上から言われたから、というと呆れられたものだ。一種のマニュアル化された指示や方針はすべてに当てはまらない、「不要と思うものは捨てろ、自分に合ったこと、目の前の顧客に合った提案をしろ」自分自身で考え行動しなさい。そう言って未読の見積もり依頼の束を捨てている姿が強烈だった。
 
 そんな2人を「嗅覚がするどい」と周りは言っていたが(否定はしない)、決して先天的な何かを持っているからということではなく、彼らの地道な観察やアプローチが功を奏した結果なのだと思う。顧客を学び、理解し、感じ、自身を置き、考え、刺激を起こす。彼らはこれを自然とこなし「センス」と呼んだ。


 ――知らないこと、知ってること、知ったかすること
 
 この課長の転職先の社長が私もよく知る人で、この方もかなり癖のある良い方だった。

「〇〇ちゃん(若手はちゃんづけで呼ぶ方だった)、今朝の新聞で印象に残ったことは?」
 
 当時お会いしている頃はこれをしょっちゅう言われ、読んでないと言うと「これだから最近のは!」と怒りながらその日のトピックスを教えてくれるのであった。
 
 もっと嫌だったのが、この方に事業や仕事の説明をする際だ。

「今言った”LED”って何の略?」

略称を使うと必ずツッコミが飛んできた。LED=Light Emitting Diode(光る半導体)という意味だが、普段略称でしか耳にしない言葉を我が物顔で使っていると、意味を問われ途中で話が頓挫してしまうのであった。
 ”NTT”、”AED”、”CPU”って? 
「知ったかするなよ、〇〇ちゃん」

「一目の網は鳥を得ず」
 その社長が大切にされていた言葉だ。鳥を捕まえるのは一目の網であっても、その他たくさんの目があってこその網、鳥のかからなかった目を否定してはいけない、世の中に決して無駄なことなどない、成功はその他たくさんの非成功に支えられているのだよ、と教えてくれた。
 「知らない」ことを知り「知る」努力を怠らないこと。目の前の学ぶ機会を疎かにしないこと。「センス」の源泉はここにある。

 世の中は本当にたくさんの情報で溢れ複雑に絡み合っている。これを読み解き知へと昇華することは、本書で言うように飛び交う蝶を捕らえ、処理をし、丁寧にピン止めをして、ラベリングする作業を延々と繰り返すようなものだ。
 
 そんなあまりに途方もない道程に焦り、戸惑い、最短を辿るべくと誰もが藻掻き苦しんでいる。我々の眼前には常に膨大な情報が横たわっている(目を逸らし明後日を向いても、落ち込んで下を向いても)。
 時間がかかるのは必然、時に迷うことも当然。思考を止めず地道に丁寧にコツコツと、、そこで思わぬ収穫もあるかもしれない。

「回り道には回り道にしか咲いてない花があるのだから」

「ハイキュー」田中の姉ちゃん


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