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【SS】孤独を選んだ魔法使い

神秘が残る森があった。
到底人が近づけるものではなかったが森の民と呼ばれる者たちはそこで厳かに生活を営んでいた。
森の民のほかに野生動物や魔物、極少数ではあるが幻獣の類も存在していた。
その森の奥に、一人ひっそりと魔法使いが住んでいた。
彼は決まった時間に起床し、食事をし、魔道具や魔法薬を作り午後は魔法の研究に時間を割き、紅茶を嗜み日が沈めば早々に眠りにつく、そんな規則的な生活をしていた。
週に一度、近いとは言えないがそれでも一番近所にある村の農家が食料を運んでくれていた。
返礼に魔法使いは魔法薬を農家に贈っていた。
生活は充実していた。
元々王都に住んでいた魔法使いにとって、当初今の生活は最悪という他なかったが今では慣れたものだ。
『住めば都』とはよく言ったものだと思う。
不便もここまでくるとそれはそれで楽しく、かつては煩わしく感じていた鳥たちの囀りや風の音、虫の声も愛おしくすら感じる。
環境はここまで人を変えるものかと自嘲する。
彼は傲慢で怠惰で強欲であった。それを補うだけの功績があったのが達が悪かった。
それなりの力とはったりを信じ込ませる話術と悪知恵が回る頭、有能な仲間を集めるカリスマそして何より類まれな“運”を持っていた。
彼の過去にはいろいろとあったが、その最たる功績と呼ばれるものは魔王を封印した事である。
勇者パーティの一人として彼は魔王と対峙し、勇者が倒した魔王の残滓を自然再生ができないように宝玉に取り込んだのだ。
これにより魔法使い最高の栄誉と権力を誇る宮廷魔法使いに任命された。
誰もが彼が権勢を振るい王国を陰から操るものだと思っていたが、彼は辞退し姿を消した。
誰もが探したが上手く魔法で痕跡を消した彼を見つけ出せたのは勇者パーティの一員で、彼の癖や思考を理解していた盗賊だけだった。
その盗賊も彼の生存を確認して以来、この森を訪れてはいない。

月が奇麗な夜だった。
のどの渇きを覚え夜中に目を覚ました魔法使いは窓から空を眺めていた。
予てから考えていたが星とは何なのだろうか。あの物体から魔力を抽出することは可能なのだろうか。できるとすればそれはどれほどのものになるのだろうか。
そんな事を考えていた。
家の近くにある樹の枝に青い鳥が止まっている。
鳥類には詳しくはないが確かトゥイターとかいう名だったろうか。
絶滅したと聞いていたがこの森ならいてもおかしくはないのかもしれない。
鳥をあらかた観察し、床に戻ろうと窓を閉めようとしたとき、人の気配を感じた。
弱っておりそれは子供のようであることを魔力感知で理解した。
さてどうするか。
この家は食料を届けてくれる農家とたまに様子を見に来る森の民の者以外には感知できない認識疎外の魔法をかけていた。
このまま知らぬふりをして見殺しにすることもできる。というか、彼ならばそうする。
この森に、こんな夜中に、子供がひとり。
怪しさしかない。何かの罠を疑うレベルだ。
人一人の命の価値というものを彼は理解していた。
それは取るに足らないもので代わりなどはいくらでもあり自然のなかの極小の一つでしかない。
それを理解していて、彼の悪い癖がここで出てしまう。

“気まぐれ”

特にこれといって、考えがあったわけではない。
善行を行おうとしたわけでも、家事の手伝いをさせようとしたわけでも、魔法研究の素材にしようとしたわけでもなかった。
突飛なことを彼はたまにする。
それがたまたま今だった。
扉を開け、丁度倒れこんだ子供を抱きかかえた。
息はしている、気絶しているだけのようだ。
とりあえず寝かせておくとするかと考えつつ空を見上げる。
月が見下ろしている。
お前のような者が何をしていると笑っているようにみえた。
明日は丁度農家が訪れてくれる日だ。
子供の世話などよくわからない。彼に伺いを立てようと思う。

これは夢幻の森の奥深く、人が立ち寄らない場所で起きた決められた出来事だった。


※画像:友人T撮影

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