【調査記録】2024年秋・ヨーロッパ②:ロンドンのインド人街Southall訪問記🇮🇳
2024年10月29日〜11月9日にかけて、イギリスとドイツで文献調査を行いました。自分にとって初のヨーロッパ渡航、そしておよそ5年ぶりとなる本格的な文献調査でした。個人的にはかなり充実した調査を行うことができ、現地で興味深い体験もしたので、その時の記録を残したいと思います。第二弾となる今回は、ロンドンのインド人街Southall訪問記🇮🇳です。前回の堅苦しい「大英図書館編」とは違って、これはほぼ日記みたいな感じです📝
イギリスのインド系移民
日記とはいえ、まずは概説的な説明から。ロンドンの移民コミュニティの中でインド系は最大の集団です。人口は約65万人、ロンドンの総人口の7.5%を占めており、その大半はロンドン西部に集中しています。宗教別に見ると、ヒンドゥー教徒、スィク教徒、ムスリム、キリスト教徒、ゾロアスター教徒、ジャイナ教徒のインド系移民がロンドンに居住しています。
最大勢力はやはりヒンドゥー教徒で、人口は約35万人、インド系移民全体の半分以上を占めます。ロンドン北西部にあるShri Swaminarayan Mandirは、ヨーロッパ最大級のヒンドゥー教寺院として知られています。ヒンドゥー教徒に次いで多いのがスィク教徒で、人口は約15万人、そのほとんどが今回紹介するSouthallというロンドン西部の街に居住しています。実際にSouthallを訪れたところ、立派なスィク教寺院が建てられていました。次にムスリムですが、ロンドン在住のインド系移民の約20%を占めてます。ヒンドゥー教徒やスィク教徒がロンドン(北)西部に集中してるのに対し、ムスリムは主にロンドン東部に居住しています。ロンドン在住のインド系ムスリムは、グジャラート州、ビハール州、西ベンガル州、ムンバイなどの出身者が多く、パキスタンやバングラデシュなど他の南アジア諸国のムスリム・コミュニティとの結びつきが強いようです。
Southallへ
大英図書館での調査を終えた翌日、11月3日にフィールドワークと称して「ロンドンのリトルインディア」Southallを訪れました。実はこの街、ヒースロー空港のすぐ近くに位置してるんですね。なぜそこにインド人が集住してるのかというと、元々は空港職員としての仕事を求めてロンドンに移住してきたインド人が大勢おり、その人たちが空港近くの街Southallに住み始めたからだそうです。今でもヒースロー空港で働くインド人は多く、ヒンディー語で会話する職員たちの姿を度々目にしました。
Southall行きの地下鉄に乗ってる時から、すでに周りはインド人だらけ。そしてSouthall駅に降り立って見えたのは、駅員さんのイギリス人と私以外、ほぼ全員インド人という景色です(なんなら駅員さんの中にもインド人がいました)。もちろんSouthallに野犬はおらず、騒音もスパイス臭も大気汚染もないので、完全にインドであるとは言えないですが、そこが同じロンドンであるとは到底思えませんでした。
また、私がSouthallを訪れた11月3日はちょうどスィク教の祝祭日だったらしく、街全体がターバンを巻いたスィク教徒たちで占拠されていました。路上は大勢のスィク教徒たちで溢れ返り、交通規制が敷かれ、普通に歩くことも困難なほどの混み具合でした。もちろん、Southallにはヒンドゥーもムスリムもいるのですが、街はスィク教一色に染められているようでした。
ちなみになぜ11月3日がスィク教の祝祭日なのか。後々調べてみると、1984年10月31日〜11月3日、デリーを中心に発生した反スィク教暴動で犠牲となったスィク教徒たちを追悼するために設けられた日だということが分かりました。この暴動の発端は、スィク教徒の護衛たちによる、当時のインド首相インディラ・ガンディー暗殺事件でした。首相暗殺の首謀者であるスィク教徒への復讐心から発生したこの暴動により、デリーではおよそ2,800人のスィク教徒が殺害され、インド全体で見ると3,350人のスィク教徒が亡くなったとされています(インド政府統計)。
Southallはスィク教が比較的強い街なので、このように大規模な行事を開催できるんだと思います。Gurdwara Sri Guru Singh Sabha(2003年建立)というロンドン最大のスィク教寺院も建てられており、ロンドン在住のスィク教徒にとっては聖地的な場所になってます。そして当然、この日の行事の中心地もこの寺院になるので、寺院周辺には特に沢山のスィク教徒が集まっていました。
寺院の中にも入ってみたかったのですが、入り口付近でスィク教徒の一人から「頭を覆わないと中に入れないよ」と言われました。「スィク教徒と言えば」の、頭に巻くターバンやスカーフのことですね。私はその時何も覆えるものを持っていませんでした。アムリットサルのGolden Templeに行った時は頭を覆う必要がなかったので、今回も大丈夫かと思ったのですが、何かルールみたいあのがあるんですかね。もしかしたらそのスィク教徒個人の意見だったかもしれないですが、ここは非信者として立場を弁えることが大事だと思い、その場を後にしました。
街歩きと人混みに疲れたのでご飯休憩の時間です。無料の食事である程度は満たされたのですが、スィク教のベジ食ではどうしてもタンパク質不足になってしまいます。となれば肉を食べるしかないですね。街の北側を東西に走るメインストリート the Broadwayに向かいました。南アジア系の飲食店・雑貨屋・服屋・肉屋などが軒を連ねており、歩いてるだけでとても楽しいです。この辺まで来ると、お祭りの熱気から少しだけ距離を取ることができます。
どの飲食店に入ろうか一通り悩んだ結果、Spice Village Southallというパキスタン料理屋に決めました。Googleマップによるとレビュー数が7,000以上、星4.4と驚異的な評価を誇るお店です。ガッツリ肉を食べようと決めていたので、迷わずラム肉のスィーフ・カバーブ、そしてナンを注文しました。肉の旨みとスパイスが最高でした。ナンにもよく合います。食後にチャイも頼んで計10ポンド(約2,000円)だったので、食事のクオリティとロンドンの物価を考えれば安い方でしょう(フィッシュ&チップスの某有名店で食事したら6,000円もしたので…)。お店の人はとてもフレンドリーで、接客も丁寧でした。しっかり教育されてるんだろうなというのが分かります。あとトイレが綺麗なのも嬉しかったです。
お腹も満たされ体力も回復したので、街歩き再開です。Southallにはモスクもいくつかあるので、巡ってみることにしました。まずはSouthall Central Masjidという街の中心的モスクです。先述したように、ムスリムは主にロンドン東部に集住してるので、Southallのムスリム人口はヒンドゥーやスィクに比べると若干少なめです。このSouthall Central Masjidも、規模としては中型くらいで、モスク周辺もかなり静かでした。
少しだけ専門的な話をすると、礼拝堂内の本棚には、私が研究してるインドの学者アシュラフ・アリー・ターナヴィー(1943年没)の著作『天国の装身具』が置いてありました。今でも南アジア・ムスリムの間で読み継がれている法学書で、ベストセラー的な作品として知られています。ターナヴィーが属していたデーオバンド派の影響力はイギリスにも波及してるので、ロンドンのモスクに彼の著作が置いてあるのにも納得がいきます。
他のモスクにも行ってみました。Jamia Masjid Islamic Centreという、住宅街にある小さなモスクです。 住居を改装して造り、ドームと尖頭も増築したようですね。さっきのSouthall Central Masjidに比べてだいぶ入りづらかったので、外観だけ眺めて帰りました。
これも少し専門的になりますが、モスクの看板をよく見ると、右下にローマ字で"Ahle Sunnat wa Jama'at"、つまり「スンナと共同体の民」と書かれてます(中央左寄りにはアラビア文字でもそう書かれてます)。スンナ派のムスリムであれば、誰しもが「スンナと共同体の民」ということになるのですが、南アジアの文脈だと、これはバレールヴィー派という宗派の呼称として知られています。
だから、もしかしたらこのモスクはバレールヴィー系ではないかと思ったりしましたが、スンナ派全体の立場として「スンナと共同体の民」と言ってる場合もあるので、正確なことは分かりません。このバレールヴィー派は、先述のデーオバンド派と教義的に激しく敵対してるので、意図的にモスクを分けてる可能性は十分に考えられます。ただ、それはあくまで南アジアの話で、ロンドンでは必ずしもそうした宗派間対立はないという話も聞きます。この辺はもう少し勉強と研究が必要ですね。
最後に、文献研究者としては、街の本屋さんに是非とも行っておきたいと思い、Googleマップで調べてみたところ、al-Jannah Booksというイスラーム系の書店が一つだけヒットしました。確かに街を歩いてて、ここ以外に本屋さんを見ることはなかったので、本当にSouthallで唯一くらいの書店なのかもしれません。ロンドンでも本離れが進んでるのか、あるいは元々ここしかなかったのかは分かりませんが、書店経営はどこの世界でも厳しそうです。
お店のスタッフはパキスタン系のようです。ターナヴィーなど南アジア出身の思想家や学者の著作や、英語で書かれた子供向けのイスラーム解説本なんかもありました。小規模ながらもラインナップは割と充実してる印象でした。何冊か買っていこうとしましたが、街歩きも終盤で疲れ切っており、荷物になるのも嫌だと思い断念しました…。文献学者にあるまじき行為ですね。本以外にもアクセサリーや香水、服なども売られてました。
最後に
ロンドンにインド系コミュニティがあることは知ってましたが、実際に行ってみると思った以上に大規模かつインド色が強くて驚きました。Southallの住民のほぼ全員がインド系なのではないでしょうか。聞こえてくる言語も英語ではなく、ヒンディー語やウルドゥー語がほとんどで、目を閉じればそこがインドであると錯覚してしまいそうなレベルです。訪問した日がちょうどスィク教の祝祭日だったので、街を散策するだけで体力をかなり消耗しましたが、それはそれで貴重な体験でした。
ロンドンのインド人街Southall訪問記は以上です🇮🇳今後この街を訪れる予定の人にも参考になれば幸いです。