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「昭和財政史」より 昭和60年~の「中曽根内閣による売上税の導入失敗」を書き起こし②

「昭和財政史」より 昭和60年~の「中曽根内閣による売上税の導入失敗」を書き起こし①の続き

自民党総裁選に勝利し二期目がスタートした中曽根は、昭和59年から税制改革を検討し始め、昭和60年9月に「税制の抜本的改革に関する税制調査会」を発足させる。そして、翌年の昭和61年から、税制改革及び新型間接税の導入検討を本格化させていく。

以下、昭和財政史「第3章 昭和55~63年度の税制-「増税無き財政再建」と抜本的税制改革-」より

(2)抜本的税制改革の検討

昭和61年に入り,2月を過ぎた頃から,税制調査会では,専門的,理論的検討を行う専門小委員会の作業が本格化する.専門小委員会における審議を踏まえ,第2及び第3特別部会では,中間報告の取りまとめのため起草小委員会を設置し,4月25日に中間報告を取りまとめ,同日税制調査会に報告した。総会はその公表を了承する.これらの報告は,諮問にある「審議の取りまとめに当たっては,まず税負担の軽減,合理化のための方策について明らかにし」という箇所に対応したもので,負担の軽減合理化についての部分を中間報告として取りまとめたものである.

第2特別部会中間報告では,以下のような提案がなされる.

(1)所得税に関しては,負担累増感に対処するために,最高税率は所得税と個人住民税を合計して6割台に引き下げるとともに,税率区分の数の大幅削減により簡素化を図る.

(2)その際,中堅サラリーマンを中心として抱かれている負担累増感を緩和するための以下のような措置を検討する.(ⅰ)大多数の納税者の集まる所得階層の中においては,適用される限界税率がなるべく変わらないようにする.(ⅱ)普通のサラリーマンにとって就職時からある程度の地位に達し退職するときまでに適用される限界税率がなるべく変わらないようにする.(ⅲ)片稼ぎの給与所得者世帯においては,他方の配偶者の家事労働がその仕事を支えていると考えるのがおそらく自然であり,その点に関して何らかのしん酌を加える.(ⅳ)現行の給与所得控除を基本的に見直し,「勤務費用の概算控除」と「他の所得との負担調整のための特別控除」に分け,その上で,勤務費用の概算控除については,選択により現実に勤務に要した費用の控除ができるようにし,給与所得者にも申告納税の道をひらくことを検討する.

上記(ⅲ)及び(ⅳ)については,サラリーマンが他の所得者との比較において不公平感、重圧感を抱いていることに対して考慮されたもので,前者は,サラリーマンの場合には,事業所得者に認められている夫婦間での所得分与の道がないこと,後者は,事業所得者に認められている様々な経費の実額控除の道がないことに対する不満の解消を企図したものであった.

一方,第3特別部会の中間報告では,以下のような提案がなされる.

(1)中期的にみて実効税率が5割を下回るように検討していく.

(2)法人税と所得税の負担調整に関して,法人,個人の両段階で調整を行っている現在の仕組みについて,制度の簡素化等の観点も含めて,今後さらに検討を行う.

なお,「税負担の軽減合理化のための方策について」明らかにするという点から,自民党の税制調査会においても,検討が進められ,昭和61年4月23日に「所得課税,法人課税に対する改革方針」が取りまとめられたが,その内容は政府税制調査会の中間報告にまとめられているものとほとんど同様のものであった.

このような報告がなされた上で,夏に予定されていた参議院の通常選挙へのムードが盛り上げられていった.昭和61年6月に入り,衆議院の総選挙も併せて,参議院・衆議院の同日選挙として実施されることとなった.このような選挙に向け,取りまとめられた自民党の選挙公約は「所得税,住民税の抜本改正と減税の断行」と銘打たれたもので,自民党税制調査会が4月23日に取りまとめた「所得課税,法人課税に対する改革方針」をそのまま取り入れたものであった.

しかし,そのような減税案の裏には必ずその財源としての新しい間接税の導入があると指摘されるようになり,この点についてマスメディアでも盛んに取り上げられて大きな論争点となった.こうした動きが頂点に達するに及び,6月14日午後1時からの党本部での衆参公認候補必勝決起大会(東京都各種団体協議会主催)において,中曽根首相は,税制問題について次のような発言を行う.

(1)国民が反対し,党員も反対するような大型間接税と称するものは,やる考えはない.(2)いわゆるマル優制度については,老人とか,母子家庭とかの社会的に弱い人に対してはこれを維持していく.しかし,不正を行っている者については,是正しなければならない.

この(1)の発言に関しては,大蔵省側には,今後の審議の進め方等を考慮した場合,問題を含むものであると思われた.水野勝は次のように述懐している.

…国民が反対し,党員も反対するような大型間接税はできるはずもない.そういうものはやらないというのであり,国民や党員が反対しないような大型間接税であれば,やる意思がありその余地もあるというように読みうるのであるが,やはり,一読して大型間接税はすべてやらないと読み取られる恐れが多分にあり,あとに問題を残す懸念が認められた.

そこで,古野良彦大蔵事務次官と主税局長とが同道して,翌15日の早朝,総裁の遊説出発前に官邸に参上して,この取扱いについての慎重な対応と,でき得れば発言の修正のお願いをした.これに対して中曽根総裁からは,「それほど懸念に及ぶ必要はなく心配は要らない.ただ大蔵省幹部が,早朝,おっとり刀で官邸に駆けつけたということは頭に置いておく」というお答えであった.

そして,昭和61年7月6日の衆議院の総選挙及び参議院の通常選挙は,与党の大勝に終わり,衆議院においては304議席というかつてない多くの当選者を出すことになる.

この選挙後,中断されていた税制の抜本改革作業が再開されることになる.新しいタイプの間接税の議論を含む増税関連の議論である.改革案の取りまとめの時期としては.それは昭和62年度予算編成に大きな影響を与えることになるので.遅くとも61年10月までには審議を取りまとめなければならない.

所得税及び法人税の減税を中心とする改正の大枠は昭和61年4月の中間報告で行われているので.利子課税の見直し,及び間接税の検討が主なテーマとなった.

ただ,その際大型間接税については,中曽根首相の公約的発言がある.この点に関しては,「今後の審議においても,今回の選挙の際の総理の発言等をも十分念頭に置きつつ幅広い観点から論議を行い,国民の意向を十分反映するような報告を取りまとめるとのスタンスで審議に臨むこと」が適当ではないかとされ,中曽根首相からも了承を得た.

その際,間接税の問題については,1つの形にあらかじめ決めつけて考えることなく,いろいろな方法を提示し国民に選んでもらうという取組み方が必要ではないかとの指示があった.さらに世間では大型間接税はやらないと思われている面が少なからずあり,そのような発言を背景に300議席を上回る選挙結果を得たとたんに,間接税の検討に入るということは,世の中をだますものではないかという反発が予想された.

いうまでもなく,そのような反発は,円清に税制改革作業を進めていく上で,かなり重要な問題であり,税制改革に間接税の問題の検討も欠かせないことを国民に十分納得してもらうために,税制改革についての広報活動がなお一層進められることとなった.

さて,この時期,税制改革の方向性についての示唆を含む2つの審議会報告が取りまとめられていた.

昭和61年4月7日に取りまとめられた「前川リポート」といわれる国際協調のための経済構造調整研究会報告及び昭和61年6月10日に取りまとめられた「今後における行財政改革の基本方向」と題された臨時行政改革推進審議会の提言である.

まず,前者においては,税制改革にふれ「税制については,公平・公正・簡素・活カ・選択に加え,国際的見地から見直すべきである.上記の原則に照らし,貯蓄優遇税制については,非課税貯蓄制度の廃止を含め,これを抜本的に見直す必要がある」としている.

一方,臨時行政改革推進審議会は,第2次臨調が昭和58年春の答申の中で設置を提言した行政改革推進のための審議会であるが,基本的には「増税なき財政再建」の原則は引き続き堅持されるべきものであり,自然増収,不公平の是正の結果,租税負担率が上昇すること」は否定されるものではないとしながらも,租税負担率の上昇をもたらすような税制上の新たな措置を基本的には取るべきではないとしている.

そして,「税制における公平,公正の確保のために,所得分布の平準化,社会保障制度の充実等の社会状況を踏まえ,負担をできるだけ広く平等に求めていくこと」とし,「経済活動に対する税制の介入を極力排し,中立的な税制を基本とする」税制を構築していくことは「簡素でわかりやすい税制に通ずるものであり,民間活力の維持,充実にも資するものである」とまとめている.

このような状況の中で,昭和61年7月15日に政府税制調査会の総会が開かれ,税制調査会での審議が再開されることになった.その答申『税制の抜本的見直しについての答申』(以下,『抜本答申』)は,総会12回,部会60回,小委員会34回,地方公聴会4回の諸会議を踏まえて,61年10月28日に取りまとめられた.

税制の抜本的見直しの中では,間接税に関しては新しいタイプの間接税を導入することが強く提言され,いくつかのタイプが並列的に提示され,「国民の選択」に付されることが想定されていた.いうまでもなく,そのような提示の仕方は,中曽根首相が税制調査会に対して諮問したことを反映したものであった.

抜本答申の基本理念については,以下のように整理されている.

○抜本的見直しを進めるに当たっては,「公平」,「公正」,「簡素」,「選択」,「活力」を基本理念とし,これに加え中立性の原則や国際性の視点にも配慮する.

○国民の生活水準の向上と平準化等を背景に,税制全体として課税ベースを広げ,負担をできるだけ幅広く薄く求めていくことが肝要である.広く薄い負担を求める税制は,おのずから簡素なものとなり、また,民間経済に対する介入を極力避けて中立的に対処することによって経済の活性化に資することとなる.

○抜本的見直しに際しては,負担軽減・合理化とその財源措置を含めた包括的で整合性のある改革案を構築することが肝要である.税制改革は税収増を目的とするものではないが,同時に,現在の負担水準や財政状況等に顧みれば,税収減をもたらし後代に負担を残すようなものであってはならず,いわゆる税収中立性の原則を堅持すべきである.

『抜本答申』の基本的な考え方は,ここによく表れている.5つの基本理念はともかくとして,課税ベースを広げ(非課税部分を減らし),税率を引き下げる,すなわち「広く薄く」という考え方に基づいて,税制を簡素化し,重圧感を除去しようということが『抜本答申』に一貫して流れる考え方である.

それは実は,それまで負担が小さかった人の負担を引き上げることを意味するので,基本理念の中にみられる「公平」あるいは「公正」というのは,所得再分配の考え方にみられる垂直的公平性というよりは,水平的公平性のことを指していると考えてよいだろう.

また,改革は税収増を目指したものではなく,税制の歪みを是正することを目的としたものであり,改革案は一体として構築される必要があるとの認識が強調されている点にも注意が必要である.

そこでは,「財政再建に関する決議」あるいは「増税なき財政再建」との整合性が示唆されるのみならず,減税案だけが受け入れられることに対する危惧が表明される.その場合には後代に負担を残すことになるとして,牽制球が投げられるのである.

この答申は,税制全般に関する詳細な見直しを行い,これまでみてきたような改革案を基本的な内容とする様々な改革案を提言する.以下では,その中でも特に重要な新しいタイプの間接税の導入に関する『抜本答申』の議論について検討し,それを昭和62年及び63年の抜本改革を概観するための導線として,その後の経過についてみていくことにしたい.

答申は,まず既存の間接税体系の問題と,新しいタイプの間接税を導入することの必要性について,以下のように指摘する.

所得水準の上昇及び平準化等を背景に幅広く薄く課税する方向が求められており,また,税収に占める間接税等の比重が趨勢的に低下傾向にあること等を考慮すれば,税体系における間接税の位置付けに適切に配意した間接税制度の構築を図っていくことが望ましい.
現行間接税制度は,近年における消費水準の上昇,消費態様の多様化・サービス化等に必ずしも対応しきれず,課税されているもの相互間,及び課税されているものと課税されていないものとの間で負担の不均衡が顕著となってきている等の問題を抱えている.
これらの諸課題に対して,現行の個別間接税制度という基本的枠組みを維持しつつ,税率の引上げや課税対象の拡大等の方法により対応していくことは,現行間接税が抱える諸問題を増幅する結果となるので,ほとんど不可能である.
したがって,既存税制の枠組みにとらわれない思い切った改革が必要であり,広く消費一般を原則的に課税対象とし,課税しないものを掲名する方式の新しいタイプの間接税を間接税制度の中核に据えることが最も適切である.

このような認識を踏まえて,新しいタイプの間接税を検討した結果,日本における流通及び取引の実態を考慮して,以下のような3つのタイプが検討された.その詳細については,第4節で分析するが,簡単に要約すれば,以下のようにまとめられる.

(A案)製造業者売上税:原則として製造業者のみが納税義務者になり,納税義務者が他と比べて相対的に少なく,しかも,中小零細企業の多い小売業者等が除外され,現行物品税制と重なるところも多いので,税制としては馴染みやすい.ただ,課税ベースが相対的に狭いため,相対的に高い税率を設定することになり,製造業者のみに課税されるため産業経済に対して中立的でなく,何をもって製造とみなすかという問題もある.

(B案)事業者間免税の売上税:これも多段階ではなく,製造,卸,小売のいずれかの段階で一度だけ課税するという方式なので,以下の(C案)と比べると納税義務者は相対的に少なくなるが,その方でサービス等を含むので(A案)と比べると課税ベースは広くなる.その一方で,課税される段階によって最終的な税負担額に差異が生ずるほか,我が国にとっては新しい税制であり,制度がわかりにくいという問題がある.

(C案)日本型付加価値税:サービスを含む取引の各段階による分割納税が行われ,経済活動に対して最も中立的であり,理論的にも優れているとされる.また,税額控除票方式によって,転嫁がしやすく,納税者間の相互牽制作用が期待できる.ただ,多段階分割納税のため,他の案に比ベ納税者数が多く,納税者の理解を得るのに期間を要するという問題,また非課税制度をあまりに拡大すれば本来的性格が変質してしまうといった問題がある.

そして,税制調査会では,これらの3つのタイプについて検討した結果,新いタイプの間接税の仕組みとしてはC案が最も優れていると考えられること,C案はわが国の実情にも配慮しているので,これを導入することが最も望ましいとする意見があったこと,その一方で,わが国の実情からはA案を採用することが望ましいとする意見や,課税ベースがC案に近いということからB案を評価する意見があったこと,そして,C案が最も望ましいが,当面はA案や3つのタイプを工夫して組み合わせる方式を推す意見もあったこと,などが述べられている.

そして,具体的にどのような形の新しいタイプの間授税を導入するかについては,上記の考え方を基本として世論の動向を見極めつつ幅広い観点から検討する必要があると結んでいる.

一方,新しいタイプの間接税が導入された後は,既存の間接税は基本的には吸収されていくことになるが,新税導入後も存続することになるだろう酒税等のし好品課税や流通税等については,この機会に,新税との関連で,課税対象税率等の調整について検討,見直しを行うべきであるとの指摘が行われる.

特に,地方間接税については,地方税の特性や各税の仕組みについても留意して検討することが必要であることが強調されている.

答申の要約では,最後に事業税との関連にふれ,「新しいタイプの間接税の一部を地方の間接税とすることが適当であるとの意見が多かったが,この問題については,新しいタイプの間接税の類型・仕組みの具体化に対応して,国・地方を通ずる税財源配分のあり方等との関係にも留意しつつ,処理すべきであるとする意見もあった」としている.

抜本的税制改革に関する答申が政府税制調査会によって取りまとめられ,その答申を踏まえた昭和62年度税制改正に向けた具体的な動きが始まる.こうしていよいよ政治が動き始めるのであるが,答申を受けてまず動き出したの自民党税制調査会であった.

このような政治日程は,昭和61年10月18日に中曽根首相が山中貞則自民党税制調査会長,村山達雄会長代理及び山下元利小委員長を官邸に招き,昼食をはさむ懇談を行った際に決まったことであった.その懇談で,山中貞則会長が中曽根首相に税制改革についての決意を尋ねた折の模様について水野勝は次のように記述している.

……中曽根首相からは内閣の最大,最後の課題として取り組む積りであり,内閣としての有終の美を飾りたいとされた.また党において,十分議論を尽くし,まとめてもらうためには,政府の税制調査会としては,基本的な諸問題については幾つかの複数案を用意して選択肢を示す形をとり,党の税制調査会がこれをもとに詰めてもらうという手法を提示した.

これに対して山中会長は「内閣総現大臣としての決意が固いことを読み取った,「政府の税制調査会の答申が選択肢を残すものであるということであるならば,党としてもその取りまとめに当たる.政府の答申が出ればその翌日からでも直ちに検討に着手する」と述べられた由である.

実は,このような会合がもたれる前に,主税局として山中貞削会長と接触した際には,山中貞則会長はプラス・マイナス・ゼロにとどまるような税制改正であれば,作業に着手するとしても通常の年度改正ベースでの昭和61年12月に開始すれば十分であるとの考えを示していたようである.

しかし,12月に入って抜本的な税制改革作業に着手し12月中にその結論を得るということでは,予算編成に大きな支障をもたらすおそれがあるため,党税制調査会としてもできるだけ早く検討に着手してもらうよう,政府サイドとして,審議の早期開始を求めることになったということが,上のような懇談がもたれた背景としてあったようである.

昭和61年10月28日の政府税制調杏会答申を受けて始まった党税制調査会は,当初は週2,3回のペースで進められたが,11月下旬から12月にかけては,ほとんど連日の審議となったという.議論の焦点は2つで,利子課税と間接税であった.

利子課税は,マル優の廃止がポイントであったが,その際,郵便貯金も同様に課税する点が最大の論点であった.大正9年以来一貫して非課税とされてきた郵便貯金であるだけに,大きな議論となった.

全国約2万の特定郵便局があり,党内にいわゆる「郵政族議員」と呼ばれる議員が多数存在するところから,党を2分する大論争となった.間接税に関しては,国会及び同日選挙戦における中曽根首相の公約的発言との関係が問題とされた.

その発言を踏まえて選挙を戦ってきた議員が多かっただけに,議論はしばしば紛糾したという.このような動きを受け,党内でも調整が行われる.まず,利子課税に関するいわゆる銀行預金と郵便貯金のイコール・フッティングの問題に関しては,中曽根首相及び後藤田正晴官房長官から郵政大臣に,折にふれ趣旨が伝えられていたが、主税局としても関係議員に強く働きかけたという.

特に,「郵政族のドン」といわれていた金丸副総理にも主税局長から要請が行われ,11月5日の予算委員会の席において,金丸副総理と後藤田正晴官房長官の間でこの問題についての話合いが行われた.金丸副総理は,最後の最後は郵便貯金非課税の見直しはやむを得ないが,その場合は,特定郵便局が今後ともやっていけるような基盤づくりは考えてやらなければならないとし,その条件の詰めをしてほしいとのことであった.

そこで,この線に沿って大蔵省でも事務的な詰めを進めていくことになった.大蔵省内では,郵便貯金の問題は,税制面は主税局,財政投融資の面は理財局,金融行政の面は銀行局,そして歳出予算面は主計局が担当しており,全省的に取り組まなければならない問題であった.

そしていうまでもなく,最終的には事務的な問題は大蔵省と郵政省との間で合意されなければならない問題であった.そこで,11月13日の大蔵省内での会議の後11月20日頃から郵政省との詰めが行われ,11月末には郵便貯金に一部自主運用の道を開くこと等を織り込んだ調整案が取りまとめられた.これを受けて,それぞれ関係方面に根回しが行われ,12月4日夜には郵便貯金課税問題の決着がみられることになった.

一方,新しいタイプの間接税に関しては,日本型付加価値税が最も現実的であると思われたが,それが多段階課税であるがゆえに,いわゆる大型間接税論議を呼び,中曽根首相の公約的発言との関係が問題となってくる.この点を避けて通るには,免税点を高くし,非課税品目を増やし,税率を低めのものとするなどの手だてを尽くすことにより,網羅的な課税方式でないことを打ち出していくことが考えられ,そのような方向性については,中曽根首相からも指示があったという.

ただし,そもそも新間接税については,自民党税制調査会では,中小企業関係議員や流通関係議員を中心として,特に若手の議員からの反対意見が強く出されていたし,経済界では,経済同友会が日本型付加価値税を積極的に推奨する一方,経済団体連合会は,慎重に論議を進めるべきであるとしつつ製造業者売上税は絶対反対であるという立場であった.

また,通産省は,課税ベースの広い間接税の導入を含む税制の抜本改革には賛成の態度であったが,間接税について積極的に業界を取りまとめられる環境にはなかったし,自民党の商工部会も意見を集約する方策はとらず自由な議論に委ねるという方針であったため,主税局としては,郵便貯金の問題とは違って,組織的,事務的に議論を詰める事態には至らず,党税制調査会において議論が出尽くすのを待つという状態であったという.

党内論議が出尽くし,落ち着くところへ落ち着けば,「党員が反対するような大型間接税はやらない」という総理発言をクリアできるのではないかという期待もあったという.

昭和61年12月に入り,党税制調査会としては,予算編成作業を考慮して,抜本的税制改革の骨組みについては12月第1週目には目途をつけることとし,精力的な調整を行い,12月5日には「税制改革の基本方針」が取りまとめられた

「税制改革の基本方針」は,全体としては,昭和61年10月28日の政府税制調査の答申と方向を同じくするものであるが,政府答申では複数の選択肢が提示されていた論点について,具体的方向を1つに絞ってまとめており,その概要は次のようになっている.

(1)所得税減税については,大半のサラリーマンが包摂される収入階層に対し,15%の基本税率を適用し,この上に10%刻みの累進税率を設け,最高税率を50%とする.また,基本税率の下に10%の軽減税率を設ける.

(2)給与所得控除について,選択により実額控除制度を導入し,サラリーマンにも申告納税の道を開くことを検討する.

(3)配偶者について,あらたに15万円の配偶者特別控除を設けることとし,白色事業専従者控除を15万円増額する.

(4)非課税貯蓄制度については,(ⅰ)少額貯蓄非課税制度及び郵便貯金非課税制度は,老人,母子家庭に対する利子非課税制度に改組する.(ⅱ)預貯金等(郵便貯金を含む)の利子等については,(ⅰ)の制度に関わるものを除き,その支払の際,国税・地方税あわせて20%の税率で源泉徴収を行い,他の所得と分離して課税する.(ⅲ)新しい利子課税制度は昭和62年10月1日から施行するものとし,施行日以降の期間に対応する利子部分について適用するものとする.

(5)法人税については,実効税率4割台を目指して,法人税の基本税率を引き下げる.配当軽課税率は廃止する.

(6)間接税については,(ⅰ)限られた物品・サービスにつき特別の負担を求めている現行間接税制度を改め,売上税を導入し,昭和63年1月1日以降の取引から適用する.(ⅱ)売上税は,我が国の取引慣行等になじむよう工夫した簡素な前段階税額控除方式(税額控除票による)を採用し,課税売上高1億円以下の中小零細事業者を非課税とする(課税を選択することもできる)ほか,特定の物品・サービスに係る取引を非課税とする.税率は5%以下とする.(ⅲ)売上税の導入に伴い,その一部を地方団体に配分する.(ⅳ)現行間接税については,売上税との調整を中心に所要の見直しを行う.

特に売上税については,免税点が1億円とかなり高い水準に設定され,事業者の87%が納税義務者からはずれることになり,網羅的な課税方式ではないということが期待されることとなった.また,その名称については,実質は消費に対する課税であるとしても,納税義務者は事業者であり,課税標準が事業者の売上げであること,外国ではこの種の税はセールスタックスと呼ばれていること,「一般消費税(仮称)」が国会決議で否定されていること等から,売上税とされることになったという.

このように,最終的に自民党税制調査会での議論を踏まえて,新しい間接税の姿としては,中曽根首相が念頭に置いていた「蔵出し税」ではなく,多段階の付加価値税という形をとる「売上税」となった.これが「大型間接税と称するものはやらない」という発言と矛盾するということで,大きな問題となり,結局売上税の導人は失敗することになるのであるが,このような案を受け入れることになった理由について,中曽根首相は次のように述べている.

…私も,取引高税法が1948年(昭和23年)に公布されて翌年廃止されるという大失敗を見ていますから,あの二の舞いはやらないぞと固く決心していました.その選択肢の一つに蔵出し税がありました.『国民の目に触れるところで税金をとると,非常に反発するから,蔵を出るときに取ってしまったら間接的になっていい.だから,蔵出し税というのも一つのアイディアに入れておきなさい』といって政調〔政務調査会:筆者注〕で議論したのですが,それが出てきたら経団連を中心とした財界が猛烈に反対しました.何度か話をしてみたのですがどうしても賛成しない.それで,消費税のようなものによらざるを得ないということになったわけです.

この昭和61年12月5日の「税制改革の基本方針」を踏まえた次のステップは、改革内容の具体化を目指した昭和62年度税制改正案を作成することである.

その審議は,政府税制調査会及び党税制調査会において平行的にほとんど連日続けられ,活発な議論が展開された.2つの税制調査会の審議は,12月23日に決着して,それぞれ政府税制調査会の『昭和62年度の税制改正に関する答申』及び自民党の「税制の抜本的改革と昭和62年度税制改正大綱」として決定された.

大蔵省はこれらを踏まえて「昭和62年度税制改正大綱」を作成し,12月24日の閣議に提出し,具体的な改正内容の詰めが一段落する.

さらに,税制改革全体としては,次のように決められ,増減収ゼロの原則が維持された.

(1)所得課税の減税2兆7000億円
(2)法人課税の減税1兆8000億円
(3)売上税の導入と既存間接税の整理による純増収2兆9000億円
(4)利子課税の改正による増収1兆6000億円

また,国と地方の関係において,売上税の一部は地方に譲与されるとともに,売上税が地方交付税の対象税目に含められ,これらの措置により,増減収ゼロの原則は,国及び地方それぞれについて維持されることとなった.

特に興味深いのは,この増減収ゼロの原則は,平年度のみならず初年度においても,維持されることになった点である.この点について,水野勝は次のように述べている.

…売上税導入を伴う改革初年度は思い切って所得税減税の規模を大きくし,場合によっては減税は一挙に完全実施することなどにより,ネット減税から入っていくようにしないと国会審議等に支障を生じることはないか等の強い指摘があった.

しかし,当時としては,秋の補正予算で1兆円を超える税収の減額補正を行うなど,歳入状況は極めて厳しいものがあったこと,初年度をネット減税として出発すると次年度にはネット増税とならざるを得ず,改正が中途の過程で挫折する恐れがあることなどから,各年度とも増減収ゼロでセットして行かざるを得ないとされた.

国会審議の過程でこの点がネックとなって難航した場合には,国会を動かす材料の1つにもなるものと思われた.

このような具体案が詰められるに従って,世論においても抜本的税制改革に対する関心は高まり,活発な議論が展開された.反対論においては,以下の2点が論点とされた.

(1)改革は全体として金持ち優遇であり,弱者いじめである.
(2)売上税は公約違反である.

まず(1)については当時,経済学者を中心とする「政策構想フォーラム」が発表した試算に,年収500万円以下のサラリーマン世帯は増税になり,年収が多いほど減税が大きくなるという計算結果があり,これが世の中に流れていたという事情もあったようである.

この分岐点水準は当時の給与所得者にとっては相当高く,多くのサラリーマンにとっては増税になるということで不安感を引き起こした.この点については,大蔵省の対応としては,今回の税制改革は40歳代から50歳代の働き盛りのサラリーマンを中心に思い切った負担軽減を行い,社会生活を活性化しようとするものであって,改革の効果は,収入階層別というよりは,ライフサイクルの観点からみる必要があることを訴えることとなった.

また,利子課税の改正において,非課税だった少額貯蓄利子も,35%源泉分離の対象だった利子も,すべて一律20%の分離課税に移行することが,金持ち優遇,弱者いじめの議論に結び付けられた面があった.

そこで,大蔵省としては,この点については,非課税貯蓄の不正利用は金持ちに多かったことから,今回の利子課税についてはむしろ金持ちに負担を求めるものであるということを強調することになった.

一方,(2)の売上税の公約違反の論議については,上記のように非課税品目,免税点,税率水準などにおいて相当な限定をしているので,いわゆる大型間接税には相当しないということを訴えていくことになった.内閣広報室と大蔵省が一体となって,これらの誤解を解くための広報活動を再開していくこととなったという…

書き起こしここまで。続き③はこちら

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