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遠くまで行く君に

物心ついた時から、いわゆる『女性らしい』部分が私には欠如してた。

例えば、目を大きくすることに必死になることだとか、前髪が揃っていないだけで落ち込むこととか。
感度の高い空気読み観測器みたいなのが、その人たちの中には内製されていてその場のヒエラルキーにあった立ち回りが身についている感じとか。小さい頃から自分の益になりそうな人を見つける嗅覚だけは鋭くて、上目遣いとか距離の詰め方とかを駆使して自分の味方につける感じとか。

多分大体、そういうの。


そんな私が、初めて自分より人を愛した。


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付き合わなければよかった。
あんなやつと体を重ねなければよかった。
気安くキスなんかするんじゃなかった。

何度も同じような後悔を繰り返す友人を見てきたから、いつか私に恋をする時が来てもそんな後悔だけはしたくないと思って生きてきた。


大学の新歓で知り合った彼。
スタバでもドトールでもなく、珈琲館が好きなんだと言う変な男。
不躾に伸び切っただらしのない髭。目が隠れるくらいの髪の毛。左耳にだけ開いたピアス。全部、私の好みなんかとは程遠かった。

何度か大学の講義で見かけるうちに話すようになって、友人と何人かで彼の家に遊びに行ったのは出会ってから3ヶ月くらいしてからだった。

自分の話を滅多にしない彼、人の話を聞くのが上手くて、彼と話しているといつまでも私の話ばかりさせられる。それでも、ジブリの話と好きなバンドの話の時だけは止まらなくなる彼の話は何故か魅了的。

価値観が違う、考え方も違う、何より全然私の好みではないこの人を、きっといつか好きになる。出会って半年が経った頃には私はそんなことを考えるようになっていた。


結局、付き合うまでに時間はかからなかった。
一緒に寝たベッドで、はじめてしたキスを思い出す。あんなに胸の内側が熱くなったキスは初めてだった。

付き合って2年。海外が好きだという彼に連れられて、色んなところに二人で出かけた。

色も音も消えた真夜中のキリマンジャロ
ミャンマーの自然の中を朝日に飛び立つ気球
台湾のランタン祭りやNYでの年越しカウントダウン

彼との関係を考えている時間以上に、彼のことを思っている時間の方が長いような月日を倒していって、喧嘩なんてすることもなく2年が経った。


1つ歳上の彼は、二人で出かけた温泉旅行から帰った翌月の4月に就職した。
『大好きなのに、一緒にいると苦しくなる』自分のことを滅多に口にしない彼が、初めて二人の関係に本音を伝えてくれた気がした。

彼といると小さな不安も大きな愛情も伝えなくていいんじゃないかと思えてしまう時がある。全部、言わなくてもわかってくれてるんじゃないかって期待してたんだと思う。

好きでいてほしくて、今の関係がいつの間にか当たり前だなんて自惚れるようになってきてて、お互いに相手に踏み込むことにも、踏み入れることにも臆病になっているうちに関係は取り返しのつかないところにまできていた。


結局、好きな気持ちよりも苦しさの方が勝ってしまって、無理矢理にさよならをした。2年半のうちに私の家に溜まった彼の思い出を引き取りに来た最後の日、玄関で何も言えずに私の方を見つめる視線は彼と出会ってから初めて意味のある視線に思えたけど、何も聞かなかった。聞けなかった。

彼が言ったことで覚えているのは「2022年に愛知にジブリパークが出来るんだってさ」ということだけ。完成した”それ”を、私はまだ見れずにいる。


1年遅れて就職した私の『就職祝いがしたい』と連絡してきたLINEを無視していた彼と、半年前に友人の集まりを通して再会した。
終電があるから、と店を先に出た私に『送っていくよ』と付いてきた彼と二人で歩いた初めての東京の夜は騒がしかった。

「ジブリパーク、完成したね」と言う彼に、無愛想に「そうなんだ。知らなかった」とだけ返した。彼と別れてから、飽きるほどジブリを見てしまったなんて彼に話したら調子に乗るんじゃないかと思って。

別れ際、後ろから抱きついてきた彼の温もりが懐かしくて、戻りたいなんて口にしそうになった自分の情けなさが苦しくて、ずっと聞きたかったことを最後に聞くことにした。

「私のこと、本当に好きだった?」

「もちろん」

食い気味に言う彼がやけに愛おしくて、それだけで何もかも報われる気がした。たとえうまくいかなくても、彼との2年半。一緒にいた意味があったのかな。


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今、私には大切な彼氏がいる。
普通に出会って、普通に恋をして、普通に付き合った。そして、普通にたまに喧嘩をする。
夢や希望を語ることを嫌って、正しいことだけを口にする彼との日々の中で、とても大切に向き合っている。

あの人と一緒に過ごしてた2年半が嘘だったみたいに、ちゃんと私に愛を伝えてくれる人。小さな不安も全部伝えてくれる人。


先日、彼の海外赴任が決まったことを風の噂で耳にした。
きっと、もう彼と会うことはない。このまま何もなかったみたいに忘れていくのだろうし、それでいいと思う。

遠くまで行く君に、どんな言葉をかけられるかは思いつかなくて
何も言えないし、きっと見たら泣いちゃうから、彼のお見送りにも行かない。私には行けない。


どうか、私の知らないところで
私ではない誰かと幸せになってください。

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