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愛で世界を変えたインド独立の父、長男はグレた! _feat.ガンディー <育児編#1/4>

「この子は将来、どうやって生きていくんだろう?」

心配しない親御さんは、ほとんどいないのではないでしょうか。

子育て中の友人が僕の周囲もたくさんいます。

僕に子どもはいませんが、取締役に就いているベンチャーで児童教育事業をしたことがあります。学校を訪問したり、子育て中の保護者の方たちの話を聞く機会は何度もありました。

歴史の事例が育児の不安を癒してくれる

「この子を保護者としてしっかり育てなければ」などと、多くの親御さんが子どものことを使命感と責任感を持って役割を遂行していらしゃることは素晴らしいと思います。

ただ、子育ても歴史の視点を増やすことができれば、育児や教育というもののとらえ方、不安や心配が少し和らぐかもしれません。

ガンディーほど立派でも子育ては難しかった

インドには、愛の力で世界を変えた偉人がいます。「偉大なる魂(マハートマー)」としてインドの人々に称えられる指導者・ガンディーです。

非暴力・不服従」の運動を展開してインド独立への道をつくった英雄として、その名前だけでも知る人は多いでしょう。

ところが、偉業を達成した人類にとってのスターであり、愛にあふれたガンディーでさえも子育てには苦悩していました。

特に長男は、実の娘が8歳のときに性的虐待をするというとんでもない人間に育ってしまいました。当然ですが、ガンディーはこの長男のことでずいぶん頭を悩ませていたそうです。

そもそもガンディーがどれぐらいすごい人だったのか。整理していきましょう。

愛の力で歴史を動かした

ガンディーがすごいのは、それまで誰もなしえなかった「愛」の力によって世界を大規模に動かしたことでした。

ガンディーは、第1次世界大戦より前にインドで生まれました。当時のインドは、イギリスの植民地としていいようにされていました。不当な弾圧も搾取もされていました。

そんな状態から、ガンディーは「非暴力・不服従」の運動を展開してインド独立を主導しました。教科書にもさらりと登場しますよね。

「非暴力・不服従」でどうやって独立する?

でもよくよく考えたら、どうやって独立することができたの? という問いが出てきます。

非暴力・不服従とは、相手の暴力に対して暴力で対抗しない、しかし絶対に相手に服従をしないこと

それで独立できるとは具体的にどうするのか? 
搾取されているインドの人たちは怒りがあるはずなのに、その怒りをどのように暴力に転換させなかったのか?
 植民地支配をしていたイギリス側は、暴力で攻撃されていないのになぜ退いたのか? 

それまでの歴史を見ても、ガンディーの行動はありえないんです。

「非暴力・不服従」のような活動で権利や自由を獲得した前例はなく、状況を打破するには反乱を起こすのが普通でした。

フランス革命なら、貴族に搾取をされ続けていた民衆がキレました。バスティーユ牢獄を市民が襲撃して政府の要人を虐殺するなど暴力で相手を脅しました。

恐怖とともに状況を変えるやりかたしか、歴史上なかったんです。

「非協力」という攻め

ガンディーがとった行動は、「イギリスに協力しない」=非協力でした。

具体的な行動としては、インド人を規制するような不正な法律に従わない、広大なインドを統治するにはインド人の力は不可欠だけれどもストライキをする・仕事を辞める、納税しない、イギリス製品の不買運動などです。

植民地方針を主導するイギリス政府に、徹底して非協力を貫きました。

インド人に課せられた不当な義務も法律で決まってるわけですから、破れば逮捕されます。ガンディーはすすんで逮捕されます。

活動中に警察から暴力を振るわれても抵抗せず、囚われても服従しないと同時にまったく暴力的抵抗もしませんでした。

「非暴力・不服従」活動を他人にも実践させるすごさ

ガンディーはこう考えていたそうです。

すべての人間には、すごく強い良心がある。それはどんなに深く埋もれていても掘り起こせば必ずある

自分たちが相手に対して従順でないのに(非協力・不服従)、相手を一切攻撃しない(非暴力の)姿勢を見せ続けたとき、その姿勢に対して影響を受けない人間はいない、と。

ガンディーは自らこの「非暴力・不服従」を実行するだけではなく、周りの人にもその活動を波及させました。

暴力で傷つけられたり、家族を殺されたりした人にも非暴力と不服従を徹底させる。これはすごいことです。

不当な扱いを受けているインド人は、なぜガンディーの活動に賛同したのか?

1つには、シンプルですけどガンディーの圧倒的な人徳があったと思います。

ガンディーは、誰よりも自身が主張する哲学を実践しているし体現している。私心なく活動しているのは誰から見てもわかります。

行動で見せ続ける人だから心から尊敬できるし、彼と対面して話をしてしまった人はその偉大な人徳に感化されてしまいます。

しかも、ガンディーは弁護士として社会的成功もおさめていた活動家でした。愛や非暴力・不服従を精神論だけで語るだけでなく、どのようなステップで独立までもっていくのかを具体的に計算して活動していたと思います。

その象徴的な活動が61歳の時に行った「塩の行進」です。

仲間を連れて行進し、砂浜にある塩を拾って掲げました。ただそれだけのことですが、これが当時のインドとイギリスに大きく影響します。

この塩がイギリスを揺るがす!

当時のインドで塩はイギリスの独占販売商品で、インド人が勝手に塩をつくることは禁止されていました。

誰でもつくることができる生活必需品の象徴さえも、イギリスの搾取の道具になっている。そんな状況を問題提起したガンディーは、400キロもの道のりを歩いて海岸へ行き、自分たちで塩をつくろうと訴えたのです。

自分たちの手に自治権や生活を取り戻すために、イギリスの法を破りにいくガンディーたちの主張に共鳴する人が行進に次々と加わりました。スタート時は78人だった参加者は数千人まで膨らみました。

海岸に着いたガンディー一行は、ひと握りの塩をつくります。

ボロ切れのような綿の布をまとい歩くだけで抵抗する姿勢こそが、「非暴力・不服従」でした。

巧みだったのは行進に新聞記者を同行させ、その要素を全世界に報道させたことです。メディア戦略による人々の印象、それによるイギリス政府への世間からの批判や圧力もガンディーはすベて計算していた節があります。

塩の行進をきっかけに、活動はインド全体に波及してイギリス国内でも世論が動いていきます。

対立構造を絶対に作らない

対立構造さえつくらなければ、絶対に対立することはない」という、まあ当たり前なんですが、この当たり前のことを実践したのがガンディーでした。

20回裏切られても、対立もしないし相手に期待もせずに「ただ21回目も相手を信用する」。これがガンディースタイルです。

インドのために自分が捨て駒になる、インドを守っている感覚はありません。独立運動をしつつもイギリスと対立することもしません。

ガンディーを言い負かしてやろう、コントロールしてやろうとして近づくイギリス高官たちは、少し話すとこの偉大なる魂に影響されてしまいます。

ガンディーは決して対立構造をつくらないので言い負かしようがないし、コントロールのしようがないわけです。

イギリスに対しても、インドを植民地にし続けることはイギリスにとっても破滅につながるのでやめるべきである。そんな主張をします。

20回裏切られても21回目を信じる

ガンディは同胞や、イギリスの人々に対してこう説明しました。

21回目に信頼する姿勢が相手を変えます。裏切られることに対して反感を持ってしまうのは、自分の中に不安と恐れがあるから。

不安と恐れという裏切られることにマイナスのイメージをもつことは、結果に対する執着である

結果への執着とは、「こういう結果になってほしい」「その結果にならないかもしれない」という不安と恐怖である。それが相手に対する攻撃性を生み、対立構造も生んでしまう。

その不安と恐怖を勇気を持って克服すれば、対立構造は存在しない。対立構造が存在しなければ対立のしようがない。

ブッダが説いた「無我」を彷彿とします。

相手の不当な支配を絶対に受け入れない。しかもやり返さない。人々を愛で包みインドを独立まで導いた

ガンディーは愛と融和の英雄なのです。


家族から見たガンディーは違った

ところが、家族からのガンディーの見られ方は違っていました

ガンディーは、ロンドンに留学し、仕事で南アフリカに行ったときも妻と息子を同行しませんでした。

自分の両親たちとインドで生活をさせたまま長く放置していました。権利活動をするのに「妻の存在って、面倒だな……」と邪魔者扱いしている節すらありました。

ガンディーの妻や子どもたちも、自分たちが父親から蔑ろにされている感覚があったようです。

特に長男・ハリラールとは大きくすれ違いました。ハリラールにとっては、自分が生まれた瞬間にロンドンに行き、次男が生まれるとすぐ南アフリカへ行った父親です。

途中から南アフリカで一緒に生活するようにはなったものの、自分たちよりも周囲の人間やその時間を優先している。父親から愛されていないように感じていたのかもしれません。

長男家出、ガンディーに反発

ハリラールは、父と同様に自分も海外へ留学することを望んでいました。

ただ、ただ私有財産を持たないようにしていたガンディーの家には資金がありませんでした。幸運なことに、知人が留学資金を援助してくれることになりました。「これで留学できる!」と息子が父親に報告に行きます。

すると父ガンディーはなんと、そのお金で別の人間を海外留学させてしまいます。

留学させられるならば人類にとって有益な人間を送ろう。そうガンディーは考えたのかもしれません。

ハリラールはとても傷ついて家を出てしまいます。

放浪を始めたハリラールは、父親がした行動と反対のことを全部します。菜食主義者だったガンディーに対して肉を食べ、お酒を飲む。児童婚に反対していたガンディーに対して若い年齢で結婚してたくさん子どもを産ませる。女遊びもする、借金もする……。

最悪なことに、実の娘が8歳の時に近親相姦も犯します。

愛で世界を包んだ偉大なるガンディーの長男が娘に性的虐待をしていた。これをどう解釈すればいいものか……。とても考えさせられます。

放蕩生活を経たハリラールは、ガンディーが暗殺された半年後、路上で死体となって見つかりました。

ガンディーでさえ苦悩する子育て

ガンディーは常に人類単位でものごとを考えていたので、「自分の家族だけを守る」といった概念がなかったようです。

家族という単位で考えると対立構造が必ずどこかでできてしまう。家族も他者もすべて自分の一部だと考える。すなわち、家族でも贔屓はしないのです。

家族の立場ならば、特別扱いされて当然と思いますよね。血縁ゆえの期待もあるでしょう。「その期待を裏切り続けたお父さん」としての反動が長男に集約されてしまいました。

息子の心境はガンディーからするとひずみですらなかったかもしれませんが、ハリラールにとっては確実に大きなひずみでした。

ガンディーが素晴らしい主張や行動をしている別の側面から、家族や長男の視点で見るとそうではなかったんです。

親が立派だからといって、子どもも立派にはなりません

うまくやろうとしなくていいのでは

あの人類至上最高ともいえる愛の象徴ガンディすら、子育てで大きく失敗していました。

子育てはうまくいかなくて当たり前なのかも。

ほとんどの親子が愛で人類を包んだガンディよりもいい関係を築き、子育てができているはずだと思います。

苦悩したり子育てが思い通りにいかない親がダメなわけではなくて、どんな親でも苦悩するんだなと。

子育てをうまくやろうとしたり、子どもの成長に期待しすぎちゃだめなのかもなと、子どもいないですけどガンディーを見ていて思いました。



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編集・構成協力/コルクラボギルド(平山ゆりの、イラスト・いずいず


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株式会社COTEN 代表取締役。人文学・歴史が好き。複数社のベンチャー・スタートアップの経営補佐をしながら、3,500年分の世界史情報を好きな形で取り出せるデータベースを設計中。