見出し画像

温泉旅館の感染対策に見る日本の未来

 令和5年4月17~18日、有馬温泉へ一泊旅行に出かけた。昨年末の駆け込みふるさと納税で宿泊券を手に入れていたのだ。3月13日を過ぎたとはいえ万が一にでも出先でマスク強要されることには耐えられないので、一応事前に宿のホームページをチェックした。さすがにマスクのことは書いていなかった。一方、距離を取れだの消毒しろだの、確かに感染対策のことは書いてあった。これはもはや宿泊施設に限らずあらゆる施設のホームページに書いてあることだし、行ってみることにした。

 ところで、人生の9割を大阪市内で生きてきた私であるが有馬温泉は数えるほどしか行ったことがない。前回は昨年2月。今回と同様にふるさと納税の宿泊券を利用してのことであった。
 なのでざっくりと有馬までの道のりについて書いておく。

 海側から六甲山を超えていくというルートを知ったので今回はそのルートで行くことにした。
 平和な一人旅の始まりだった。阪急電車で六甲まで行き、路線バスで六甲ケーブル下まで行く。ちなみに路線バスは神戸大学の学生で大混雑しており、運転も相当荒かったので、短時間とはいえ辟易した。
 そして初めての六甲ケーブルは驚くような急勾配を上がっていくが新緑が美しい。



六甲ケーブル下駅から急勾配を見上げる。

 30人ほどの韓国人団体と乗り合わせてしまい、日本人は私とあと1人くらいしかいなかったが確かにインバウンドは戻ってきていた。

ケーブルカーはぐんぐん山を登る。

 山上で、事前にチェックしていた、ケーブルカー山上駅の上にある天覧カフェへ。六甲山頂からの景色もまた格別であった。

山上からは神戸の海が見渡せる。
山上駅にある「天覧カフェ」では本格的なクロックムッシュが味わえる。

 そして山上バスでロープウェイの駅まで移動するが、六甲ガーデンテラスで下車してみた。景色は素晴らしかった。

 そしてロープウェイに乗り、有馬温泉側へ。こちらも初めてだが、確かに空中散歩!これは紅葉の季節ならさらに素晴らしいだろうが、この秋は相当混雑しそうだ。

12分程度の空中散歩で山の新緑を満喫。

 そして無事に山越えを終え、有馬温泉街に到着。グーグルマップで確認しながら歩いて宿に向かう。温泉街からちょっと外れ、すこし山を登ったところにその宿はあった。おそらく50年以上経つ老舗旅館。風格も漂う。バブル当時はさぞにぎわっただろう。番頭さんと若い女性が私の姿を見つけて近づいてきて、荷物を預かってくれる。

 そして…ここから、未だ終わらぬ感染対策の雨を浴びることになる。

 入館前に早速非接触型の体温計を向けられた。さらに消毒を命じられる。丁寧な言葉で、命じられる。旅館側は、命令しているつもりなど全くことも分かっているが、これは、命令なのだ。もうそこでげんなりしてしまった。そして改めて自覚した。私自身が感染対策にもはやアレルギーを示すようにまでなってしまっているのだ。

 荷物係が部屋まで誘導してくれるが、随所に「新型コロナ感染対策のため~」の掲示と消毒ボトル。エレベーターは一組しか乗るなと書いてある。
 荷物を置いて係が退室ししばらくすると熟年の中居さんがやってきた。さも老舗旅館らしくマスクをしたまま恭しく三つ指をついて挨拶してくださったが、心付けを渡す気も失せた。しっかり着物を着て挨拶したりお茶を淹れたりする所作に、マスクはなんと不釣り合いでむしろ不気味なのだろう、と改めて思う。

冷蔵庫の上のお茶セットには、「感染対策のためグラス・湯呑は撤去し紙コップを設置しています」のお知らせ。ここでも絶句する。

 時間があったので温泉街に散歩に出た。小さな温泉街は観光客でにぎわっていて、日本人と外国人の比率はざっくり半々ぐらいだろうか。そしてアジア系外国人はマスク率が高い。日本人は95%以上のマスク率だが、ドラフトビールの立ち飲み店などでは当然マスクなしで騒いでいる。
 戻ってきたら番頭はいたが消毒の指示はなかった。この時点で、到着時の消毒の指示の意味が消え失せる。どこまでも、「形だけ」なのだ。

 そしてさらなる異変は夕食前に入った大浴場で起こった。屋内の大浴場であるが、カラカラと引き戸を開けたときに漂うお決まりの湯気の暖かさが、ない。そして、寒い。洗い場の鏡が湯気で曇っていない。代わりに轟轟と言う音が大浴場に響いている。天井あたりを見回しても換気扇は見つけられなかった。仕方なく洗い場に座り身体に湯をかけたのだが、換気による風が濡れた身体をあっと言う間に冷やし、たちまち凍えてくる。温泉の大浴場で凍える。冬の露天風呂の話ではない。浴場には私しかおらず、すぐに湯に浸かりたくなったがさすがに気が引けて急いで髪と身体を洗うのだが、その間身体はどんどん冷えてきて、心臓が痛くなってくる。
 ようやく湯に浸かり人心地が付いて改めて上を見ると、浴場のガラス張りの窓の上に確かにそれはあった。巨大な換気扇が相変わらず轟轟と回り続けていた。
 入館時に、朝になると男女の湯の入れ替えがあるという説明があったがこんな寒い湯に二度と入る気にはならなかった。

 部屋に戻り、もはやテンションは下がり切っていた。ほどなく夕食の配膳が始まった。係は若いお兄さんであり、通常の私であれば世間話などしてみるところであったが、もはやそんな気も失せていたのでただ「ありがとうございます」とだけ言っておいた。
 すると2度目に入室してきた折に、彼の方から「どちらからいらしたんですか?」と話しかけてきた。その対話を拒否するつもりはないので、「お兄さんはここの人?」と聞いたところから会話は始まった。

 お兄さんは九州の人だそうだが、いろんな仕事を経験しながらスキルを身に着けたい、仕事を興したい、と話すではないか。そこで私もちょっと突っ込んだ質問を投げかけてみた。日本が危機的状況であることをご存じですか?と。すると、なんとテレビも見ずにいろいろ自分で調べており、通貨リセットの話などが通じるではないか。マスクももうしたくありません、接客業なのにこれはおかしい、と言うではないか。
 少し反省した。宿の体制はともかく、考えている人はいるのだ。経済的なことや社会状況については調べているようであったがお注射の有害性についてはあまり知らないようだったので、彼が退室している間にノートを千切って、観て欲しい動画、読んで欲しい本のタイトルを書いた。迷惑がられてもいい。渡すだけだ。
しかし彼は、
「ありがとうございます、こんな風に話が出来て、教えてもらって嬉しいです」と言ってくれたのは、社交辞令ではないと思いたい。人は人と交わるものだというしっかりした考えを持つ彼は、きっとこのおかしな日本に異を唱える大人の男性になってくれるだろう。

 翌朝、6時ごろ、散歩に出ることにした。
玄関に行くと、番頭のおじいさんが座っていたが、私の姿を見て慌ててマスクをした。私は、「マスクしなくていいですよ」と伝えると、なんとおじいさんは
「いやいや、迷惑かけたらいかんよってに」と言うではないか。
 あまりに根深い洗脳に何度目かの眩暈を覚える。

清々しい朝の有馬川に、番頭さんの洗脳の深さを憂う。

 朝食会場では和定食が用意されていたが、御櫃を持ってきた女性が、
「給仕はお客様ご自身でお願い致します」と述べ立ち去った。
 いや、別に、ごはんぐらい自分でよそいますが。お茶碗を受け渡し、ごはんをよそったりするだけで、いったいどんな恐ろしいことが起きるというのだ!?

 もはや溜息しか出ないと思いながらチェックアウトしたが、その際も、アクリル板越しのスタッフ3名はマスク。散歩のときに出会ったおじいさんとは別の番頭さん(もしかしたら偉い人かもしれない)だけが何故かノーマスクで見送ってくれた。
 さようなら有馬温泉。しばらく来ないな。

 こうしてアウェイに出てみると、日本の現状が見えてくるものだと改めて思う。
 感染対策について何もアップデートしない経営者。今回泊まった旅館だけが特殊なのではない。有馬温泉のほとんどの宿がこんな状態なのだろう。そしてさらに俯瞰してみれば、旅館業のみならず、日本のほとんど全ての企業が、経営者が、この3年間思考停止して行い続けてきた感染対策を、今も何一つアップデートせずに続けている。正しいかどうかなど考えたこともない。
これが、日本なのだ。

そして、さらに考えた。こういう至れり尽くせりがウリだった、日本の老舗旅館の密着型サービスは持たないだろう。人数もいるし、手間もかかる。そして人はいない。
 感染対策の貼紙だけが空虚に掲示し続けられる、温泉宿。

マスクの強要はなくなったが感染対策にまみれた、温泉宿。

心から楽しめないな。

アンケートには、これらの感染対策をいつまで続けるのですか、ということと、特に大浴場の無意味な換気により凍えてしまったことを書いたが、4月26日現在、宿からは何の返事も来ない。

~おわり­~

#創作大賞2023 #エッセイ部門

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?